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【Rubin's work ~ 覚醒・瞑想・気づきのワーク ~】          

2018/07/14

覚醒を具体的に体感・定着するワークを、東京・大阪 で開催しています。

5歳で最初の覚醒体験→過敏な幼少期→南米滞在での 目覚め→
エゴの暗黒期→瞑想による認識の転換→カルマ の清算→
一元と二元の矛盾の決着

といった自身のプロセスをふまえ、一瞥体験を超えた認識転換のポイントを
微細な領域まで踏み込んでお伝えします。


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関連記事 ⇒ <0.はじめに> Rubin ―覚 醒― 認識の転換のために 【全文掲載】

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【「カタチの叡智」「禅の悟り」「タイムリープ」 覚醒からのつぶやき 59】       

2021/09/14

つぶやきをランダムにまとめました。

リリー


◆「自分」のモノマネをしない。
「人間」のモノマネをしない。

◆覚醒は「客観的史実」とも「主観的史実」
とも、無関係。

◆立体は、辺をなぞらず直に為る。

◆カタチの叡智は、時空の展開以前に在る。

◆三次元人は、智慧の輪を解こうとする。
上位次元では、そのままで解けている。

◆「解けていること」が、そのまま在る。
それは、知性ではなく、悟性なのです。

◆上位次元の何者かが解いてくれるという、
スピリチュアル的気絶から目覚める。
絡まりは絡まりのまま置いておけば
「解かれてあるもの」が自動的に発動する。

◆たとえ「閉じ込め症候群」に陥っても、
意識単体で「あいだ」に在ることはできる。
この事実を知れば、人間の尊厳は根本から変わる。

◆思考は、単体では存在できない。

◆死者は、むこうへ旅立つのではなく、
こちらへ帰宅してくる。

◆「立体的な舌」で、
食材の空を味わってみよう。

◆「平面的な舌」は、単一的な興奮を貪る。

◆喉から手が出る前に、
意識の「迎え舌」に気づこう。

◆「重力をなくせ」「記憶をなくせ」
といってるわけじゃない。
理性の隙をついて、
それらへの囚われに気づこうってこと。
それを、物理に還元しないで
その一瞬に置いておく。

◆たとえば両足を交差し続けると、
足の左右が一瞬わからなくなることがある。
現象としては脳の錯覚による混乱にすぎないが、
不覚の一瞬に存在の一致が閃くかどうかなんだ。
個人的には、この瞬間を「階段の踏み外し」
と呼んでいる。

◆寝起きの自他未分の状態では囚われが
外れやすいが、もやっとした空白のうちに
夢現の印象として処理されてしまう。
目覚めの一撃には逆説的に、この世界の
「ひっかかり」が必要なんだよ。

◆アタマに隷属された肉体は、
アタマから逃げ続ける。

◆禅の悟りは、エネルギー効率がいい。

◆「バカだねえ」といって笑うとき
「人間だもの」の共犯が芽生える。

◆子供の失敗を「可愛い」といって笑うけど、
子供は可愛いと思ってやってるわけじゃないからね。
笑われた子供は「これが人間のツボなんだな」
と学習し、戦略的な笑いを狙いだすよ。

◆「自嘲」という、人間特有の狂気。

◆「笑い」は、文明の知性を顕す。

◆宇宙には、
地球人には想像もつかない笑いがある。

◆直観は、高速で流れ去っていく。
ピン止めしようとする未練を外すのが、
悟後の修行。

◆言葉に固めると、本質の99%は隠れる。
1%の、粘土遊び。

◆アタマは、肉の塊を引き摺って歩いている。
塊から、魂を救出する。

◆時間軸上で新陳代謝する発想により、
老化とその延長の死という概念を発明
せざるを得なかった。

◆自分が臭くても、時空に逃げ場はない。

◆「置き換え」は、3次元的発想。

◆解けない問いは、存在できない。

◆ぴったり収まった存在は、
愛を訴えかけてこない。
道端の石は、全存在を賭けて
そこに在ってくれる。

◆鳩尾の興奮を治めないと、
ハラの意志に気づけないよ。

◆まっさらな一瞬は、自分では作れない。

◆『マトリックス レザレクションズ』
12月公開、予告解禁されましたね。
精神世界のテキストに祀り上げられた
「マトリックス」だけど、「目覚めた世界」
と「目覚めてない世界」というイメージの
二元性を強化してしまった点では、功罪
相半ばすると言わざるを得ないんだよなあ。

◆この世界を記述し尽くすには、
もうひとつ世界が必要になる。

◆この世界の複雑さは、
膨大な組み合わせによるもの。
意味は入り組んでいるが、
パターンと運動は割と単純。

◆自分の目玉は自分で見えない。
透明な穴が、開いているだけ。

◆透明な目は、自他を隔てない。

◆過去のある時点に戻るには、その時点を
「100%寸分違わず」イメージできればよい。
「100%寸分違わぬ」イメージは、すでに
それ自体が「現実」として存在するのだ。
しかし、そのイメージの中に現在の自分が
紛れ込んだとたん、100%ではなくなる。

◆タイムリープは常に起こっているが、
タイムリープした人は、その時その世界
と一致しているので気づかない。

◆完全にバランスがとれた世界は消える。

◆バランスの皺寄せが、時空を押し出す。

◆天秤に掛けられないバランスもある。

◆破壊で「終わる」世界と、
均衡で「消える」世界がある。
「終わる」世界は時空に属し
「消える」世界は存在に属す。

◆神秘は論理を組み替える。
オカルトは論理に依存する。

◆一拍に、無音の交響曲が轟く。

◆既知と未知は、遭遇しない。

◆同じ幻想でも、進化より循環を
意識したほうが恩寵は大きいですね。

◆無意識に閉じた系で循環しないのがポイント。

◆その世界は、世間です。

◆その自分軸は、世間軸です。

◆「世間」という幻想は、創造力と直観を隠す。
「世界」という幻想は、信頼と安らぎを隠す。

◆世間に責任を持つのではなく、
存在の責任を自覚しよう。

◆実在しない世界とひとつになろうとしない。

◆世界を設定しないと、運命に縛られなくなる。

◆仁義で神義は慮られず。

◆意識に大気圏はない。
気づきに重力はない。

◆瞬間を点に見立てない。
時間を線に見立てない。
地面を面に見立てない。
空間を箱に見立てない。
宇宙を球に見立てない。
意識を空に見立てない。

◆エネルギーの粘度に気づく。

◆世界を捨てるゴミ箱はない。

◆漠然とした私は、
漠然とした自由しか描けない。

◆存在感と求心力を混同しない。

◆「実感」を固めない。

◆目覚めの目は、その眼ではない。

◆「目覚め」≠「眼醒め」

◆「世界」というロゴスの残響に気絶しない。

◆心身の幅で、世界を占めない。

◆心身の幅で、瞬間を塞がない。

◆宇宙に容積はない。

◆気づきに体積はない。

◆耳で音を聴きに行かない。

◆分離がなければ共鳴しない。

◆分離は、時空で回収しない。
回収すれば、裏に穴が開く。

◆無限後退の「奥行き」は、出口ではない。


関連記事 ⇒【「聖者の仕事」「創造と被創造」「覚者の特性」 覚醒からのつぶやき 23】


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【「無重力の性」「聖なる同調圧力」「断捨離」 覚醒からのつぶやき 58】    

2021/09/08

つぶやきをランダムにまとめました。

オレンジ


◆「生きている」私たちは、生きている「こと」
だけを問題にしている。

◆私たちは「生の記憶」を「生」と呼ぶ。

◆創造と崩壊は、同時進行する。

◆無重力には無重力の生殖がある。
無重力の生殖は、性欲を介さなくなる。

◆無重力下では、二元性は効率が悪い。

◆「引っ張りあう」テンションは、
物理次元の力学。

◆「宇宙の端」で直線の両端を
引っ張りあっている者はいない。
(そもそも直線には両端がない)

◆宇宙のネットとテンションは、
中心それ自体として唐突に出現する。

◆実体のない点と点を結んだカタチは、
実体のないテンションとエネルギーを孕む。

◆その事実に触れたとき、
今までどうやって立っていたのか、
一瞬パニックに陥らざるを得ない。

◆みんな忘れてるけど、
直線そのものに色はないんだよ。
その意識で周囲のモノを見てみると、
ゾッとするはずだよ。

◆人智を超えた「聖なる同調圧力」からは、
抵抗しても気絶しても逃れられない。

◆今は昔、手ぶらで世界を記録するには、
一瞬でシンボルを埋め込むしかなかった。

◆人間全員に錯視された現象は
「錯視」と呼ばれない。

◆微細な思考は「接触」と「圧」で見切る。

◆現象によって目覚めるのではなく、
すでにある目覚めが現象そのものとして
中心から開かれる。

◆気づきと注意は異なる。
注意はコーヒーをこぼさないように見張るが、
気づきはコーヒーをこぼすのを明晰に見ている。

◆気づきに「失敗」はない。

◆自分を見張らず、見届ける。

◆自分の声は、耳で聴かない。

◆世界線が分岐しても、善と悪は分離しません。
分岐と分離は、まったく別の話なのです。

◆忘我と覚我は、我において並行する。

◆認識し得る「私の苦」は、必ず終わる。
その意味では、安心していてよい。
認識し得ない「存在の苦」は、終わらない。
だが「終わらない苦」は、
この一瞬において存在しない。
だから結局は、安心していてよい。

◆「今は昔、めでたしめでたし」
これだけ。

◆宇宙を断捨離する。

◆人の曲ばかり聴いていると、自分の
メロディ・リズム・歌詞がわからなくなるよ。

◆完全な無音の場は、
世界で私の中の一点にしかない。

◆死に音楽を付けない。

◆カタチに「入る」のでもなく
「合わせる」のでもなく、
カタチそれ自体としてあるとき、
輪郭は意識されない。

◆直観は、肉塊をすり抜けられない。

◆瞑想とは、肉塊を移動させずに
一時無効にする技術。
そのとき、本質的なカタチの理解が
不可欠になる。

◆エネルギーは、それを利用する者がいる時のみ、
効率が測られる。

◆自我は、自己開示できない。

◆マトリックス上で私の座標を晒すことは、
自己開示ではない。

◆すでに自己開示された結果が、これ。

◆匿名の私などいない。
わたしには名がないのだから。

◆分離ではなく
「分離という見え方」があるだけ。

◆魂の契約という幻術で脅され続ける世界。

◆「幸福」は「幸福」においてのみ「幸福」
「不幸」は「不幸」においてのみ「不幸」
「  」の中身は、無限に入れ替え可能。

◆誤解を解きつつ誤解を生み、
毎生毎生、時間切れになる。

◆信念は、信を穢す。

◆信に一切の力みは不要だが、
信それ自体は莫大なエネルギー。

◆主体なき信が、意志を起動させる。

◆発心は一瞬で起こり、一瞬で頓悟する。

◆それは統一ではなく、一致。
実感する間もなく一致する。

◆不在も在も、意識されない。

◆下心から得る知識は、
得れば得るほど一致から離れていく。

◆時空はアタマで融かさず、
ムネで手繰ってハラで折り畳む。

◆私たちは、
可視化された時の間に貼り付いている。

◆キリキリと風に舞う木の葉の目が、
景色をただ切り取っている。

◆生命があれば、死命もある。

◆抹香臭い命と、没薬臭い魂の墓場から、
蘇る。

◆魂の時給労働者は、
宇宙の損益分岐点を気に病む。

◆したり顔の魂が、頭から手を生やし、
エアろくろを回す。

◆時空を「場面」で描かない。

◆時空は、絵でも映像でもない。

◆想像を絶する事象も、想像の予定調和内。

◆真に想像を絶するものは、
想像のカテゴリーにはない。

◆不確かなイメージと確率で処理される世界を
「現実」と呼んでいる。
まともな神経なら、不安になるのも当たり前。

◆時空の安心は、猶予付き。

◆法と法則を混同しない。

◆法則の延長に法はない。

◆見捨てられたカタチを、
カタチのまま救出するために、
それぞれのカタチに為る。


関連記事 ⇒ 【「頓悟と漸悟」「ダウジング」「内観療法」 覚醒からのつぶやき 51】


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【「ファクトフルネス」「神のエビデンス」「バーストラウマ」 覚醒からのつぶやき 57】 

2021/08/29

つぶやきをランダムにまとめました。

茅場町777


◆「仮想敵」によって奮い立たされた生は、
悲しき幻影。

◆宗教とは「仮想敵マーケティング」です。

◆歴史は変化しか刻まない。

◆不変は常に見過ごされる。
この目に留まらないから。

◆「ファクトフルネス」という、
データに基づく信念。

◆承認されたい欲求と承認したい欲求は、
表裏一体。

◆その「二度見」は「高速二十度見」
から切り取られた二回です。

◆物語は、イベントを必要とする。

◆「満ち足りた幸せ」には、未だ「容量」がある。

◆願いが叶う興奮よりも、
願いに振り回されない平穏に寛ぐ。

◆鋳型を外すと、世界が筒抜けになる。
井筒を通すと、宇宙が底抜けになる。

◆イメージし得る一番高い音を頭頂に響かせる。
イメージし得る一番低い音を丹田に響かせる。
イメージし得ない音は、その先に響いている。

◆肉体を抜け出る者はいない。
肉体の枠が手放されるだけ。

◆頭蓋骨を「壁抜け」してみよう。

◆「存続」という生の意志は、
肯定も否定もしないでおくのがミソ。

◆「問い」の答えは「総括」の中にはない。

◆永遠を思考しない。

◆「神のエビデンス出せ、と言われたら」
つぶやこうとしたら、言葉がパタッと止まった。
ふとYouTubeを見ると
「ガラバンダル 神のみぞ知る」
という映画がおすすめに出てきた。
(60年代にスペインで起こった、
聖母マリア出現の実話に基づく映画)

◆マザーってば、
ちょいちょいわかりやすいことするよね~~
かたじけない。

◆「哲学的な死」などない。

◆無常は、優しさ。

◆過ぎ去っていく、有り難さよ。

◆切なさから、有り難さへ。

◆眠りながら、有り難さに運ばれて行く。

◆囚われさえも、滞っていない。

◆騙すぐらいなら、喜んで騙されるよ。
それは、何らわたしに影響しないから。

◆首だけで世界を見ていても、
首だけでは生きられない。

◆私はわたしの代弁者ではない。

◆弥勒を待たせているのは私たち。

◆愛を宇宙に置き換えない。

◆アタマの中の宇宙を解放する。

◆アタマの宇宙は、足元の宇宙を忘れている。

◆ここが宇宙なんだ。

◆ぼんやりした夢からは、
ぼんやりとしか目覚めない。

◆アタマの羊膜から剥がれ落ちる。

◆剥き出しの魂に戻れば、皮膚の有り難さを知る。

◆夢の入り口には必ずトンネルがある。
そのトンネル自体が、夢なんだよ。

◆存在には、入口も出口もない。

◆出入口という、バーストラウマ。

◆人間は、あらゆるレベルで
「穴」に取り憑かれてきた。
体の穴から、宇宙の穴まで。

◆二元性は、神秘を「穴」で辻褄合わせする。

◆穴と空を混同しない。

◆この世の穴は、運動を孕む。

◆赤ちゃんは無垢だが、無執着ではない。
無自覚な執着によって、生まれてくる。

◆無自覚のまま死にゆく、
不純な赤ちゃんを「大人」と呼ぶ。

◆自我が育たなければ、
執着に気づけないというジレンマ。
育てている間に、何生も何生も
タイムアウトしてきた。

◆「無執着」という執着に気づく。

◆「自然は真空を嫌う」アリストテレス

◆真空は比喩ではないんです。
実際に、真空を見るんです。
そして「嫌う」の意味を知る。

◆「掛け合わせ」による複雑さは有限である。

◆無限は「掛け合わせ」の産物ではない。

◆人間とは物理を信じながら、物理からズレている現象。

◆人間の肉体シンクロ率は、せいぜい20%。
エヴァなら、ギリ動いているレベル

◆肉体の肉体シンクロ率は、100%なんだけどね。

◆私はフィックスタイム制。
魂はフレックスタイム制。

◆魂にも未だ、時制がある。

◆誰の口から語られても同じこと。
声色に囚われなければ。

◆一人十色。
十人無色。

◆異口同音。
同口異音。

◆生は辞書を引かない。

◆最期は、みんな笑い死ぬ。

◆夢の中で開こうとしているそれは、
夢の目です。

◆覚醒に瞼はない。

◆人体を裏返しても、
裏返らない一点が「わたし」です。

◆「どの一点から裏返すのか」
と考える「私」は裏返ります。

◆思考は、時空をベタ塗りする。

◆すべての現象は置き換えが利くが、
時間軸上で置き換えられても(通常は)気づかない。

◆「この私」も置き換えが利くが、そのことが
私という存在の軽視を意味するわけではない。

◆「置き換えの利かないもの」は、
置き換えの利く私には想像し得ない。
それは、軽々しく「愛」などと呼べるものではない。


関連記事 ⇒ 【「祈りと慈悲」「パラレルワールド」「バクティ」 覚醒からのつぶやき 9】


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【「私は何者か」「神の口調」「地獄と死」 覚醒からのつぶやき 56】    

2021/08/22

つぶやきをランダムにまとめました。

夏



◆外側の現実に「起きる」のではなく、
その場で目を開けたまま「覚める」。

◆「覚めている」というよりも「覚めてしまっている」

◆完全に成就した存在は、過不足なくぴったり収まって
いるので、誰の目にも留まらず遍在している。

◆人類が理性でねじ伏せた「暗闇への本能的恐怖」
は手を変え品を変え、今なお薄っすらとした不安を
呼び起こし続けている。

◆この物語は「ぜったいに動くなよ?」と言われたのに、
耐え切れず動いてしまった者たちのドタバタ回収劇。

◆シンクロを「構築」に使うか「解体」に使うかが、
分かれ道です。

◆スマホに夢中になって周囲の音も景色も忘れている時
の没入感の入口と出口に気づこう。
そこには、レイヤーの鮮烈な切り替わりがある。

◆「私は何者か」という問いは、何者かであろうとする
私の欠乏感から起こる。

◆「何者でもないこと」は、諦めの所産ではない。

◆サマディとは、極限まで圧縮された力を
拡大鏡で覗き続ける作業です。
ただし、サマディ自体は状態であって覚醒ではありません。

◆「ダルマさんが転んだ」
振り向いた時にはもう、666体のダルマが通り去った後だった。

◆神は「~しろ」「~するな」と命令しない。
私に命令しているのは、私自身。

◆「~しろ」「~するな」
心の声にしろ、思考にしろ、直観にしろ、チャネリングにしろ、
その声色や口調が誰のものかを見極める。
それらはほぼ100%、自分の声と記憶から引っ張ってきた
誰かの声とのミックスなのだ。

◆直観は言葉の配列に変換されたとたん、
自分自身の声が混入する。

◆瞑想の極限では、ビリビリした波動に様々な声
が混線してくる。
それらは核心に直接触れてくるが、いかなる甘い言葉
にも脅しにも耳を傾けないという強い意志が必要になる。
「悪魔との対話」は、比喩ではない。
しかし、悪魔と対話が成り立つのはブッダのみなのだ。

◆不可知の何者かによって「裁かれる」という、
刷り込まれた強迫観念を解く。

◆スピリチュアルという名の同調圧力は
「進化する」という存在意義を保つため、
ヒステリックに階層にこだわる。

◆階層を展開するなら、足元の地獄を踏み台に
していることだけは忘れないでほしい。

◆覚醒のトリガーというものはない。
引金をひく初めから終わりまで、
途切れなく覚醒だからだ。

◆石が当たって悟るのではなく
「当たる石」として悟りがある。

◆永遠は、天国にも地獄にもなる。

◆「死んだら終わり」と理性で割り切っている人は
「生の一回性」を時間軸上で擬似シミュレートし
(なんという矛盾!)今ここにある苦を紛らわそうと
している。

◆逆に「生まれ変わって、ずっと生きられる〜!」
とはしゃいでいる人も、時間軸上で輪廻の生を
永遠と勘違いしている。

◆都合のいい時だけ神を呼び出していると、
都合のいい神しか来なくなる。

◆理性に信念を持っているというより、理性で
食いしばった歯の実感を信じて生きているんだね。
ボロボロの歯と共に朽ちるつもりなの?

◆宇宙に自分一人しかいないとき、言葉は生まれますか?

◆私たちの想念のかくれんぼスキルなんて、自分が目つぶって
隠れてるつもりなだけで、全方向丸見えだからね。

◆二元かくれんぼは、素朴すぎる。

◆現象の複雑性と構造の複雑性は、比例しない。

◆存在は、情報の運び屋ではない。

◆情報・機能・生産に還元されないものを発見する。

◆「非合理な合理性」vs.「合理的な非合理」
の勢力分布図。

◆時空は体が打刻する。
肉体は私が刻印する。

◆「貶されたくないが、褒められはしたい」
というのは、虫のいい話。
ひとつとして在るとき、自分自身を評価する
者はいないのだから。

◆神は、ベビーシッターではない。
マザーも本来、シッターではなかった。

◆「私はわたし」という台詞にト書きを加えていったら、
ト書きが宇宙になってしまった。

◆質量が歪みきる前に創造が羽ばたき、
世界をギリギリ引っ張り上げている。

◆都度都度、世界は書き換わるが、
上書きによってではない。

◆肉を形成できなかった想念群は、
気配のまま背景に隠れる。

◆記憶の圧縮と解凍のコントロールを、
魔術として受け継いできた世界。

◆パートナー曰く
「地獄と死のつぶやき多いよね」
モチロンソウヨ!
それ以上にリアルなことって、この世にあります?

◆「天国」のつぶやきは、4つしかありませんでした 笑

◆今は亡き、極北の野狐は言った。
「(堕ち切った)底辺は崩れない」。
虚実混交の人だったが「地獄の発心」とでも
言うべき生々しいインパクトだけは残した。

◆こんなのあった 笑
『魁!!男塾』より「地獄禅」
数人が1本のロープでつながれ、
頭上に硫酸の入ったカップをのせて行う座禅。
ひとりが動けば全員が硫酸をかぶる、
一蓮托生のまさに地獄の修行。

◆そういえば、茶碗を頭にのせて
座禅する人もいたっけ…
え、まさか元ネタ?!

◆信者でもないし今となっては無粋な話になるけど、
ホワイトアウトのポイントは、茶碗が乗る位置よりも
2~3センチ後ろにあります。
本当のポイントに茶碗を乗せても落っこちるよ。
乗っかる位置だと、妄想にハマるでしょうね。
単純に、前頭筋が下がるでしょ。

◆目的はちょっと違うんだけど、
私も頭にビー玉のせるワークやってます 笑
自画自賛するけど、なかなかいいですよ、これ。

◆Bhagavān(ヴァガヴァン:神)の Pāpa(パーパ:罪)
サンスクリット語で統一すると、なにやら不穏な気配に!

◆ちなみに「タリラリラ~ン」は、ターラー菩薩の真言
「tare tuttare ture svaha」らしいよ?

◆魂を肝に隠すと、人の間になる。

◆心理と物理に還元された苦は、解決できる。
解決不能な苦に触れたとき、発心が起こる。

◆「苦」は「苦しみ」を超えている。

◆地球人全員、なんらかのマイノリティ。

◆空(くう)は、画素に置き換えられない。
置き換えを目指す瞑想は早晩、行き詰る。

◆「インプット」「アウトプット」という
発想から自由になる。
世界はただ「プット」されている。

◆両手の先ギリギリの、もやもやした境界を見る。
両目の端ギリギリの、もやもやした境界を見る。
視角の角ギリギリの、もやもやした境界を見る。
肉と想念ギリギリの、もやもやした境界を見る。
私と他者ギリギリの、もやもやした境界を見る。
それら全ての、もやもやへ気絶する境界を見る。

◆「いち、に、さん!」で起きずに
「!んさ、に、ちい」で還ろう。

◆「生きがい」は「生」そのものではない。

◆「悟り」を生きがいにしない。

◆さっき、ベランダのサンダル履いたら
「ジジジジジジ!!」と蝉が飛び出した。
足裏で「セミファイナル」を感じる晩夏。


関連記事 ⇒ 【「ヴィギャン・ヴァイラヴ・タントラ」「悟りのトリガー」 覚醒からのつぶやき 24】

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