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【Rubin's work 主催 AYA プロフィール (固定ページ)】   

2018/07/14
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【覚醒からのつぶやき 40】        

2021/05/11

つぶやきをランダムにまとめました。

カーネーション2
母の日に


◆否定は自己肯定への渇望。

◆人類は産道に引っかかっている。

◆肉体を纏おうか纏うまいか、
迷いながら窒息している。

◆無意識に纏ったその肉体は、
口のうまい販売員に断る間もなく着せられた、
タンスの肥やしのようなもの。

◆産みの苦しみは、肉体の幻想です。

◆産道は、記憶忘却装置。

◆自ら産道を通ってくるが、
存在とは本来、唐突に出現するもの。

◆塊に圧縮するために、産道という
アイディアを選択しているだけ。

◆産道は、母への畏敬の念を強制的に刻印する。

◆産道を持たない母も在る。

◆↑これ、タントラ的にタブーかなと一瞬躊躇
したけど、マザーは最高潮に悦んでました。

◆タントラのマザーは、子のレベルに応じて
褒めたり叱ったりするので、褒められたから
といって絶対的真理とは限らないんだけどね。

◆だからこそ、マザーについてあまり
話しすぎると怒られるんだよなあ。
その人にはその人のタイミングがあるから。

◆マザーは、私たちの想像の及ばないほど
ブッ飛んだ存在なのだ。
マザーの目を盗むことは不可能。

◆母の慈愛を、肉体に還元しない。

◆父と母を、肉体から解放する。

◆父と母は、私の肉体が産んでいるのだ。

◆生と死は、尊厳を強要する。

◆苦と快楽はワンセット。
苦から快楽を解放し、快楽から苦を解放する。

◆苦から解放する道と、快楽から解放する道があるが、
それぞれがそれぞれに気絶してしまっている。

◆エネルギー的な相性の良し悪しを、
カタチのせいにしない。

◆自己暗示が下手な人ほど、覚醒に近い。
世界は壮大な自己暗示だから。

◆「グローバルヴィレッジ」
訳して「村世界」

◆認識の村宇宙に閉じこもっている。

◆「わからない」と嘆く前に、
わかるためのスペースを開ける。

◆世界に興味を持つと、世界は悦ぶ。
それが、世界存続の原動力だから。
是非はともかく、事実としての話。

◆セクシャリティと無意識に連動した
世界観に気づこう。

◆世界を両性的に扱っても、中性的に扱っても、
無性的に扱っても、二元性は超えられない。

◆この世界は、未だ女性的に扱うことで
恩寵が得られるマトリックス。
これまで育んでもらったことに感謝を示した
うえで、二元性のタブーと呪縛を解く。

◆タントリックな創造の領域を切り捨てて解脱
を目指しても、必ず足止めを食らうことになる。

◆タントラは二元性の原理だから、
エソテリックなこういう話のほうが
スッと入っていく人も多いのかも。
実際、わかりやすい恩寵が来るし。

◆対象のない祈りっていうのは、
二元性を否定も肯定もせず、
根源的に包括しているんだよね。

◆この心身をもって、心身になるんだから、
当たり前といえば当たり前。
これ以上にシンプルな道はないね。

◆偶像をバカにする人も、
幾何学や数学は信じていたりする。
どちらも同じカタチの魔術なんだけどねえ。

◆偶像でも幾何学でも数学でも物理でも、
カタチの象徴だけ利用して、
核心部分は気絶している。
逆にいえば、あえて気絶できる余白を残して、
神秘を穢さないようにしているんだ。

◆世界の動きに連動して一喜一憂するのは、
野生動物的な感覚であって、
ワンネスではないね。

◆『BEASTARS』じゃないけど、
人間も原始脳を搭載している限り、
ある程度の規範は必要だよね。
突発的な覚醒体験で原始脳が垂れ流し
になってしまう人がいるけど、
解放するのはそこじゃないんだ。

◆死に際に沸き起こる一世一代の念を、
毎瞬の死においても捧げよう。

◆枠と本体がズレているとき、
枠と本体が認識される。
枠と本体がズレていないとき、
枠も本体も認識されない。
本来、枠は存在しないが、
枠の設定を外すには、
まず枠とのズレに気づく。

◆身体も想念も、そこにただ置いて
おけばよいだけだが、「身体の置き方」
と「想念の置き方」のテンションは異なる。

◆自己と世界のテンションのズレが、
素材の質量を分化させる。

◆中心に目を浮かせる。

◆存在に、垂直に触れる。

◆死んだらチャラ?
とんでもない!
生きないとチャラにならない!!

◆チャラにするために産まれたのに、
新たにカルマを創って死んでいく。

◆現象だけを見てチャラにしようと
してもキリがないよ。
構造的にチャラにしないと。

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【覚醒からのつぶやき 39】        

2021/05/08

つぶやきをランダムにまとめました。

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花菖蒲の蕾


◆想念が肉体を固形物に見立てる。

◆「肉体が先か、想念が先か」という
問い自体が、時間の幻想。

◆この世界は
「細かい時間と粗い時間」
「近い時間と遠い時間」
と呼ぶべきものから成る。

◆魂という概念は、粘度が高い。

◆個体として在ることの物理的緊張は、
遠慮なく分散しよう。
これは、仕組まれた物理次元の愛なのだ。

◆下心は世界と密通する。

◆世界の裏を知りたいのは、
自分に裏があるから。

◆実際のところ、この認識形態のままウラオモテ
がなくなったら正気を保てないけどいいの?

◆皆やたらと急ぐけど、プロセスをすっ飛ばす
とカルマの昇華はキツくなりますね。
カルマに囚われていたらの話ですが。

◆魂って売れるもんじゃないけど、貸せるね。
恐ろしいことに。

◆貸し借りは総量の決まったママゴトですけどね。

◆この世の速度は、時系列の順番。

◆速いものほど過去に在る。

◆「人間だから間違いはある」
=「存在だから間違いはない」

◆「存在だもの」

◆こんがらがった思考は、
知恵の輪みたいに立体的に外そう。

◆思考は一本の糸じゃなくて、
ブツ切れの点だから、
本来は絡まりようがないんだけどね。

◆純粋な存在は、
何も訴えかけてこない。

◆純粋な存在は、
気づこうとする必要がない。

◆存続する意識は、
この世の存在感覚では測れない。

◆対面できる神は、この世のもの。

◆この認識においては、世界を回転させるか
私を回転させるか、どちらかしかなかったのだ。

◆鏡は、対面のメタファー。

◆この世界では、対面が抜け落ちた状態
をワンネスと呼ぶ。
転換のインパクトはあるが、
構造としては素朴。

◆「なぜ?」の延長に真理はない。

◆「なぜ?」が起こったら「?」に放下する。

◆放下は、明瞭な思考停止。
放棄は、不明瞭な思考停止。

◆人間を擬人化して見るのをやめてみよう。
そうすると、生のままの存在が迫ってくる。

◆この世に無機質なモノは存在しない。

◆マスターたちは、自我を否定しよう
としているのではない。
想念を中心にチューニングしようとしているだけ
なのだが、自我はそれを否定されたように捉える。

◆この感覚がマスターとツーカーになると、
一気に進むんだよね。

◆師匠と弟子は、一緒に料理するような関係。

◆24時間「起き抜け」の意識で自分と出会おう。

◆今は再生できない
今は再製できない

◆進化は、今を済世しようと足掻き続ける。

◆今は瞬間ではない。

◆今に留まろうとする意図は、今を押しのける。

◆時空の爆発を孕むエネルギーの空白は、
すでに現象世界の話です。

◆時空は未来にも過去にも進んでいる。

◆「進む」感覚を定点から外そう。

◆肉体を超えることは、
肉体を捨てることではない。

◆肉体の重みは、最大のヒント。

◆動きを止めずに「止まった動き」
として在ること。

◆今は、急げば急ぐほど間に合わない。

◆興味本位に「問い」を増やさない。

◆解決を急がない。
全て解決している。

◆輪廻は「問いの衝動」の惰性。

◆人間は、格納された記憶を
物理に還元しないと不安な生きもの。

◆感情を生きがいにしない。

◆感情は享受してもよいが、
再現しようとしない。

◆うつろうものは、うつろいとして愛でる。

◆苦しみは、無理矢理とどめようとする反作用。

◆人間の苦はアタマの便秘。

◆「進む」のではなく「弾む」のです。

◆世界を「筒のように」通り抜ける。

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【覚醒からのつぶやき 38】        

2021/05/05

つぶやきをランダムにまとめました。

黄色5


◆カタチはそのカタチに見合った
記憶しか引き出せない。

◆カタチが固定されているのではない。
固定された認識に同化しているのだ。

◆「実体感」は姿勢ひとつで
変化してしまう曖昧なもの。

◆中心に浮いているとき、
全ての可能性が同時に重なっている。

◆幻から「離れる」というスタンスは、
まさに二元性の錯覚。

◆ひとつのスクリーンに世界が映っているのではなく、
どこを切り取っても無限にスクリーンが出現するのだ。

◆スクリーンの例えは、認識の座だけに
特化している点に注意。

◆前後の分離を上下に落とす。

◆アタマのてっぺんで宇宙にグラウンディングする。

◆足の裏で銀河の中心を見る。

◆ハラに自分を飲み込んで、ひっくり返す。

◆ハートの中心に、世界の網目を回収する。

◆静寂の音は、耳には響かない。

◆無は均質ではない。

◆私たちは全員、アタマに座標のない
ブラックホールを内蔵しています。

◆アタマのブラックホールを気絶せずに
通り抜けられる人間は存在しません。
そこは認識の出入口ですが、
存在の出入口ではありません。

◆アタマを落とせば「どこでもドア」
のような出入口は、どこにでもある。

◆出入口という発想は二元側の認識ですが、
その肉体において、いったん確認しておいてください。

◆私たちは、火を怖れる動物のように、
存在の深淵を畏れている。

◆宇宙を背負おうとするから、存在を畏れるのだ。
本当は、拍子抜けするほどフラットなのに。

◆生は、実体のない畏れに縛られている。
畏れは、かつて自分自身にかけた呪い。

◆私たちは、一瞬前の記憶を繰り越し続けている。

◆人生は、記憶の断続。
輪廻は、存在の断続。

◆記憶は「決定」の後に割り振られる。
連続した記憶はない。

◆死の瞬間に記憶が繰り越されるから、
輪廻が起こる。
「死」と「生」が最期の瞬間に一致すれば、
そこで完結する。

◆輪廻のトリガーは、想念のタイムラグ。

◆死の最期の想念は、コントロールできない。
今生がその一点に集約される。

◆肉体を伴わない「解脱」は常に起こっているが、
最期に肉体が一致することは極めて稀。

◆「それ」とは、生と死の完全な一致である。

◆私たちの肉体は、地球を軽々と支えている。

◆私たちは、見かけ上の引力と遠心力に
振り回されている。

◆肉体で時空に居座ろうとしてしまうと、
中心からズレ続ける。

◆「アレッ?」っていうズレは、チャンス!

◆「アレッ?」の空白に、後頭部で重なればいいよ。
慌てて前頭部で前のめりに補正しようとしない。

◆夢は後頭部から目覚めよう。

◆「我にかえる」ときの我と自我が
ごちゃごちゃになってるのだ。

◆ピッタリだと思ってることがズレてて、
ズレてると思ってることがピッタリだったりする。

◆自我は完璧さを畏れる。
完璧さは、創造の終焉だから。

◆この目で見ようとしなければ、
創造は始まりも終わりもしない。

◆いま電車乗ってるけど、
体を運ぶってクラシックな呪術感 笑

◆覚醒では、円と球に相関関係はないんだよ。
クレイジーだね 笑

◆だからこそ、地球を「丸くする想い」
は愛おしいんだ。

◆カタチは想いだから。

◆3次元人も、夢のスタンド使いだよね。
物質を現前させてるんだから。

◆私たちは「肉体」と「肉体感覚」を混同している。
「肉体」は本来、ニュートラルなもの。

◆肉体を超越するのではなく、
肉体幻想を見切ればよいのです。

◆この世の全てが満たされていても
「それ」を求めますか?

◆目と心は、同時に転換します。
一枚の葉を見ないようにしてもダメです。
森全体を引いて見てもダメです。
肉体の目を動かさず、
内部の目に明確に映すのです。
転換を知れば、葉も森も心を動かさず
同様に見ることができます。

◆「何ものにも囚われない」ということは、
心理的なアプローチだけだと、なかなか転換しません。
囚われている心で、囚われから離れようと
しているからです。
内部の目は具体的に転換させられるものです。

◆何が何に囚われているのかを、まず明確にする。
それはもう、心理というより物理なのです。

◆目に関しては、単純に「使い方」を
知らないだけと言っても過言ではないです。
自我のフォーカスが慣れ親しんだ
その見え方だけではないのです。
それを修行と称する気合や精神論で矯正しよう
とするのは、文字通りピントがズレていると
言わざるを得ないです。

◆目の使い方と自我の定点観測は密接に連動
していますが、定点を心理的にズラそうとしても、
全体は肉体の目にぼんやりと映っている
レベルに留まります。
構造を知らずに定点幻想だけを切り捨てようと
してもなかなか具体的なシフトは起こりません。

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【覚醒からのつぶやき 37】        

2021/04/30

つぶやきをランダムにまとめました。

ピンク


◆サクサクと、宇宙ひとつひとつが切れていくこの瞬間。

◆青くて丸い地球って、泰西名画的だよね。
宇宙人には別の色と形で、
キュビズム的に見えてたりするけどね。

◆認識次元が美の概念を創る。

◆この次元の美の概念は、メタ認知により
快/不快は超え得るが、認識構造内に留まる。

◆認識の遺産を鑑賞する、博物館のような世界。

◆覚醒は、言葉を初期化する。

◆自我は、空白恐怖症。

◆了解しあってると「また、来世~」も軽い軽い。
お互い何処で何してても、心配ないんだよね。
それが、人のカタチとしては理想の愛だな~

◆人の愛は情念なので、今世と来世をまたぐ
約束はしないほうが無難。
契約という名の呪いになっちゃうから。
まあ、ほっといても出会っちゃうけどね。

◆みんなすでに了解しあってるから
存在できてるんだけどね。
この世の言葉に浸っていると、
了解感覚が降ろせないのよ。

◆「わかっているものは、わかっている」
ということを、他人事と思わないでほしい。
わかっているものは、すでにあるのだ。

◆「わかっている人」がいるんじゃないんだ。
「わかっていること」がただ、あるんだよ。

◆「悟り」というアイディアは、罪深い。

◆くつろぎを感覚で捉えると、現象側に引っ張られる。

◆中心を探さない。

◆中心から毎瞬、産声が響く。

◆産声は、自ら響く。
響きを「聴いてしまう」と、世界が開く。

◆死は、この世でいちばんアクティブな運動である。

◆肉体も意識も死なない。
それらに同化した想いだけが死ぬ。

◆想いが死ぬと、世界を保つテンションが解ける。

◆自我は、生と死を禍々しいイベントにする。

◆生と死は、イベントではなくインパクトなのだ。

◆思考が言語化される刹那に、
恣意性の潜在的誤謬が錯覚を生む。

◆自我は、定点妄想の点滅。

◆自転車の漕ぎ始めの重さが人生だと勘違いしている。
ペダルが軽くなったらなったで、慣性に気絶してしまう。

◆決意は垂直に通す。
水平に侵犯しない。

◆それが「それ」だと定義されないまま
知っている人は、愛おしい。

◆道行く人と、そっと了解を交わす。

◆覚醒の「凄味」を知ろうとするから、
数多のおどろおどろしい体系が構築される。

◆悟りも信念体系です。

◆ひとつの瞬間に、宇宙が丸ごと入っている。
時空に在る人は、瞬間の圧に圧倒され気絶している。

◆私たちは毎瞬毎瞬、宇宙と同時に
飛び出して来ているんですよ。
その瞬間の圧で、記憶が飛ぶんです。
出産は、そのアナロジーですね。

◆一瞬一瞬が、中心で完結している。

◆行為と想念が分離しているから、
行為も想念も未消化のまま取り残されるのです。

◆この世は、取り残された行為と想念の残像。

◆想念で想念の中心を知るのは難易度が高い。
だから、肉体の重心から知るほうが易しい。

◆覚者同士の「目くばせ」は下品ですね。

◆神は神でも「小さい神社の神様」は、僻みっぽい。
愚痴が出たら「小さい神様出てきたな」と思おう 笑

◆自我は「組み合わせ」の時系列にこだわるから
苦しむのです。

◆「組み合わせ」の全ての種は、すでにある。

◆覚醒に「保存」という感覚はない。

◆恍惚は苦痛の変種。

◆カタチの世界は、カタチのまま覚醒している。

◆覚醒においては、動詞と名詞の区別はないんですよ。

◆時空に囚われているうちは、
名詞でラベリングしたほうが混乱しませんね。

◆生理的な好悪に気絶しない。

◆アタマで感覚を超えようとしない。

◆アタマで理解できる証明は、アタマの中にしかない。

◆「それ」は、証明の前に自明です。

◆動物的直観から捕食本能を無化する。

◆感情って、この世に顕れ出た式神
みたいな感覚なんだよな〜
でも、使い魔にしちゃダメだよ。

◆感情の真ん中はストンと落ちてて、
上澄みを遊ばせておけばいいよ。

◆あらゆる行為に、絶対的な根拠はない。

◆行為と信念が刹那に結びつく。

◆神を禁じ手にした哲学は、
むしろオカルティックに未知を留保する。

◆プライドは、軸をナナメにする。
自重で倒れるのを怖れ、
つっかえ棒を探し続ける。

◆自我の自尊心は、条件付き。
無条件の自尊は、対象のない祈りから沸き起こる。

◆イメージして創った軸は、まっすぐではない。
軸は、全てから均等に離れているときに
自ずから通るもの。

◆その人の軸は、その人の物理宇宙を固定化する。

◆3次元の空間認識は、
高次元を奇怪なイメージにねじ込む。

◆この世界は、ひとつの認識が
無理やりねじ込んだカタチ。
そのねじれから、潜在的に崩壊の不安
を孕んでいるのだ。

◆この不安自体が、幻想なのです。

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