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【Rubin's work ~ 覚醒・瞑想・気づきのワーク ~】          

2018/07/14

覚醒を具体的に体感・定着するワークを、東京・大阪 で開催しています。

5歳で最初の覚醒体験→過敏な幼少期→南米滞在での 目覚め→
エゴの暗黒期→瞑想による認識の転換→カルマ の清算→
一元と二元の矛盾の決着

といった自身のプロセスをふまえ、一瞥体験を超えた認識転換のポイントを
微細な領域まで踏み込んでお伝えします。


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関連記事 ⇒ <0.はじめに> Rubin ―覚 醒― 認識の転換のために 【全文掲載】

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【#タイムマシン #クエーサー #先延ばし癖  覚醒からのつぶやき 86】   

2022/08/18

スイカ2
バリ島の鏡と西瓜


◆一切の制限がない時、何をするか?
それが、創造主の境地というもの。

◆「一切の制限がない」こと自体が、
すでに「制限ありき」なんだけどね。

◆人間は真の「無制限」を想像し得ない。

◆言葉を探して、言葉を超える。

◆言葉は、言葉のまま、言葉を超える。

◆言葉を超えると、言葉そのものとなる。

◆言葉を使わず、置いておけるかどうか。

◆「言葉探し」と「形探し」は同じこと。

◆言葉を音で胡麻化さないこと。

◆言霊と音霊の癒着に気づく。
癒着は神秘という名の魔術。

◆神の言葉は、発声不可能。

◆言葉の多義性を、存在の言い訳にしない。

◆言葉の配列は、物理的な領域を実際に動かす。
禍々しい言霊的な意味ではなく。

◆人称は人間の文法。

◆仮称代名詞の世界。

◆私を巡る忘却と追憶の運動会。

◆言語脳に言論の自由はない。

◆世に言論の自由を問う前に、自身の言語脳の不自由を見る。

◆世界化された言語脳が、世界に言論を問う不毛。

◆いかなるイメージも触発しないコトバとカタチになる。

◆言葉がピタッとハマったときは、言葉を超えてビビビッとくるもの。
これが、二元性の醍醐味。

◆言葉そのものは、もともとピタッとハマっているんだけどね。

◆私が私にピタッとハマったときも、私を超えてビビビッとくるものだよ。

◆「ビビビッ」に気をとられると、一瞥にとどまる。

◆「一瞥の振戦」は、肉体感覚と心得る。

◆「この私」は、わたしのサーキットブレーカー。

◆思考は、思考自身に「まだ見ぬ深淵」があるように見せかける。

◆思考そのものに奥行きはない。

◆執行猶予付きの無知に、ニヤニヤ居座らない。

◆「この私」という「踏み絵」

◆「踏む私」は絵の中にしかいない。

◆タイムマシンに乗るなら、過去でも未来でもなく「今」に還りましょう。
といっても、過去に行っても未来に行っても「今」しかないんだけどね。

◆「現在」から「今」に帰還する。

◆ひとつなのは意識であって、「世界をひとつにする」妄想は狂気の沙汰。
世界とは、もともと無限に分岐してあるもの。

◆「世界」をひとつの「有機物」に見立てない。
(「無機質に生きよ」という意味ではない)

◆肉体との同化は、世界を自他未分の有機物と錯覚させる。

◆超光速・無限「いないいないばあ」地獄

◆「心の痛風」という贅沢病。

◆解は一瞬
解読は一劫

◆「解読マニュアル」が、無限に増え続ける。

◆「マニュアルのマニュアルのマニュアル」

◆「引き寄せ」は、カルマのプラスチック・サージェリー。

◆「A-T-G-C」が私なら「A」「T」「G」「C」は誰なのか?

◆分離の不安が、崇高なものを宗教に貶めてきた。

◆崇めれば、崇高は隠れる。

◆崇高は、ただ創発の一点において知られる。

◆時空の反転のみでは自他は消えない。

◆宇宙は「先延ばし癖」の産物。

◆人生を誰かに見せる作品にしようとするから、気が重くなる。
誰もいないんだから、瞬間瞬間に完結する即興でいいんだよ。

◆「即興」とは「気まぐれ」ではない。

◆「即興」に徹するほど「今」は厳密さを増す。

◆「スピをやる」って「悟りをやる」ぐらい、奇妙な言葉だよね。

◆「スピをやめる」とかってもっと奇妙。
やったりやめたりするものじゃないし。

◆「宇宙から見れば人間なんてちっぽけな存在だよ」というけど、
相対的な「大きさ」で見ているかぎり、人間はちっぽけなまま。
肉体を宇宙の大きさに引き伸ばしたところで、何も変わらない。
宇宙の大きさには幻惑されるが、どこを切り取っても同じもの。

◆人間を「ちっぽけ」と卑下する無知は
「『空間的』に俯瞰した近視眼」ゆえ。

◆3次元における「俯瞰」は、転換以前の暫定措置にすぎない。

◆「近視眼的」俯瞰と「遠視眼的」俯瞰がある。
そのどちらも、肉体の眼に囚われた視点。

◆神は「巨人」ではない。
人間は「小人」ではない。

◆肉体が重荷のように思ってるけど、本当は肉体のほうが多次元的な知性の顕れ。
原始的なのは、私たちの認識のほうなのだ。
私たちは、ハイスペックな競走馬を乗りこなせない三流騎手のようなもの。

◆今は未だ、肉体を捨てる段階ではない。
肉体に学ぶ前に肉体を捨てれば、認識の進化はそこで打ち止めになる。

◆人間は「アタマ」「ムネ」「ハラ」の意志がバラバラだからエネルギーを
消耗するのだ。
本来「アタマ」「ムネ」「ハラ」それぞれの機能は独立しているのでバラバラ
でも構わないが、「ひとつの身体」の中で「この私」がそれらの意志を統治
しているという幻想がある限り、私の心身は疲労し続ける。

◆「アタマ」「ムネ」「ハラ」の独立性に任せずに、感覚と感情と思考が
混線した「統一体」を練り上げようとするから疲れるのだ。
例えば、各内臓は機能が独立しているが、それぞれの働きに任せているとき、
勝手に協調している。
「アタマ」「ムネ」「ハラ」も、そのように協調してもらえばいいのだ。

◆脳が知覚し得る闇と光は、もどかしいほど薄ぼんやりしている。
存在を射抜くような闇と光を、私たちは確かに記憶していた。

◆準恒星状天体「クエーサー」は、太陽の数百兆倍の明るさで輝いているという。
「イメージに限界はない」というけれど、その明るさを想像できないのは、
私たちのイメージが肉体の記憶に限定されているから。

◆限界のないイメージは、五感を超えた「インパクト」として響くもの。

◆イメージを物理に落とし込むとき、世界は五感の閾値に補正されるのだ。

◆サマタのヴィジョンは主観的に「現実世界」の解像度を超えているが、
解像度と解輝度が上がりすぎると、脳による認識は役目を終える。


ドラゴン5
ドラゴンフルーツ(火龍果)
柱サボテンの果実。
花言葉「永遠の星」


関連記事
⇒ 【#ベガ星人 #ダイラタント流体 #活発なゾンビ 覚醒からのつぶやき 82】


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【#スターシップ #炎上生法 #ルーティン 覚醒からのつぶやき 85】     

2022/07/30

初雪草3
夏が旬の「初雪草」
花言葉は「好奇心」
英名だと「幽霊草」
乳液に強毒性あり。
やっぱり夏が旬だ!


◆凡夫の「記憶力」
覚者の「忘却力」

◆「自分軸」という名の「自分自苦」

◆「自分軸」は自分が消えるところにある。
自分のイメージする自分軸を自分で作れば、
自分軸自体にがんじがらめになる。

◆完全に自分軸そのものになったら、
何も認識されない。

◆その自分軸は、世間軸です。

◆「あってもなくてもいい」とき「あってもいい」をとるか
「なくてもいい」をとるか「あってもなくてもいい」をとるか、
それが私たちの分かれ道。

◆100%思い通りになっても100%思い通りにならなくても
同じ理解に至るが、99%になったとたん疑いはじめる。

◆「五感」も「一感」も「百感」も、違いはない。

◆覚醒体験は「無感」でも「六感」でもない。

◆「世界の行方」と「自己の行方」を同一視しない。

◆「私の世界」を統治しない。

◆「創造主」とは「創造」が前提の「主」であるということ。

◆「主」は、君臨を余儀なくされる。

◆「この私」は、世界の特級呪物。

◆「俯瞰」は視点の暫定措置。

◆全方位俯瞰は、空に収まる。

◆空間に麻痺し、時間に気絶する。

◆言語同様、認識の「リエゾン(連結)」「アシミレーション(同化)」
「フラッピング(弾化)」「リダクション(脱落)」「ウィークニング(弱化)」
に気づこう。

◆「真我」に対して「偽我」があるわけではない。

◆「真我」は「我の真」ではない。

◆「真我」は「我」の上位次元にない。

◆「真我」と「潜在意識」は無関係。

◆「潜在意識」は二元性の幻想。

◆覚醒に顕在意識と潜在意識の区別はない。

◆個人的に「真我」という言葉は使わない。
誤解を招きやすいので。

◆「虚」と「無」を混同しない。

◆「この私」は世界の「出オチ」に気づいていない。

◆記憶の圧縮と解凍で、飛び飛びにフリーズしている。

◆「複雑=混沌」ではない。

◆「複雑=雑然」ではない。

◆複雑性そのものは、シンプルなパターン。

◆世界の混沌とアタマの混乱を同一視しない。

◆3つまでしか数えられない原始人は「頭が悪い」わけではない。

◆原始人は、4つ以上のものを見て混乱するわけではない。

◆「一なるもの」は単一ではない。

◆「いまここ」を念仏にしない。

◆「さっきそこ」が「いまここ」を唱えている。

◆「いまここ」の迷子「いまどこ」

◆「いまここ」教の弊害。

◆「バカ」は愛しい。
「バカな人」は哀しい。

◆「バカな人」にならない。
ただ「バカ」であること。

◆人は数に叡智を見る。
神は数に自然を見る。

◆大乗は、衆生をどこかへ「運ぶ」わけではない。
植え付けられた「スターシップ」幻想を解こう。

◆「直観」は「時間短縮」のツールではない。

◆「直観」と「スピード」は比例しない。

◆「0.1秒の直観」も「1億年の直観」も同じだが、思考は1億年を
「1億年かけて」長考してしまう。

◆人は1秒を「1秒」に当てはめる。
だから、個々のリズムが狂うのだ。

◆「世界をわかりたい」期待か「自分をわかりたい」期待か。
「世界がわからない」後悔か「自分がわからない」後悔か。

◆名もなき者にも名前はある。
そこに矛盾などない。

◆当然、名もなき著名人もいる。

◆「何者でもない者」を「何業者でもない者」と混同しない。

◆自なき「尊心」

◆蜻蛉が浮くように
水黽が浮くように
ただ浮いている。

◆肉で浮こうと藻掻かない。

◆「実感」を固形化しない。

◆「この私」は「どの私」を愛すべきか探し続ける。
「どの私」なる問いは「この私」を分割していく。

◆愛に指示代名詞はない。

◆私は「生みたての自分」を尊敬する。
私は「死にたての自分」を祝福する。

◆過去をやり直したいと思ったことは一度もない。
未来を選び直したいと思ったことは一度もない。
過去と未来に対して、触手が1ミリも動かない。

◆「共感」は求めない。
「感」だけがある。
「理解」は求めない。
「解」だけがある。

◆疑似進化は「時空の超越」ではなく「時空の効率」を求めている。

◆疑似進化は、心身を利己的に形骸化させる。

◆「規則正しさ」は、均一ではない。

◆“123123123”という、宇宙Aがある。
“948925375”という、宇宙Bがある。
有限の存在に、Bの法則は見えない。

◆呼吸はルーティンではない。
鼓動はルーティンではない。

◆生死はルーティンではない。
生滅はルーティンではない。

◆圧縮と誕生はセットだが、誕生に爆発は必ずしも必要ではない。

◆圧縮を緊張で代替しない。

◆緊張を生の起爆剤にしない。

◆「ストレスをかけると進化する」「使わないと退化する」
システムからの解放。

◆「モノを見る目」と「コトを見る目」の癒着を剥がす。

◆ウラを見る人は、鼻は利くが目は悪い。
そして、耳はまったく聴こえていない。

◆「ウラを知る人」と「ウラを見る人」は、目の奥行きが異なる。

◆「世界のウラ」と「自己のウラ」を混同しない。

◆「ウラオモテ」は完全なる肉体感覚。

◆二元性は「超える」というより「抜ける」。

◆「抜けた」目の奥に「ウラ」はない!

◆「他人」とは、意識が物質化したもの。
肉体のない死人でさえ物質化している。

◆幽霊は、肉体に属する。

◆「他人がいる感覚」の源は「自分がいる感覚」の源と同一。

◆「自他」という「炎上生法」


関連記事
⇒ 【#スピリチュアル用語 #アセンション #自由意志  覚醒からのつぶやき 32】


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#ウラ丹田 #水平呼吸 #祈りの型  【7/17(日) 東京ワーク ~所感と解説~】   

2022/07/24

7/17(日)東京にてワーク開催しました。

今回は集中しすぎて、全体写真撮り忘れ!


↓ ワークで使用した小道具たち


【ソフトボール】
ボール2個

まず身体の軸と空間の位置関係を明確に認識したうえで、全員で円になってボールを
投げたり転がしたりしました。

投げるほうも受けるほうも相手の肉の幅や動作を見るのではなく、空間全体に気づきつつ
自他ともに空間にぶら下がる軸そのものになるのがポイント。

アタマで相手の動きを予測し、肉体を準備していては遅いのです。

軸そのものになったとき、相手の軸が即自分の軸となり、ボールがどの方向にどのスピードで
飛んでくるのかが全体の中で気づかれています。

軸から軸へとボールが飛び交い床を転がるとき、そこには幾何の軌跡と呼吸のリズムだけがあります。


【メトロノーム】
メトロノーム

「カチ、カチ、カチ、カチ…」という一定のリズムを聞き続けていると、無意識に次の「カチ」
を予測して待ってしまうようになります。

予測モードになると「カチ」と「カチ」の間の余韻に気絶し、今この瞬間の「カチ」を100%味わう
ことができなくなってしまいます。

今ここにある「カチ」の中心そのものとして在るとき、次の「カチ」が来るか来ないかという予測
は完全に脱落し、その時その時の「カチ」が毎回新鮮なインパクトとしてただ在るようになります。

このとき「カチ、カチ、カチ」という規則的に刻む客観的な時間は存在しません。

ただしこれは「カチ」と「カチ」の間の余韻を排除するということではありません。

たまたま「カチ」の中心がその瞬間のインパクトとして顕われたということであって、余韻そのもの
にも無限にインパクトが存在するのです。

「カチ」と名づけられたものと「余韻」と名づけられたものは、それを聞き分け名づける者がいない
ときには完全に等価です。


【カッター】
カッター

今回のハイライトは「祈りの型」の体得で、皆さん一人一人が生贄として差し出した喉と首と心臓
にカッターの刃を当てていった瞬間。

本当は、真剣でやりたいのですが。(真剣斬り体験したことあるけど、ゾクゾク感がレベチ)

ここだけ聞くとヤバい団体ですね 笑

これにより、原始的な祈りの型と心構えから「対象のない祈り」に到るまでのプロセスをお伝えしました。


【アルミホイル】
アルミ

エクスタシーの快と不快の表裏一体感のデモとして、アルミホイルを噛んだときの「ガルバニー電流」
現象を例に挙げたのですが、アルミホイルを配って「唇で挟むだけでいいですよ」といったのに、思いっきり
口の中に入れて噛んだ方がいて「うへ!!」っと悶絶してました。(「旧銀歯世代」限定デモ)

今回は、刃を急所に当てたり、アルミホイルを噛んだり、尾てい骨をムズムズさせて飛んだり、
生理的にゾワゾワくる回となりました 笑


【ビー玉】
ビー玉

ワークでは毎回、このビー玉が八面六臂の活躍をしてくれます。

ある時は丹田に触れ、ある時は頭頂を開け、ある時は空を貫く。

物理世界の攻略は、モノに教えてもらうのが一番確実なのです。

あたま
物質の境界から頭頂を開く(以前のワークより)


↓その他のメニュー


【ウラ丹田】
傾き
↑奥に立てかけている机を使用

各自で重い机を持ち上げて丹田にエネルギーが集約する瞬間を観察しました。

机をズラッと並べて重量上げ選手みたいに持ち上げてる図は、なかなか異様でしたね 笑

ここから、エネルギーの集約の「ウラ」に意識をすとんと落とす、という微細な領域へと続きます。


【水平呼吸】

呼吸の秘伝ラインの実践。

口蓋をストレッチする感覚をつかむために「オエッとえずいた時に持ち上がる箇所を水平に
引っ張ります」といったら、皆一斉にオエオエする地獄絵図に 笑

上咽頭に呼吸がぶつかる感覚と盆の窪を開く感覚と頭上のポイントをつなげることで、瞬間的に
サマディに入りやすくなります。

出来る方は合気あげでこの感覚を使ってみてください。

横のラインの呼吸の感覚がつかめると呼吸と共に肋骨と筋膜が内部から風船が膨らむように
押し広げられてきます。


【その他小道具類】
ふうせん

他にワークでよく登場する小道具は、輪ゴム・爪楊枝・釣り糸など。

定期的にゴム風船を仕入れにいきます。

丹田造るのにいいんです、これが。


磁石背骨
磁石も登場。背骨のデモ。


関連記事
⇒ #サードアイの空 #丹田強化 #脳梁連結  【6/12(日) 東京ワーク ~所感と解説~】


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【#シュリ・チンモイ #マカバ #しくじり先生  覚醒からのつぶやき 84】  

2022/07/20

ひまわり_2
向日葵を生けました。
太陽神経叢のお手本!


◆エンパスで辛いというけど、共感力が高いなら他人の幸せだけ
に共感すればいい。
他人の不幸にだけ共感してしまうのは、軸とハラがブレてるから。
即効性があるのは、呼吸とともに肋間筋をストレッチし肋骨を上下に広げ、
太陽神経叢のハリとエネルギーを高めること。
肉体から変えたほうが速い。

◆舞台に携わっていた頃、完璧にフラットな明るさを求め
「もっと明るく、影をゼロに!」と叫んで、照明さんに
「ムリ!」とキレられた 笑
目に囚われる前に私たちが知っていた、太陽より数万倍明るい光
を表現したかったのだ。

◆某スピリチュアリストは子供の頃「人のオーラや世界の光が眩しくて
カタチが見えなかった」と自慢!?してたけど、それって真暗闇の地獄
から来たって言ってるようなものだよね。
肉体の目で見るこのアストラル界は、かつて知っていた光よりも
ずっとずっと暗い夢だよ。

◆かく言う私も、かつて地獄にいたことがある。
6歳の頃、製鉄所の溶鉱炉をのぞき込んだとき、理屈抜きに
魂の底から泣き叫んで止まらなくなった。

◆肉体の目で見る色と形は、暗い。
目が潰れないように、眩しすぎる光は隠されている。

◆肉体の目が耐えられない輝度は、目をそこに置いたまま内部の目
に光を「逃がす」。
例えば、太陽光も内部の目に映せばよいが、置いておいた肉体の目
は焼けるので悪しからず。

◆真摯な修行者にとって「苦難」はチャンスだが「チャンス!」
とほくそ笑むと「ほう、まだ足りないのか」と、さらなる苦難が課せられる。
キリストは苦難をもって奇跡を成したけど、十字架の上で「チャンス!」
なんて考えもしなかったでしょう。

◆世に出回る有象無象のマニュアルに毒され、苦難をチャンスの対価と
高を括っていたらそこまでなんだよ。

◆「この世は遊び」というなら、保険をかけずに遊び倒せばいい。

◆アリモノの遊園地で遊んでもダメ。
自分で一から遊園地を創って遊ぶ。

◆保険をかけると本気が作動しない。

◆【攻略法】
✕ 抜ける
○ 収まる

◆浮足では、飛べない。

◆ジャンプするときには、地面を踏み込んでから反発で飛び上がる。
その、飛び上がる直前の、足の裏が未だ地面に付いているときの感覚
で立禅や座禅しよう。
ただし、飛び上がってしまうと気だけ昇って重力で落ちるだけなので、
身体は地面にぴったり付けておく。
これが、どこにも居座らない状態だ。

◆この世の仮暮らしにも、家賃は発生する。

◆皮肉にも、修行によって世界を自ら分離し続けてしまうことがある。
悟りという本番を目指してこの世を「仮に」生きていると、どこにも
グラウンディングできなくなった不安定な心身にますます引っ張られ、
目指す世界と仮の世界が分離していく。

◆浮足立って仮に生きていると「本番」はいつまで経っても訪れない。
本番とは、その瞬間の実在の一致なのだから。

◆死んでからしばらくすると幽霊は自分の顔を忘れてしまうという。
鏡に姿が映らないので、顔のイメージを思い出せなくなるのだ。
顔のイメージが消えると、急速に自己イメージが薄れていき、
存在を保てなくなり跡形もなく消え去ってしまう。

◆1歳のとき喘息の発作で死にかけたが、病院のベッドと医者の措置を
部屋の左上から見下ろしているヴィジョンが記憶に刻まれている。
面白いのは、鏡像段階前で自己イメージが未確立だったため、自分の顔も
体もぼんやりしていたこと。
ぼんやりしているのに「そこに自分がいる」ということはわかる。

◆逆にいえば、顔と全身を見下ろす体外離脱は肉体と自己イメージ
ありきなのだ。

◆「それって、あなたの感想ですよね?」という「わたしの感想」。

◆「隔我掻痒」地獄

◆見えるから経験するのではない。
経験するから見えるようになる。

◆気づきは、気づきに気づけない。
気づいた気づきは、気づきではない。

◆「気づき」と「気づく」は、似て非なるもの。

◆気づきを未来に押し出さない。
気づきを過去に押し引かない。

◆気づきと眼圧をセットにしない。

◆強かに気づこうとしない。

◆この世の覚者は「しくじり先生」なんですよ。

◆「しくじり」を忘れない人だけが教師になる。

◆好き嫌いの判断には、しばしば魔が差す。
だから好きなことだけしていても、好きな結果になる保障はない。
もし好きなことを貫くのなら、その覚悟はいる。

◆甘いものを食べ続ければ、糖尿病になる。
その結果は「覚悟」に値するものですか?

◆好きに食べてはいけないのではない。
覚悟に値するのかどうかということ。

◆無知は因果を見ず、運命を嘆く。

◆「目視可能なUFO」って、むしろ文明レベルが近すぎるよね。

◆「乗り物に乗ってくる者」は、身体に依存している。

◆その意味では、乗り物としての「神輿」も「マカバ」も、
身体性の延長にある。

◆「地球人全員に見えるUFO」は、疑いましょう。

◆もちろん「全員に見える神」は、言わずもがな。

◆この世の目的は便宜だが、便宜の行為は乖離する。

◆問わずにいられないなら、まず問いの所在を明らかにする。

◆「イメージの展開」が、時空を食う。

◆「時間どおり」では、時空は一致せず。

◆「事実」は、約束事。

◆「変化」は、非連続。

◆「変化」と「不変」のエネルギーを一致させる。

◆「変化」と「落差」の無意識の連結を見切る。

◆「落差」感覚は、重力と身体ありき。

◆バイオリズムは、重力ありき。

◆自我で造ったハラは、自我分のパワーしか出ない。

◆ハラだけ練ると「威勢のいい死体」が出来上がる。

◆脳の進化は、客体化した自我フェチを生んだ。

◆「納得」を貪らない。

◆「そうか!」の快感に流れない。

◆”sukha” にスカッとしない(ダンマギャグ)

◆「ワーク会場に来るのに切符を券売機で購入したら、200円のおつりの
はずが400円戻って来た。何回計算しても多いので狐につままれた気分です」
という参加者さんがいた。
こういう時は文字どおり狐につままれている場合があるので
「差額はコンビニ募金箱にでも入れておいてください」と助言した。

◆意識のシフトに取り組むときには、良くも悪くも奇妙な出来事が
起こりやすくなる。
この時を「待ってました」とばかり「狐」に化けた魔が差すのだ。
今回はおつり程度の些細なレベルだが、奇妙な体験やシンクロが起こり始める
と、往々にして過大な意味を与え、エゴが肥大しはじめるので注意しよう。

◆アスリート出身のシュリ・チンモイは、弟子がクタクタになり倒れる
まで走らせた。
その意図は、わからなくもない。
42.195km完走した直後に「悟りとはなんぞ?」などと問う者はいないだろう。
倒れてもまだ問いが残っているならば、はじめてそれに取り組めばいい。

◆瞑想は、最小のエネルギーで最大のマラソンに挑む「覚醒ハック」だが、
この世で一度は肉体として走りきってみなければ、その意味が理解できない。

◆悪魔は「狂い切った」者には興味がないんだよ。
これ、書いてるだけでものすごくゾッとするよね。
だからこそ「ニョンパ」は悪魔の虚を突けるんだ。

◆「無欲」欲
「無欲」慢

◆「無我」我
「無我」慢


関連記事
⇒ 【#カルマ解消 #エゴハック #テレポート  覚醒からのつぶやき 81】


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