fc2ブログ

【Rubin's work ~ 覚醒・瞑想・気づきのワーク ~】          

2018/07/14

覚醒を具体的に体感・定着するワークを、東京・大阪 で開催しています。

5歳で最初の覚醒体験→過敏な幼少期→南米滞在での 目覚め→
エゴの暗黒期→瞑想による認識の転換→カルマ の清算→
一元と二元の矛盾の決着

といった自身のプロセスをふまえ、一瞥体験を超えた認識転換のポイントを
微細な領域まで踏み込んでお伝えします。


プロフィール
⇒ AYA プロフィールはこちら


r.jpg
⇒ Amazon 販売ページはこちら


※ワーク参加希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



関連記事 ⇒ <0.はじめに> Rubin ―覚 醒― 認識の転換のために 【全文掲載】

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (1) @ プロフィール

【「啓示」「地球を卒業?」「真空と恩寵」 覚醒からのつぶやき 65】            

2022/01/18

つぶやきをランダムにまとめました。

御苑
御苑で雪だるま作り。賽の河原?


◆世界は「ガチャ」ガチャ。

◆カルマはガチャに非ず。

◆神にマルチタスクなし。

◆無限手先を読むために、
無限に分離する私たち。

◆覚醒とは、悦びのコスパが最強の状態。

◆臨在に色なし。

◆ワンネス体験は次元に依拠するが、
ワンネス自体は次元に属さない。

◆認識が次元を固定するとき、
矛盾の辻褄合わせで分離が派生する。

◆本来、次元は固定されていない。
次元の棲み分けは幻想。

◆真空に貼りつき、無音の運動に慄く。

◆無音のハートは、宇宙でただひとり震えて在る。

◆鼓膜は、振幅を「見る」。

◆神は振動にあらず。

◆「全方位のグラウンディング」=「無方位のフローティング」

◆底のある「存在感」から、底のない「存在」へ。

◆実体を密度で実感しない。

◆心身が世界にぶつかっている。
ぶつかったものだけ見ている。

◆時空をくぐり抜けようとしない。

◆「くぐり抜け」は、通過「偽」礼。

◆肉体と魂に刻印された「通過」の強迫観念に気づく。

◆「非感覚」≠「無感覚」

◆極論すれば、肉体・精神・魂・霊を問わず人間の問題は
ほぼ全て、相対的な速度と質量の調整のみで解決する。
逆に言えば、速度と質量の異なる位相を「ひとつの世界」に
押し込めようとするから、問題があるように見えているのだ。

◆寝入りばなに「神っぽい啓示」が聴こえるのに味を占め、
一生うとうとしているのが「宗教家」といわれる人々。

◆この世は睡眠学習。
学習成果は夢の中。

◆入浴中に閃く啓示を忘れてしまう、ムラナスルディン。
ある日、風呂場で閃いた。
「そうか、ずっと風呂入ってればいいんだ!」

◆睡眠中に閃く啓示を忘れてしまう、ムラナスルディン。
ある日、睡眠中に閃いた。
「そうか、ずっと眠っていればいいんだ!」

◆好き嫌いにプライドを持たない。

◆自分の好き嫌いを面白がる。
他人の好き嫌いも面白がる。

◆「ノンフィクション」というフィクション。

◆考えるのが「面倒臭い」人に、無思考は訪れない。

◆怠惰な脳ほど「勤勉に」思考し続ける。

◆囚われているのは思考ではなく、感覚と感情と記憶のキメラ。

◆「この世はジョーク」というけど、神自身は構造的に
ジョークは言わない(言えない)。

◆赤ちゃんは、ふざけない。

◆ギャル「神みw」
神み(かむろみ)「その『み』じゃない」

◆【明るい緑化運動】
「笑えば、草生える」

◆「インセンシティブな内容が含まれている
可能性のあるツイートです」

◆こんがらがった思考は、
知恵の輪みたいに立体的に外そう。

◆多次元の知恵の輪のほうが簡単。
なにも「交差」してないからね。

◆聖徳太子は一度に10人の聴聞は出来ても、
一度に10個の発話は出来ない。
ヒトの形態と物理的時空の限界。

◆10人の話を聞くのは難しいが、
10人の姿を見るのは易しい。
10人ひとりひとりを区別しなければ。

◆聖者は一言に含まれる倍音で対機説法する。
万人に響くので、言葉はシンプルになる。

◆それにつけても、私めの言葉の多さよ 笑
言いたいことは一音だけなんだけどねえ。

◆背骨を直立させて、存在にバンジージャンプする。

◆実際にバンジージャンプしてみると、
意図なき声が身体を貫く感覚がわかるよ。
それは「遺体から声が出る物理的珍現象」とは
似て非なる、生きた現象なんだ。

◆やることがないと寝てしまうのが人間。
やることがなくても起きているのが神。

◆「睡眠」という肉体現象が「目覚め」を複雑にしている。
だから、いったん肉体を置いておこうと言うのだ。
ただし「わかる」には、やはり肉体の目との一致が必要。

◆「愛」という言葉に気絶しない。

◆この世のタブーを解くには、肉体と神話の癒着を剥がすこと。

◆「神話」は、あくまでも「話」なんです。

◆「肉体のカタチで死にたい」という
「人間的」なプログラミングの呪縛。

◆魂という名の形状記憶。

◆「人間としての完全体」への野心と郷愁を解く。

◆「地球を卒業」っていえば聞こえはいいけど、
問題児が体よく放校される場合もあるからねえ。
学校っていうのは、勉強しなくても卒業できちゃうし。

◆「この世=学校」という発想は、新たなる時空の呪縛。

◆とはいえ「だるま落とし」は、地球でこそ。
「だるま」は「ダンマ」なんて高尚なこと言ってないで、
重力のあるうちに肉体という「だるま」を愚直に落とそう。

◆修行者に必要なのは「空白」をどこにも落とし込まない諦念。

◆空白は記録できない。

◆覚醒に「多角的視点」はない。
「多角」「視点」は、3次元的発想。

◆覚醒に「対偶・逆・裏」はない。
真偽がないからね。

◆波動の真ん中に浮かび上がる「線」は、時空の亡霊。

◆通過「点」は、実存し得ない。

◆「正しいこと」を言おうとしたことって一度もないな〜

◆【相手が区別できない感じ】
この世界ではやっぱり、体とモノがあったほうが
「どこにもぶつからない意識」には気づきやすいね。
力と意図でぶつからなければ、棒の延長の相手も力まず一体化
してるので「倒される」というより自然に「釣られる」。

◆【一筆書きの様なもの】
意図を外して、予備動作の力みと方向を相手に悟らせない。
実際に外せてるかどうか、目に見えるから分かりやすい。
武道だから「目的」は残ってるけどね。

◆【ワンネスポイント】
△「脳が」創造する。 ○「脳も」創造する。
△「脳は」投影装置。 ○「脳も」投影装置。

◆空間的な「ひとつづき」は、ワンネスではない。

◆「それは指一本でわかるんだよ」と言うと
「それじゃ何も変わらないじゃん」と言われる。
「変わること」に真実を求めるかぎり
「変わらないそれ」には気づけない。

◆「絶対的に混ざりけのない注意が、祈りである。」
シモーヌ・ヴェイユ

◆仏語だと
L'attention absolument sans mélange est prière.
英語だと
Absolutely unmixed attention is prayer.
どっちも”attention”だけど「注意」という訳が
引っかかる。
かといって「注視」でも「留意」でもないしなあ。
でも、ヴェイユのattentionの指し示すものは直に伝わってくる。

◆ヴェイユは「注意とは放棄である」と言う。
"attention"が指し示すものは、純粋な宗教体験の核心なんだよなあ。

◆「気づき」と「注意」は異なる。
注意はコーヒーをこぼさないように見張るが、
気づきはコーヒーをこぼすのを明晰に見ている。

◆ヴェイユの"attention”は、上記でいう「注意」と「気づき」
とも異なる。

◆「対象のない祈り」は、宇宙の軌跡とハートの空
が重なって意図が手放され続けている状態です。
この「祈りの原型」が起こることが、覚醒それ自体からの
コミットメントとなります。(Rubin’s workブログより)

◆ヴェイユのいう「注意」は「対象のない祈り」に近いんだけど、
神を置くので「専心」の求心力みたいな感覚が加わる。
それはまさに「真空」がポイントなんだ。

◆「真空」と「恩寵」
ああ!貴方はそれを知っていたのですね!

◆「恩寵は、真空にしか入っていかない」
シモーヌ・ヴェイユ

◆真空は、比喩ではないんです。
実際に、真空を見るんです。

◆【相手が区別できない感じ】
この世界ではやっぱり、体とモノがあったほうが
「どこにもぶつからない意識」には気づきやすいね。
力と意図でぶつからなければ、棒の延長の相手も力まず一体化
してるので「倒される」というより自然に「釣られる」。

◆【一筆書きの様なもの】
意図を外して、予備動作の力みと方向を相手に悟らせない。
実際に外せてるかどうか、目に見えるから分かりやすい。
武道だから「目的」は残ってるけどね。

◆【ワンネスポイント】
△「脳が」創造する。 ○「脳も」創造する。
△「脳は」投影装置。 ○「脳も」投影装置。

◆空間的な「ひとつづき」は、ワンネスではない。


関連記事 ⇒ 【「ワンネス」「3次元とは」「神の降臨」覚醒からのつぶやき 36】


※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ つぶやき

【「坐禅と動禅」「ジェンダーレス」「多様性」 覚醒からのつぶやき 64】        

2022/01/08

つぶやきをランダムにまとめました。

2022ゼラニウム
毎年、なぜか真冬に咲き続けるゼラニウム


◆想念の足跡を残さず歩く。

◆「途上感」は、進化の幻想。

◆「予感された未来」に流されない。
生は「未知の切先」にしかない。

◆「未知の切先」は、底の見えない崖っぷちのようだが、
恐怖ではなく喜悦しかない。

◆時空から解放されるとき「時空の最先端」
で垂直に串刺しになる。

◆覚醒と輪廻は、時空の同一線上にはない。
「輪廻から脱する」という言葉は的外れ。

◆「しんねん」と打ったら「信念」になった。
信念、空けましておめでとうございます 笑

◆覚者は「明ける年などない」と嘯くけど、
そこは「明ける体(てい)」でもよくない?
人間だもの 笑

◆意識自体には偏りはありません。
また、肉体の形にも偏りはありません。
偏りではなく想念の相対的なズレはあります。
肉体とは瞬間瞬間、断片的に切り取られたイメージを
時系列で編集した概念であり、肉体そのものの完璧な総体
をその瞬間に認識できる人は存在しません。

◆以前、ワークの場所を探していて、とある教会が貸し出して
いる集会室を下見に行ったところ
「おたく、何やってる団体?ウチに相応しくないとねえ。相応しいのかい?」
と牧師さんにジロジロ見られた。
話がややこしくなりそうなので退散したけど、相応しいのか相応しくないのか
未だにわからない 笑

◆遅ればせながら『マトリックス・レザレクションズ』観ました。
「ゲーム」というメタ設定と「二元性縛り」の認識をベースにするかぎり、
覚醒パターンのマンネリ感が否めず。
未だに「戦い=銃&拳法」って、イメージが素朴すぎない?
その想像力のままじゃ、世界を何回やり直しても同じだよね。

◆いい加減、創造の内的拮抗を「戦い」に置き換えなくてもよくない?

◆とはいえ、エンドロール最後の自虐にすべて回収されちゃってる意味
では確信犯なのかも、と思い直すなど。

◆マトリックスでおなじみの「弾丸を避けるシーン」について。
意識はどの瞬間を切り取っても、飛んでくる弾丸の軌跡と同時にある。
認識速度を上げてコマ割りすれば弾丸は見切れるだろうが
「その認識速度は肉体とは同化できない」
ので結局、肉体には弾丸が当たる。

◆事故等で自分の肉体が吹っ飛ぶのをスローモーションで見ていても、
その瞬間の肉体を操作できないのと同じ。
操作する方法もありそうだけど、個人的にはそこまで肉体に執着がないな~笑

◆「心の目で見ろ」というときの「心」は、その位置じゃない。

◆細胞にしろ時空にしろ、コピーにコピーを重ねれば、
必ずエラーが起こる。
それこそが、世界の救いだ。

◆「多様性」は「他様性」。
「多」の前に「他」を認める。

◆多様性とは「ひとつ」である「それ」から分化した結果ではない。

◆「ひとつ」と「多(他)」を同一次元で補完しようとするから
「後ろめたさ」と「エクスキューズ」が付きまとうのだ。

◆3次元の御神体は「対面式」

◆5次元の御神体は、鏡ではない。

◆「闇の中で鏡に映っているものを見よ」

◆「ひたむき」な人は「額の向き」が固定した人。

◆微細な直観は、粗雑な行為に阻まれる。

◆直観をカタチにするって、ある種の共感覚だよね。

◆「金は人を変えてしまう」というけど、金が悪いわけじゃない。
金がないので抑えていた、その人本来の性質が浮上してきただけ。

◆日本の学校のテストは消しゴム使用可だけど、使用不可の国も多い。
良くも悪くも、消しゴムって現代の日本人の精神を象徴してるよね。
墨で書いてた頃は、今よりも決然としてたはず。

◆ちなみに、消しゴムで消す意識ではエゴは消せない。

◆この世の言葉で「真実だけ」を抽出して語ることはできない。

◆「真実が伝わらない」と嘆く覚者は、世界の半分しか知らない。

◆言葉は、常にフィクションを含む。

◆「真実」を探さない。
「事実」を見るだけ。

◆感覚を書き換えるよりも、物語を書き換えるほうが簡単。
だから、取りあえず物語だけ書き換えてきた結果がこれ。

◆苦の報酬としての幸せを求めない。
これは、地球人に染み付いた悪癖。

◆神は無垢に遍在するが、悪魔は巧妙に遍在する。

◆神は完全なジェンダーレス。
人はすぐそのことを忘れる。

◆相対性をグラデーションでイメージしない。

◆「苦」は、苦しんでいない。

◆対義語のない「幸」
対義語のない「苦」

◆「対義語のない言語体系が存在できないのは何故ですか?」

◆「苦」は「幸」の対であるかぎり「意味において」救われ得る。
ただし、その救いは永遠ではない。

◆意味の中心は、無意味でも非意味でもない。

◆意味の中心と無意味の中心は同じもの。

◆「中心にあること」は、心の技術でも体の技術でもない。
だがしかし、それはやっぱりこの世界限定の技術なのだ。

◆中道には支点がない。

◆「無為」と「無意味」を混同しない。

◆坐禅でわかっても動禅でわからなくなる人は、
空を肉体(時空)でとらえてしまっている。

◆「止」の「空」を球にしない。
「動」の「空」を筒にしない。
「無」の「空」を点にしない。

◆カタチを象徴化しない。

◆時差がなければシンボルは不要になる。
記憶を読み解く必要がなくなるからだ。

◆見たことのないものは、見ることができない。
知らなかったものは、知ることができない。

◆知っていることを信じている。

◆完全にオリジナルなものは存在しない。

◆「関係性」とワンネスは無関係。

◆ワンネスはワンパターンではない。

◆イメージ抜きで世界を見る。
イメージ抜きで他人を見る。
イメージ抜きで自分を見る。

◆イメージではなく、イメージの触発を見切る。

◆イメージを見てしまうから、世界から遅れるのだ。

◆まず、他人が存在するイリュージョンにショックを受けないと、
多次元なんてわかりませんね。

◆源に「還る」感覚は、認識の時差から起こる。

◆非効率な運動は存在しない。

◆背骨を直立させて、存在にバンジージャンプする。

◆自我が怖れているのは、無ではなく虚。

◆虚は、肉体という器ありき。


関連記事 ⇒ 【「ワンネス」「3次元とは」「神の降臨」覚醒からのつぶやき 36】


※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ つぶやき

【1/22(土)14:00~17:00 、17:30~20:30「東京ワーク参加募集」】

2022/01/01

*****  Rubin’s work  東京ワーク開催日時のお知らせです。

座禅 ワーク1


1/22(土) 14:00~17:00 、17:30~20:30
※前半(基礎)と後半(実践)に分けて行います。

通しで受講していただくほうが理解と集中が深まりますが、
前半もしくは後半のみの参加も可です。
(初参加の方はなるべく前半から受講してください)

場所は東京都中央区、参加条件等の詳細はメルマガにてご案内しております。


◆今回は、

【基礎】
・一瞬で集中に入るための軸と姿勢
・どこにも居座らない座法
・呼吸の秘伝的ライン
・丹田のポイントと集中の奥義
・対象のない祈り
・内部の目へのシフト

【実践】
・時空と存在の切先に立つ
・存在の深淵に滑り込むには
・中心の合一から脱中心へ
・エネルギーの最大効率化
・現象の引き戻しと離脱ポイント

をテーマにワークを行なっていく予定です。
(内容は参加者さんの状況によって変更となる場合があります)


◆ワーク開催にあたっては、以下のコロナウイルス
対策を行います。


・参加者間の十分な距離を確保
・息のあがる運動はしない
・参加者にマスク配布
・入場前の手洗い必須化
・入口での手指のアルコール除菌
・平熱以上の方の入場不可
・ワーク中の身体接触回避


◆直近に開催したワークの様子


⇒「遠隔透視と無思考状態」 【12/18(土) 東京ワーク ~所感と解説~その1】

⇒「内部の目と覚醒の起爆力」 【12/18(土) 東京ワーク ~所感と解説~その2】

⇒「自分を描けるか?」 【11/21(日) 東京ワーク ~所感と解説~】


※参加ご希望の方は、拙著「Rubin ~ルビン~ -覚 醒- 認識の転換のために」
をお読みのうえ、まずは以下のフォームからメルマガのご登録をお願いします。


⇒メルマガ登録はこちらから

追って参加条件等の詳細をご連絡いたします。


※参加者一人一人の身体とエネルギーを見ていくため少人数性となっております。
参加希望の方が多い場合は先着順とさせていただく場合がありますことをご了承願います。


※メルマガ登録されている方で万一、ワーク案内メールが届いていない方が
いらっしゃいましたら迷惑メールフォルダをご確認ください。


***************

※ツイッター頻繁につぶやいてます※
@Rubins_work


⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ ワーク

【「観音菩薩」「涅槃」「阿闍梨」 覚醒からのつぶやき 63】        

2021/12/30

つぶやきをランダムにまとめました。

シクラメン
家に来た紫のシクラメン
花言葉「想いが響き合う」


◆「手放すこと」は「所有しないこと」ではない。
もともと、何も「所有し得ない」。

◆手放す「手」も無い。

◆こんがらがっていたものが「解ける」感覚はあるが、
こんがらがっていたのは自分という思考だけ。
もともと、何もこんがらがってない。

◆好悪は主観だけど、相性は事実。
エネルギーだから当たり前。

◆アタマ・ムネ・ハラがズレると、
好悪と相性のズレに気づけなくなる。
「こんなはずじゃなかったのに」
という人間関係は、このズレによる。

◆神は「存在」に属さない。

◆「神が存在する」というとき「存在する神」
が存在するのだ。

◆「この世は幻」といっても、どこかに
「ホンモノの世界」があるわけじゃない。

◆「ホンモノの世界」を見る目は、どこにも存在しない。

◆「ホンモノ」も「ニセモノ」も存在しない。

◆徹頭徹尾、実体がない。

◆実体がなくても「実体感」は起こる。
「実体感」を「実体」と呼んでいる。

◆実体を証明するために、幻を創り続ける。
幻しかないとき、幻は幻と定義されない。

◆目の前の現実にホワイトインすると、
目の後の現実がブラックアウトする。

◆「それ」は、光を介さない。

◆公転する主星を持たない「自由浮遊惑星」に生命が存在するか
どうかって、面白いテーマだな~
どんな知性が育つんだろうね。
未知の占星術が生まれそう 笑

◆2024年予定だったスペースライフ・オリジン社の無重力出産実験は、
倫理その他の問題で現在保留になってるらしい。
興味はあるけど、そもそも肉体を宇宙に持っていくっていう発想自体
が古くない?

◆願いがひとつもない。
幸せ。

◆意図のない意志に気づく。

◆意識体の世界は、整理整頓が必要ない。
人から見ると混沌だが、乱雑ではない。

◆このマトリックスでは、お母さんが綺麗で機嫌がよければ平和。
それだけでいいのに、世界はなぜそんなに難しいんでしょうね?

◆子供の頃に読んだ法話。
『寺の庭で、一心不乱に米を研いでいる女がいた。
研いだ米をザルに開けるたびに、いつのまにか次に研ぐ米が増えている。
好奇心に駆られた坊主のひとりが、女に石を投げた。
振り返った女は、皺くちゃの老婆だった。
「なんだ、婆さんか」と笑っていると、通りかかった和尚が一喝した。
「あちらに御座すのは、世を憐み心を痛めた観音菩薩様だぞ!」
それを聞いた坊主たちは、一斉に手を合わせて涙した。』

◆「今にありなさい」というのも、妙な話なんだよ。
すでに「今にある」ので、存在できてるんだから。
だから「今にあらねば」という強迫観念は的外れ。
その観念の一瞬が「今」を見えなくしているだけ。

◆美意識が、美を殺す。

◆安心して世界を忘れる。

◆機械に向かって怒る人は、物質である脳に向かっても怒る。
気質や情動の「ほとんど」が、物質としての脳から起こる。
他人に怒る人は、機械に怒るように他人の脳に怒っている。
自分に怒る人も、自分の脳に怒っている。
当の脳自体は「我関せず」なのにね。

◆脳ではなく魂から起こる歪みには、
怒りではなく哀しみが起こるもの。

◆運命に怒っても不毛だ。
怒るのは勝手だが、その怒りは運命の仕組みとは位相が異なるから。
怒っても怒っても運命には届かず、肉体の位相を痛めつけるだけ。

◆神はつどつど「怒る人」を創り、正確に怒らせる。

◆とかく思考を悪者にしがちだけど「思考力」は必要。
思考力がないと、自分と同化した思考に使われ続ける。

◆思考との同化を見切ればいいのであって、
闇雲に「考えを捨てる」わけじゃない。
考えない脳は、萎縮の道を辿る。
それはそれで、別のシステムが生まれるけどね。

◆極度にシステム化された世界では、脳は必要ない。
形態進化上、ヒトの脳の容積は今のところ横這い状態だ。
蟻や蜂に近づくほど、容積は小さくなっていく。

◆AIの管理する世界では、脳を「自分の」頭蓋骨に
閉じ込めておく必要はなくなる。
そうなると、あとは幸せの定義と趣向の問題だよね。
次回は、どういった世界を創りましょう?

◆脳も生殖も必要なくなった時に残るものを想像(創造)できますか?

◆働き蟻や蜂は、女王の「奴隷」ではない。

◆女王蜂の脳は、働き蜂や雄蜂より小さい。
示唆的な事実。

◆天使って人間より蜂に近いよね

◆脳の有無と「それ」は無関係。
でも、脳がなければ「それ」を認識できない。
でも、脳がなければ「それ」は問題ではない。

◆ヒトは、水がないと干乾びる。
エゴは、思考がないと干乾びる。

◆完全に自律したものは存在しえない。
神でさえも(いや、神だからこそ)。

◆ふと、テレパシーによる「テレッター」って思いついたけど、
つぶやく前に読まれちゃうので需要ないな 笑

◆ASMRは覚醒感覚にちょっとだけ近いけど、
もっと中心そのものから触れてるんだよね。

◆神のASMRは、ムネがゾワる。

◆「思考を垂れ流す」ワークで参加者さんがモジモジしてたので
「ここに来てる時点ですでに狂ってるんだから、恥ずかしいこと
なんてひとつもないですよ」
と言ったら失笑してました 笑

◆時空って「無限引用リツイート」みたいなもんだよね。

◆アタマで割り切れなくていい。
覚醒に割り算はないんだから。

◆「夢も希望もない」って嘆いてるのは、まだ夢を見てるから。
完全に夢も希望もなかったら、それはすでに涅槃じゃないか。

◆ふと降りてきた言葉「涅槃ジェネリック」
病んだバンドっぽいね 笑

◆「ファイア FIRE(Financial Independence, Retire Early)」
ならぬ
「サイア SIRE(Spiritual Independence, Retire Early)」
しよう。

◆誰ひとりとして、足したり引いたりするものが見当たらない。
宇宙が足したり引いたりした結果が、その時のその人だから。

◆足し引きは必要ないけど、傾きの調整は有効。
肉体と同化しているとき、重力に見合った立ち方はある。
それも絶対必要な条件ではないけどね。

◆「神のエビデンスはラビリンス」

◆半覚者は、中途半端に誓願を立てないほうがいいよ。
契約解除するのに、何生か費やすことになるからね。

◆音の中心に余韻はない。

◆「聴いてしまった音」は、永遠に消せない。

◆人型と重力は、神に「足を向ける」ことをタブーにする。

◆神は、上にも下にもいない。

◆「なんとなく畏れ多い」というときの「なんとなく」
に、この宇宙の呪縛があるんだよ。

◆知己の阿闍梨に聞いた実話。
寺に「いわく付き」の秘仏があったのだが、煤を払おうにもヘタに
そのパワーが見えてしまう行者たちは畏ろしくて誰も近づけなかった。
そこで、とある覚者を連れてきたところ、鼻歌まじりであっという間
に煤を払ってのけた。

◆「畏ろしくないんですか?」と聞くと「な~に、こんなの幻ですから」
と笑っていたという。
「あのお方はホンモノですよ」と、阿闍梨も唸っていた。
まあ猫なんかは、お構いなしに仏像で爪研いだりするけどね 笑

◆とはいえヒトガタに同化してる人は、やっぱりこの世の不敬の報い
は受け取っちゃうから気をつけてね。
「こんなの幻だよ」とアタマで笑ってても、タマシイが畏れちゃってるから。

◆お天道様は、足の下にある時もあるんだけどね。


関連記事 ⇒ 【「非重力」「神の姿」「カルマの磁力」覚醒からのつぶやき 12】


※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ つぶやき