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#二元的「出産=創造」と循環 【1/20(土) 東京ワーク ~所感と解説~】  

2024/05/19

5/18(土)東京にてワーク開催しました。

バルーン2


【グラウンディングの土台づくり】

今回は初参加の方が多かったので、基礎的なワークが中心になりました。

毎回ワークで参加者さんを見ていて感じるのは、グラウンディングのズレとハラの内圧の弱さです。

この2つは肉体をそこに「置いて」おき、肉体との同化を解くための土台となります。

グラウンディングはよく「足の裏を地面にぴったり付けて尾てい骨を地球の中心にアンカリングして…」といわれますが、
曖昧なイメージで行っても具体的な実感と上下に拮抗し軸を突き通すようなエネルギーは体感できません。

グラウンディングがピタッとはまると、強力な磁石で地球の中心に引っ張られながら中心が下から突き上げられながら
浮いているような感覚が生まれます。

これを実感していただくために、まず基本となる直立姿勢の軸を作りました。

(尾てい骨~仙骨~腰椎~胸椎~頚椎~盆の窪~頭頂のラインを整え、身体前面に偏った意識をニュートラルポジション
へ修正するのですが、詳しい方法についてはこれまでも説明してきたのでここでは割愛します)


基本の軸ができたら、左右の足幅を広げて股関節と膝裏を軽く脱力(空白を開ける感覚)すると、自然と四股を踏むような
体勢(バレエでいう2番ポジションのグランプリエ)になり、軸が下方向へそのままストンとスライドします。

このとき、股関節と膝裏の中心は脱力しても、軸をつくったときの上下に拮抗して引っ張りあう感覚と身体後面の拮抗する
筋肉群(ハムストリングスや脊柱起立筋など)の張りは抜かないようにします。

(ここを抜いてしまうと昔のヤンキーの「うんこ座り」になってしまいます。内臓をどさっと重力に任せてしゃがんでしまうと
気力が抜けてふてぶてしい溜息がでるような体感になりますが、ヤンキーの場合そのまま地面に尻もちをつかないように
「気合」と「面子」で無理やり上体を引き上げています。これも上体をある程度引き上げはしますが、身体と感情がアンバランス
なため常にハラから苛立ちが生じ、顔を斜めに傾けて斜め上方向を睨んだ形勢になります。ただし、総長クラス?の
気合と責任感と面倒見のよさと覚悟が備わっていれば偶発的なバランスでベストポジションにはまる場合もあるでしょうが、
形の動機が創造と慈悲ではなく反抗であるかぎり本人の自覚は伴いません)

この状態で尾てい骨を下方向へ引っ張りながら、大便を排出するときの内圧の高まりと外へ押し出すベクトルを具体的
に再現してみます。

次に、恥骨を意識して尿を排出するときの内圧の高まりと外へ押し出すベクトルを具体的に再現してみます。
(これらは和式トイレで用を足すときの感覚を思い出すとよいでしょう)

これらの感覚がつかめたら、こんどは尾てい骨と恥骨の間の会陰の中心を上記と同じような感覚で下方向へ押し出してみます。

これは女性の身体のほうが具体的に体感しやすいのですが、出産時にいきんで赤ちゃんを生み出すときの感覚を赤ちゃん
が出てこない程度の圧で痛みを抜いたような感じといえばよいかもしれません。

ワークでは呼気で風船を膨らませるのと同じ感覚で会陰の中心から風船を膨らませる感覚とお伝えしました。

風船


【地球の出産とアンカリング】

次に、会陰と床面の感覚をリンクさせます。

この体勢だと会陰と床面は離れていますが、空間的に離れていても直接触れているような触覚と視覚の在り方は
別途お伝えしていたので、皆さんスムーズにリンクされていました。

床面を感じられたら、水平方向へ意識を広げ、会陰とリンクした床面積をさらに広げていき、水平線から弧を描いて
落ちていく球面を会陰の中心で感じ取ります。
(欲を言えば最終的に球面が繋がって地球サイズの球体を意識できればよいのですが、地球の裏側の見えない部分
のイメージが曖昧になるようであれば水平面の際までの意識で構いません)

ここまで具体的にイメージできたら、先ほどの会陰で風船を膨らませる(押し出すときの内圧とベクトル)感覚を、地球
に置き換えます。

このときすべてのバランスがピタッとはまると、会陰から直接地球を押し出しているような感覚が生まれます。

さらにこの押し出す感覚が先の出産の感覚とリンクすると、丹田(=子宮)の内圧が会陰を通り抜けて地球を生み出して
いるような感覚が生じるでしょう。

この状態で尾てい骨の先(一番下は通常は無感覚でフワフワしている)を斜め前方向へ若干丸め込みながら下へ引っ張り、
地球の中心にアンカリングします。

ここで注意が必要なのは「地球の中心」といわれると頭で球体をイメージしてその球体の中心を設定してからイメージで
アンカリングしようとしてしまうことです。

その場合、頭でイメージした瞬間に意識が上に昇るので、本来の身体構造と重力に忠実に従ったアンカリングとはズレて
しまうのです。

(スピリチュアル的な概念を使うならば、物体の地球とアストラル体の地球とコーザル体の地球とエーテル体の地球それぞれ
の中心のアンカリングがありますが、例えば本人はアストラル体を認識できていないのにアストラル領域の地球に物体領域
の尾てい骨をアンカリングしようとするような次元のズレが生じているのです。といっても、それらの次元は本来別個の領域
ではなくひとつに重なっているのでワンネスの感覚をもって正確なポジションで行えば同じポイントに収まるはずですが、
自覚がズレていれば次元も別々の時空に存在しているようにイメージされてしまうのです)

逆に、身体のポジションが正確であれば、上記の体勢を整えると意図的にイメージしなくても自然に地球の中心に直接
引っ張られている感覚が生じます。

ただ、肉体は中心へ自然に引っ張られるのですが、通常は「地球の中心」の深さの感覚が実感できないので、アンカリング
は本人が経験的に認識し得る深さの座標に留まります。

ワークでよく行うのですが、自分で想像し得る一番低い音(声帯が震えてからでは肉体の可動域に留まってしまうので声帯
が震える前に存在する”aum“のはじまりのような音)に乗ってエレベーターで降りるように丹田の底の中心から自分の想像
を超えた領域まで深く潜っていき、そこから現象界の地獄を引っ張り上げて口から吐き出してくださいと指示します。

すると、たいていの場合は自分の認識の限界を超えられずに深さが肉体意識でとどまってしまい、下半身と上半身が分断
しているので「オエッ」と嗚咽する程度になってしまいます。

これでは自分自身の地獄すらも吐き出せませんし、地獄の存在にも気づかないでしょう。


【二元的「出産=創造」と循環】

ある参加者さんは、上記のポジションを正確にとったときに「会陰から押し出すと同時に中心からも押し上げられている感覚がする」
といわれました。

これはまさにその通りで、この方は感覚が鋭くポジショニングが正確だったので自然とそれを体感できたのです。

この感覚が自動的に生じるためには、まず物質界の私たちは常に対象物を主体と客体の中心で「押しながら引いている」
あるいは重力に従って「落ちながら昇っている」という体感が必要なのです。(このとき、中心は空白ですが、対象との接地面
では磁石の反発のような力を感じます)

このことを上記のポジションで体感するには、まず足の裏を床に接地している段階でジャンプする直前のように床を押しながら
床から押されている感覚を認識しておくことです。

この感覚が抜けていると前述の「うんこ座り」のように、ただ重力に無気力に引っ張られてふてぶてしく現象世界に居座って
しまうのです。

座禅にしても立禅にしても、まずこの重力に無自覚に依存した「居座り」に気づくことが重要です。


これが認識できるようになると「出産=創造」という二元的な現象界のメタファーを自身の肉体をもって実感できるようになります。

(身体構造的には女性のほうが実感しやすいとも言えますが、この仕組みは生物学的な性差関係なく生じ得るものです。
むしろ男性のほうがこの体感を理解したときに未知の至福と恩寵を感じることでしょう。事実このワーク時、ある男性の
参加者さんはまだ未完成で本人の自覚が薄いとはいえ、地球に吸い付くように力強くピタッと立って目が開き、下から
吸い上げたエネルギーが輪郭から漏れ出てキラキラと光っていました)

つまり、この現象界は私たち自身が身をもって産み出しながら、同時に現象の中心からエネルギーを吸い上げて自動的に
循環させているのです。

この感覚が生じてはじめて「グラウンディング」といえます。
(自分自身の軸に消えた「対象のない祈り」はこのグラウンディングありきです)


このとき、丹田に心身脱落していれば、地球からニョキッと飛び出して立っている「自分」は存在せず子宮=自分自身の中に
直接世界が入って循環している感覚が生じるでしょう。

ただし、自分が消えるためには逆に自分の身体がまず直立していなければいけません。

時間の直列する現象界においては、それを知るために私たちは進化の過程で直立姿勢を獲得してきたともいえます。

直立姿勢で軸に消えるためには、上記のポジショニングに加えて頭頂の意識も必要です。


【現象界のラインと出世間のライン】

UMA.jpg
これ↑は「出世間ライン」の開発ワークのため風船の位置は尾てい骨寄りになっています。
「現象界ライン」のワークではこれより前方の会陰の位置で風船を膨らませる感覚です。


秘儀的なポイントとしては「出産=創造」という現象界のメタファーとしての会陰⇒子宮⇒現象側のハートセンター⇒喉⇒
内部の目⇒頭頂のラインは、尾てい骨⇒仙骨⇒腰椎⇒胸椎⇒頚椎⇒盆の窪⇒頭頂のクンダリーニのライン(実際は骨
ではなく骨より内側に通る架空の管)とは異なるということです。

現象界のラインの頭頂は頭部の中央、クンダリーニの頭頂はそれよりも後方の頚椎の延長上のポイントにあります。

クンダリーニのラインは、いわば「出世間」の道で、現象界の創造から離れているのです。

そのため、このラインだけを開発していても現象界の仕組みは実感できません。

実際、垂直に並ぶハラ・ムネ・アタマのうちムネ・アタマのセンターが開くときには、クンダリーニのエネルギーは頭頂へ直接
抜け出る前に、現象界の創造のライン側に引き込まれ利用されます。

しかし、現象界の各センターとそれらの源の真空のような消失点が認識されなければ、クンダリーニはただ出世間のライン
を素通りするのみで、常に世界を置き去りにしてしまうのです。


ここで現象界の頭頂の位置が特定できたら、まず頭頂を壁にグリグリ押し付けて物理的な感覚を確かめます。

そして、頭頂部と壁の接地面の感覚を観察し「接地しているけれど空白」の中心のポイントを見つけます。
(説明は割愛しますが、ワークで毎回行う壁に指を押し当てて中心の空を見つける感覚と同じです)

ポイントが見つかったら直立姿勢に戻り、壁に押し当てていた物理的な実感の余韻を頼りに天井を見上げ、どこか一点
(ビスでもシミでもよい)を定めて内部の目に映します。

見上げた顔を正面に戻したら、頭頂のポイントと定めた一点をリンクさせます。
(このときも前述の離れていても接している感覚を使います)

リンクできたら、壁にグリグリ押し付けながら中心の空を見つけたのと同じく、定めた一点と頭頂の接地面の中心の
空を見つけます。

リンクが密接であれば、頭頂が天井の一点の空と一致して物理的な天井から上へ抜けていく感覚が生じるでしょう。

すると、頭頂から上の全天への開放が起こり、下方の地球へのグラウンディングと上下で対になります。

下方と同じく、頭頂もエネルギーを放出しつつ吸い込んでいますが、頭上に手を伸ばしてとどく位置までを肉体と考えて
エネルギー感覚を磨いておくと実感が得られ易くなります。


そして、上下対になった2つのバランスが取れているとき、はじめて現象界のラインが通り、水平から垂直に重ね合わせて
脱落させる素地ができます。

つまり、ここまではすべて3次元の現象界の話だったということなのです。

ある程度、参加者さんの素地が出来上がった段階で次へ移行していく予定ですが、最初に述べたように、グラウンディング
とハラが弱いままで先へ進んでも途中で引き戻されるだけなので、まずは参加者さん本人の自覚を促しつつ時機を待ちたい
と思います。

会場の道すがら
会場への道すがら


関連記事
⇒ #空と五感 #エネルギー酔い 【5/5(金・祝) 東京ワーク ~所感と解説~】


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【5/18(土)18:30~22:00 「東京ワーク参加募集」】  

2024/04/27

*****  Rubin’s work  東京ワーク開催日時のお知らせです。

バルーン2 ワーク 指


◆5/18(土) 18:30~22:00
※今回は夜間のみの開催となります。

募集締め切りました。次回は東京にて6/15(土)18:30~22:00開催予定です。
参加ご希望の方は、まずはメルマガご登録をお願いします。(参加条件あり)


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場所は東京都中央区、参加条件等の詳細はメルマガにてご案内しております。


◆今回は、

【基礎】
・一瞬で集中に入る軸と姿勢
・どこにも居座らない座法
・呼吸の秘伝的ライン
・丹田のポイントと集中の奥義
・対象のない祈り
・内部の目へのシフト

【実践】
・三つ目と一つ目の統合
・3センターの垂直落とし
・垂直のワンネスポイント
・五感の共感覚と無化

をテーマにワークを行なっていく予定です。
(内容は参加者さんの状況によって変更となる場合があります)


◆直近に開催したワークの様子

⇒ #水平のワンネス/垂直のワンネス 【4/20(土) 東京ワーク ~所感と解説~】

⇒ #「慈悲の瞑想」と祈りの対象 【3/16(土) 東京ワーク ~所感と解説~ その1】

⇒ #ハート覚醒と余剰エネルギー 【3/16(土) 東京ワーク ~所感と解説~ その2】


↓ 限定公開ワーク動画 【実録!~「空」として在ること~】


【拮抗するポイントで空に浮くには】



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#水平のワンネス/垂直のワンネス 【4/20(土) 東京ワーク ~所感と解説~】  

2024/04/21

4/20(土)東京にてワーク開催しました。

鏡


【水平のワンネス/垂直のワンネス】

ワークも回を重ねるごとに進化してきましたが、内部の目と水平方向(現象界)のワンネス感覚を具体的に
体感できる方が増えてきたので、今回はいよいよ次の段階の「垂直方向のワンネス」と「3つのセンターの
分離の無化」をお伝えすることになりました。

その意味では、今回は記念すべき日であったともいえます。


水平方向のワンネスも、内部の目が完全に確立しないうちはまだ肉体の目と認識が癒着していますが、
構造的に正確な位置を意識できされすれば、ある程度癒着があっても立体的な3次元視(水平のワンネス
は3次元のものです)の体感は可能です。

事実、これまでいらした参加者さんのほぼ100%がこの視覚を実際に体感できていました。


ただ、水平方向のワンネスではアタマ・ムネ・ハラそれぞれのセンターの覚醒感覚の違いが残り続けます。

もちろん、人間の認識においては一つの瞬間に一つの認識しかないため、ある瞬間においてはそれら3つ
のセンターは分離しているわけではないのですが、サマタが完璧に完成しないかぎり肉体感覚の揺らぎと
ともに、それらの覚醒感覚は時系列で顕われては消えていく繰り返しで、統合にはいたりません。
(3つのセンターのうち1つの覚醒に特化した一瞥体験だけでは、この揺らぎの仕組みを見切ることは難しいでしょう)

水平方向のワンネスにおいても垂直の軸を利用して「この私」が消えていることが前提なのですが、このときの
垂直の軸にはまだ上下の「高さ」があり、そこに消えることは肉体構造を利用した暫定措置なのです。

そこで次の垂直方向のワンネスが必要になってくるのですが、この段階では水平方向のワンネスの立体視覚
をより厳密に磨きあげ、肉体の目と認識の癒着を外さなければ成立しません。


【消失点とブラックボックス】

そのため、まずは基本の「内部の目の確立」と「3次元視の確定」と「水平(3次元)のワンネス体験」を順を追っ
て具体的にワークしていったのですが(このワークについては過去にも詳細に解説してきたので割愛)、垂直
方向のワンネスへの移行へあたり新たに加わったワークがあります。

これまでにも、内部の目の裏側(厳密にいえば座標があるわけではないので裏ではない)のブラックホールに
吸い込まれるような「消失点」とその奥の「見ることのできない」ブラックボックスの領域については度々触れて
きましたが、今回はそのブラックボックスの領域に反転して映し出される「もうひとつの現象界」を「消失点の内圧
で気絶せずに」具体的に「見る」方法を新たにお伝えしました。

「見ることができない」のに「見る」とは矛盾しているようですが、その矛盾は先に述べたように「見る」ことが
肉体の目の視覚と癒着している限りは解消しません。


シール

そこで、肉体の目の無意識の癒着を実感していただくために、まず内部の目から壁に貼った直径5mmの丸い
シールを見て(映して)もらい、その視覚の状態のまま瞼を閉じシールを見つづけます。

瞼を閉じているのでシールが視えないじゃないか、と思うかもしれませんが、シールを見ていた時の視覚と眼球
をそのままそこに置いておくと、肉体の視覚としては瞼の裏側しか映っていませんが、シールの実体感は依然
として見えていた時のままそこにあるのです。

この感覚は、シールの「イメージ」を創ってイマジネーションで視ることとは全く異なります。

瞼を閉じても開いても、具体的にそれはそこにある(感覚的には触れているといったほうが近い)のです。

このとき「見る」ことは、自分の外側にある(と錯覚している)対象物とそれにフォーカスする肉体の目との癒着から
はじめて解放され、純粋な認識(ただし、まだ純粋な気づきそれ自体ではない)として再発見されるのです。


この体感が得られたところで、こんどは眼を開けたままシールを内部の目から見てみます。

すると、純粋な認識を体感した新たな視覚は、肉体の目の癒着なしで純粋にシールを内部の目に映すことができる
ようになっています。

ある参加者さんはこの感覚を「シールが内部の目に直接吸い付いているようです」と表現されましたが、この段階
においては「自分」の外と内という境界がすでになくなっており、この見え方はすでに水平方向のワンネスの一瞥
といってもよいでしょう。


ただ、このときの内部の目の感覚はまだ「表側」に限定されており「裏側」は依然としてブラックボックスのままなのです。

ブラックボックスのまま内部の目の裏側へ回り込もうとするとき、プロセスを誤魔化さずに正確にたどれば、必ず内部の
目それ自体の高密度な内圧に気絶することになります。
(逆にいえば、適当に誤魔化してイメージで裏側へ飛んでもそこは表の認識で見た表の世界のままです。これは物理的
な表裏の話ではなく、座標のない認識の構造的な裏表の話なのです)


【肉体の目の癒着と感覚の後方転写】

そこで、裏ワザとしてこの肉体構造を利用することにしましょう。

まず先のように内部の目にシールを写します。

シールが吸い付いてくる内部の目の「表側」が実感できたら表の奥の消失点の「手触り(これを私はよく「意触り」
と表現します)」を感じ取ります。(意図的に「見よう」とするとそれは消えてしまいます)

さらに、消失点へ吸い込まれていった奥に広がる「見ることのできない」ブラックボックスのもやもやした「何か」の
気配を微かながらに感じ取ります。


ここでいったんその気配を置いておき、こんどは具体的に肉体の背面を意識化します。

これまでも説明を重ねてきましたが、眼球が前方方向に並んでいる人間の意識は常に肉体の前面に偏っています。

認識と肉体の目が癒着しているため、前面の視野と自意識が癒着しているのです。

この意識をいったん背骨側へ戻し(このワークは別途、基礎として毎回行っています)さらに視野を外れた背面の空間
を意識化します。
(背面の意識化には、両手で紐の端と端を持って腕を伸ばし、前面から頭頂を通って背面まで空間をなぞるようにします。
このとき視野から外れた瞬間に意識を変えないようにするのがポイント)

ある参加者さんは「前面から背面まで同じ密度のエネルギーの圧が感じられるようになりました」と言われましたが、
私は「手足で触れられる空間の範囲までが肉体」と定義しており、その感覚はまったく自然な道理なのです。


さて、物理的な肉体の背面が意識化できたところで、先の内部の目に映ったシールの見え方に戻ります。

この見え方は、前述のとおり内部の目の表側の現象であり、見かけ上のシールは肉体の「(見かけ上の)外側」の壁
に貼ってあります。

この(見かけ上の)外側にある壁とシールの視野全体を写している感覚を、そっくりそのまま肉体の背面に転写します。

もちろん、背面は視覚としては見えないのですが、前方の壁とシールを見ているときの内部感覚をそのまま後方へ
転写するのです。

これは前面の感覚が確立していないと難しいかもしれないので最初はイメージで補完しても構いません。
(このとき生きてくるのが、前述した「瞼を閉じても開けてもシールはそこにある」という体験です)

すると、外側から見た構造としては内部の目の消失点(・)の表(>)と裏(<)に同じ現象世界●が反転してあること
になります。(図で表すと●>・<● 構造としては「アインシュタイン-ローゼン橋」に近い)

このとき、背面の意識は未だ弱い(肉体の目の癒着が完全に外れていない)ので、裏の意識は表より曖昧だと思いますが、
多少訓練すれば表裏が同等の感覚に近づいてきます。


ただ、先に述べたとおり、この感覚は未だ肉体構造に依っています。

そのため、裏側の内部の目の感覚が強化できたら、転写したイメージを表側と同じように(肉体の目の癒着を剥がして)
内部の目の裏側に引き込みます。

このとき難しいのは、表側が視覚を頼りに引き込めたのに対して裏側は「感覚」だけを頼りに引き込まなくてはならない
ことです。
(この辺りから、文字で読んでいるだけでは珍紛漢紛になってくるかもしれませんが、ワーク参加者さんは何のことを
言っているか理解できるはずです。3次元の二元性モデルにおいては取りあえず裏表2方向だけ抑えればよいので、
実際にやってみるとそれほど複雑な話ではありません)

この「感覚」を具体的にするには、表側の立体視を精密に磨くしかないのです。

感覚が具体的になれば、イメージで補完した曖昧な部分が明確になり、転写したイメージ(感覚)が内部の目の裏側
に引き込まれ、表と等間隔の見かけ上の座標にカチッとはまるはずです。


【暗闇ワークと量子もつれ】

ワークではここまでのプロセスを明るい照明の部屋で目を開けて行い、その後、照明を消して真暗な部屋で同じこと
を行いました。

視覚情報が肉体の目と癒着しないという意味では、ある意味暗いほうが感覚を表裏同等に転写しやすいとも
いえるでしょう。

まず、壁に貼ったシールを内部の目に引き込み、裏側にも反転させた状態で照明を消すのですが、消えた瞬間に
肉体の目の瞳孔の変化に引っ張られて内部の目から意識が外れないようにします。

すると、前方の暗闇と後方のブラックボックスの暗闇(ブラックといっても本当は黒でも暗闇でもないのですが、ここ
ではひとまず暗闇とします)の境界がイメージを超えて地続きになるので、表の感覚をそのまま裏へ転写し、内部
の目の裏に感覚を引き込みます。

裏表の感覚が同等になったうえで試みとして、体軸を中心に肉体を回転させてみました。

体軸に自分という感覚が消えているとき、表裏の反転したイメージ(現象)の「前後」という概念は無化されます。

3次元の認識の私たちは、常に上記のように表と裏の現象世界の真ん中にありながら、前方の視野側に偏った
視覚にとらわれ(盲目の人であっても視覚に代替された五感を同じように使って方向を割り出しています)裏の
ブラックボックスには無意識なままです。

それが、3次元の立体視を獲得することによって前後の奥行きが意識化されると(裏表の世界は本当は同じところ
にあって分離していない)見かけ上反転した世界が立ち顕われてきます。

この反転した2つの世界こそが「量子もつれ」よろしく(この言葉自体は単なる概念にすぎないことに注意。明確な
体験なしに物理用語を乱用するスピリチュアルは信用しないこと)、消失点の高圧の気絶(=ワームホールモデル
でいうところの「ワープ」)を経由した二元性の幻視の源であるといっても過言ではありません。

(ちなみに、前時代的なプラトンの洞窟のアナロジーの影のモデルや、近時代的な映写機とスクリーンの映像の
モデルによる二元性の解説は、個人的な体感としては片手落ちと言わざるを得ません。なぜならば、影や映写機
を投影している者は誰なのか?という疑問が残り続けるからです。それらの解説者は往々にしてその「誰か」を
短絡的に「本来の私」と置き換えがちですが、映写機を回している「誰か」はすでに認識可能な表側の現象世界
に含まれるのです。そもそも、映写機とフィルムというアナロジーは時系列ありきの話です。体感的には表と裏と
ワームホールの出現に時差はなく、突如として全体の構造が同時に発生します。それは本当に唐突な瞬間です。
ただ、それが「客観的事実(本来そんなものは存在しませんが)」として「同時」かどうかを証明する術は3次元人
にはありません。その意味では量子が唐突に顕われたり消えたりする現象にも似ていますが、短絡的にそれを
認識の解説に転用するのは浅薄でしょう。また、唐突に出現する瞬間のスパークを真空から突然起こるビッグバン
モデルで説明すればエゴは満足するかもしれませんが、そういう類のエゴは、ビッグバンという現象自体が怪しく
なってきた昨今、新たな学説が生まれれば軽薄に信念を乗り換えていき、自身の実存としては結局どこにも辿り
着かないでしょう。客観的事実が幻想であるならば、最終的に重要なのはシンプルに「その人自身がどうか?」
ということしかないのです)


サクラ


【暫定的な無我感覚】

ここまで来ると「では、2つの分離した世界をどのように統合するのか?」という新たな疑問が起こるかもしれません。

前述のように、裏表の世界はもともと分離はしておらずひとつのところにあるのですが、それを分離して見ているのは
私たちの認識仕様にすぎないのです。
(といってもほとんどの人間は片側だけしか見ておらず、分離していること自体にも気づいていない)


この一つの解決案として、水平方向のワンネスにおいては先の「回転(自転)」して軸に消える、という方法があります。
(スーフィズムなどはこの回転を利用しますが、前提として神という二元的な存在を立てているので、構造的に
「恍惚(酩酊)」という忘我のシステムに踏みとどまらなくてはならない必然があります)


ただ、先に述べたように、水平方向のワンネスで利用される軸には上下の「高さ」があり、見かけ上はこの私が軸に
消えていても上の果てと下の果てはブラックボックス(というより感覚的に表現するとホワイトボックス?)のままなのです。

それはいわば、暫定的な「無我感覚」を上下に引き伸ばして確定を保留し続けているようなものです。

曖昧な領域を保留できるのは、まさに肉体感覚ありきゆえで、肉体のとどかない領域を無化ではなく無視することで
「無我」を肉体レベルで代替しているといってもよいでしょう。
(今回は準備運動として別途、ハラの底の果てしなく深い奥から個人を超えた「地獄」を吐き出すワークを行いましたが、
ハラの奥から声を出してくださいと言ったところ、声が肉体と癒着しているため、肉体の限界までしか深度を掘り下げ
られないといったことが見受けられました)


【垂直の無我感覚】

ここでやっと最初の話に戻ります。

水平方向のワンネスは、上記の理由から3次元の肉体に留まり続けるのであればそこで完結しても構わないのですが、
肉体由来の暫定的な無我感覚の保留を突破したいのであれば、次の垂直方向のワンネスの体感が必要になってくるのです。

ここで改めて生きてくるのが、水平方向のワンネスの表裏を同時に見て(触れて)いる感覚です。

ここから先は、今回のワークでは時間切れで導入を匂わせるだけになってしまいましたが、ヒントだけいうと水平の裏表
の感覚を(ある意味シンプルに)90度回転させて垂直にし、上下を水平の時と同じように見れば(触れれば)よいのです。

シンプルといえばシンプルですが、実際にやってみると肉体の目が完全に剥がれていないと「上下に垂直に見る」という
感覚は具体的に起こりません。


この感覚は、一般の人であっても例えば「お腹が痛い」といってお腹の感覚を見るときに、一瞬だけ無意識に垂直に目
を落としてお腹そのものを見ていることがあります。

ただ、本人はそのことを自覚していません。

ヴィパッサナー瞑想のマハーシメソッドなどではサマタの導入としてお腹の膨らみ縮みの感覚を見ていきますが、垂直
に見る目が確立していないと腹部というイメージを「外側」から見ることと「内側」から見ることを無意識にごちゃ混ぜに
してしまい、それにより集中がなかなか深まらないといったことが起こります。


今回のワークでは導入としてアタマの認識に特化し、水平の壁に貼っていたシールの感覚を天井に貼ったシールに
置き換えて垂直感覚の手触り(意触り)だけ体感していただきましたが、この段階ではまだ水平方向の意識が勝って
いるため、アタマ・ムネ・ハラの3つのセンターは縦に分離して並んだままです。

次回からはアタマに引き続き、ムネとハラの垂直方向のワンネス感覚もそれぞれ体感していただいたうえで、3つの
センターの分離を自意識とともに重ねて落とし、垂直方向の無我と存在のスパークの体験までをワンセットにして
いこうと思います。

(水平垂直という概念は3次元ありきなので、最終的には肉体感覚を落とすとともに水平垂直への囚われも外していきます)


ここまで文字で読んできて「これらの感覚を即物的に知ることに何の意味があるのか」「魂に何も響いてこない」と疑問
や苛立ちを感じた方もいるかもしれません。

これはもう実際に体感してみていただくしかないのですが、カチッと構造にはまったときの意識状態を知れば、どのような
心理的アプローチやスピリチュアル的アプローチにもない具体的な「エゴ感覚による苦の幻想」の激減(消滅はしません)
を即座に実感できるはずです。


チューリップ


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4/20(土)18:30~22:00「東京ワーク参加募集」(夜間開催)】     

2024/03/27

*****  Rubin’s work  東京ワーク開催日時のお知らせです。

ワーク321 頭頂ポイント


◆4/20(土) 18:30~22:00
※今回は夜間のみの開催となります。

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場所は東京都中央区、参加条件等の詳細はメルマガにてご案内しております。


◆今回は、

【基礎】
・一瞬で集中に入る軸と姿勢
・どこにも居座らない座法
・呼吸の秘伝的ライン
・丹田のポイントと集中の奥義
・対象のない祈り
・内部の目へのシフト

【実践】
・時空と存在の切先に立つ
・存在の深淵に滑り込むには
・中心の合一から脱中心へ
・現象の引戻しと離脱ポイント

をテーマにワークを行なっていく予定です。
(内容は参加者さんの状況によって変更となる場合があります)


◆直近に開催したワークの様子

⇒ #「慈悲の瞑想」と祈りの対象 【3/16(土) 東京ワーク ~所感と解説~ その1】

⇒ #ハート覚醒と余剰エネルギー 【3/16(土) 東京ワーク ~所感と解説~ その2】

⇒ #ハラの見性体験 #純粋な意志 【2/24(土) 東京ワーク ~所感と解説~】


↓ 限定公開ワーク動画 【実録!~「空」として在ること~】


【拮抗するポイントで空に浮くには】



※参加ご希望の方は、拙著 ⇒ 「Rubin ~ルビン~-覚 醒- 認識の転換のために」
をお読みのうえ、まずは以下のフォームからメルマガのご登録をお願いします。


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追って参加条件等の詳細をご連絡いたします。


※参加者一人一人の身体とエネルギーを見ていくため少人数性となっております。
参加希望の方が多い場合は先着順とさせていただく場合がありますことをご了承願います。


※メルマガ登録されている方で万一、ワーク案内メールが届いていない方が
いらっしゃいましたら迷惑メールフォルダをご確認ください。


ワーク 姿見


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#ハート覚醒と余剰エネルギー 【3/16(土) 東京ワーク ~所感と解説~ その2】

2024/03/18

⇒ #「慈悲の瞑想」と祈りの対象 【3/16(土) 東京ワーク ~所感と解説~ その1】
からの続き、ワーク所感と雑記です。


菜の花
また春が来ました。


【祈りと恩寵】

今回は一番の基本「祈り」メインの会になりました。
(詳細については⇒ 【その1】 を参照)

祈りは瞑想全てに先立ってあるものであり、最後の突破口にもなる最重要ポイント。

これ抜きに積み上げた方法は全て砂上の楼閣といっても過言ではありません。

「対象のない祈り」がその人そのものになった時、最後の恩寵が起こるのです。


【ハート荒療治】

今回のメインイベントは、風船を胸の前でこの世で一番愛おしいもののように抱きしめつつ、ハート
の奥の真空と現象の境界点に集中してもらったところで、風船をいきなり針で割るというビックリ荒療治 笑

心臓が弱い方は真似しないでください!

パーン!と割れる現象側の衝撃に意識を取られると「うわっ!」と表面でビックリしますが、ハートの奥に集中
し続けている状態でいられるなら、インパクトの瞬間にハートの弦に直接響き、目はただカッと刮目してある
のみでしょう。

風船
風船登場率の高い現場です。


【ポカンと垂れ流し】

⇒ 【その1】のワークで「対象のない祈り」の状態とはどのようなものかを体得していただいたのですが、
「赤ちゃんのようにヨダレを垂らすレベルで完全にポカンとしてください」と言った時、なぜか一人だけ脱力
しきれていない方がいました。

そこで「『自分』をキープしなくていいんですよ」と声をかけると、「今ガスが溜まってて緩めるとオナラが
出そうなんです!」と言われて大爆笑。

「それは勘弁してください 笑」と返しましたが、本当は赤ちゃんのようにヨダレもオナラも排泄物も涙も全て
垂れ流してしまっていいんですけどね。

そういえば以前「オシッコが出そうです!」と言った方もいましたっけ 笑


~Rubin's work Xより~

◆ケン・ウィルバーが何かの本で、禅寺で瞑想中に「誰かのオナラの音も静けさの中ただ聞いていた」
みたいなことを言ってたな 笑
聞くほうは無心でも、出すほうはなかなか無心じゃいられないわね 笑

◆バカリズムが「すべらない話」で、
「試しに部屋でズボン履いたままオシッコしてみたら、禁じられていた何かが解放され
スッキリしたが、無意識のストッパーが外れて毎晩オネショをするようになってしまった」
と言っていた。

◆私は小学生になってもオネショしていたが、特に罪悪感もなかった。
ある日、親戚宅でオネショして叔母に「オシッコじゃないよね、汗かいたんだよね」
と笑いながら言われ急に恥ずかしくなり、それ以来ピタッと止まった。
それと同時に、大らかな自他未分の世界も閉ざされてしまった。

◆「垂れ流し」は、動物的本能とは逆行している。
野生動物は敵に襲われないよう、排泄をコントロールする。
自他未分の私は「生き延びる」という本能の圧力を知らなかった。
その圧力は、皮肉にも「人間らしさ」を獲得するための通過儀礼なのだ。

◆「思考を垂れ流す」ワークで参加者さんがモジモジしてたので
「ここに来てる時点ですでに狂ってるんだから、恥ずかしいことなんてひとつもないですよ」
と言ったら失笑してました 笑

◆ワークの場では「バカな姿を見られたくない」といったエゴの思惑は逆に恥ずかしいものとなります。
瞑想とはまず自身をすべてさらけ出すことです。
とはいえそれは、意図的に自身を垂れ流して他人に押し付けることではありません。
エゴの垂れ流しと無心のバカを混同してはいけません。

◆ただ、対象のないひとつの自分自身であるところに素直になればよいということです。
それは自身を信頼するということでもあります。
ワークでは遠慮せず安心してバカになっていただければと思います。


【ハート覚醒と余剰エネルギー】

今回のワークの参加者さんで、もともと非常に感度が鋭くハートの境界点の感覚もすぐに理解された方
がいらっしゃるのですが、この方の場合もヴァイブレーションに触れた瞬間にビクッと現象側の肉体の反応
として外側にエネルギーを発散させてしまうタイプでした。

これはこれで構わないのですが、意識的な行を意図するのであれば、まず身体の構造をそのままその場
に「置いておく」感覚(押し引きの能動受動のバランスの真ん中に「置いておく」)を習得し、エネルギーの
内圧の中心の空に集中し切ることです。

そうすれば、中心の空にあるままヴァイブレーションに流されず、触れた瞬間の爆発的なエネルギーそれ
自体をハートの覚醒にダイレクトに活用できるのです。

(注:空自体は感知できません。ハートのヴァイブレーションは常に現象として「触れ出てしまったもの」
だから振動しているのです)


~Rubin's work Xより~

◆【「ハラ=存在=わたし」の消失点と現象の起点が一致して響くとき 】
次に、上記の丹田の感覚を確かめてある程度集中力が高まってきたら、今度は丹田の前に割り箸を
立てて持ってもらい、軽く持ち上げてコトンと垂直に床に落とし、その音の振動が直接丹田に響くことを
感じていただきました。

◆参加者さんの一人は、箸の先が「コトン」と鳴ったと同時に「びくっ」と小動物のようにハラの中から
身震いして意識が頭に昇って目を見開きました。
この場合、音の瞬間自体はハラでとらえているのですが、認識は肉体の皮膚と筋膜と内臓のレベル
にとどまっています。

◆(動物はこの感覚で危険を察知し瞬間的に反応します)
身震いしてはいけないわけではなく、身震いの奥底の中心の空に完全に意識が落ちていれば、反応
より前に空そのものの真空に吸い込まれ続けて身震いの振動を「自分のもの」としてではなく淡々と
見送ることができるようになります。

◆このとき注意が必要なのは意識を意図的に奥底に留めておいて生体的な反応が出ないように
するのは違うということです。
いわゆる「無執着」を勘違いして意図的に無反応になろうとすれば意識レベルはその地点で固まって
動かなくなり、固まっていること自体にも気づけなくなります。

コトン
実際は木の床でやります。


ただし、肉体の動きを出さないように意図的に止めてはなりません。

肉体が見かけ上止まって見えるのは、あくまでもバランスの拮抗が取れているからであり、止めている
わけではないのです。

もし完全に一点に集中し切れば、中心から爆発するヴァイブレーションはその瞬間に揮発しますが、100%
の集中は人間には不可能なので必ず余剰エネルギーが漏れ出します。


【光の粒子と振動】

しかし、身体をその場に「置いて」おけるのであれば、余剰エネルギーは構造の輪郭を通り抜けて微細な
粒子のように放出されるのです。

この感覚を知る人は、全身のバランスが引き合い座禅がカチッとハマッている人を外側から見た時、身体
の輪郭の周囲に粒子が光のように輝いているのが見えるでしょう。

(注:あくまでもこの現象は構造が整った「結果」であり能力開発などの「目的」ではありません)


これを見るのはそれほど難しいことではありません。

昨日のワークでも、自身の手を拮抗バランスの中心に置いておき、内部の目で手全体を眺めてもらうと、
指の輪郭から光の粒子が放出されているのを皆さんすぐに観察することができました。


ちなみに、欠伸をしながら腕を伸ばし、伸びきった最後の最後にビーンと痺れるような感覚の消える瞬間
を観察すると、微細なヴァイブレーションを発見しますが、先の粒子の放出を触覚で感知するならば、これ
と同じような振動を感じられるでしょう。

輪ゴム
ワークで大活躍の輪ゴム。
物理的な拮抗バランスを利用して、どの瞬間にもある中心の空を探っていきます。



関連記事
⇒ #ハートのヴァイブレーション増幅術 【10/14(土) 東京ワーク ~所感と解説~】


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