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【5/1(土)14:00~17:30 、18:00~21:00「東京ワーク参加募集」】         

2021/04/06

***** Rubin’s work  東京ワーク開催日時のお知らせです。

ワーク1


◆5/1(土) 14:00~17:30 、18:00~21:00
※前半(基礎)と後半(実践)に分けて行います。

通しで受講していただくほうが理解と集中が深まりますが、
前半もしくは後半のみの参加も可です。
(初参加の方はなるべく前半から受講してください)

場所は東京都中央区、参加条件等の詳細はメルマガにてご案内しております。


◆今回は、

【基礎】
・一瞬で集中に入るための軸と姿勢
・どこにも居座らない座法
・呼吸の秘伝的ライン
・丹田のポイントと集中の奥義
・対象のない祈り
・内部の目へのシフト

【実践】
・インテンションの中心を突き抜けるには
・力学から解放された非連続的な中心
・分離した中心を重ね合わせるには
・背骨を筒にして置いておく意識
・鏡のワーク(3つの視点の気づきとシフト)
・動きながら止まっている中心感覚

をテーマにワークを行なっていく予定です。
(内容は参加者さんの状況によって変更となる場合があります)


◆ワーク開催にあたっては、以下のコロナウイルス
対策
を行います。

・参加者間の十分な距離を確保
・息のあがる運動はしない
・参加者にマスク配布
・入場前の手洗い必須化
・入口での手指のアルコール除菌
・平熱以上の方の入場不可
・ワーク中の身体接触回避


◆直近に開催したワークの様子

【3/28(日)東京ワーク~所感と解説~】
http://rubins-work.com/blog-entry-126.html

【12/5(土) 東京ワーク】~所感と解説~
http://rubins-work.com/blog-entry-103.html



※参加ご希望の方は、拙著「Rubin ~ルビン~ -覚 醒- 認識の転換のために」
をお読みのうえ、まずは以下のフォームからメルマガのご登録をお願いします。

⇒メルマガ登録はこちらから

追って参加条件等の詳細をご連絡いたします。


※参加者一人一人の身体とエネルギーを見ていくため少人数性となっております。
参加希望の方が多い場合は先着順とさせていただく場合がありますことをご了承願います。


※メルマガ登録されている方で万一、ワーク案内メールが届いていない方が
いらっしゃいましたら迷惑メールフォルダをご確認ください。


***************

※ツイッター、頻繁につぶやいてます※
@Rubins_work
https://twitter.com/Rubins_work
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【3/28(日) 東京ワーク】 ~所感と解説~        

2021/04/03

3/28(日)東京にてワークを開催しました。

緊急事態宣言後、3か月ぶりの再開です。


ワーク3
「視点と気づきのシフト」で使った鏡


以前、ツイッターでこんなことをつぶやきました。

~~~~~~~

◆【壁抜けの方法】

①壁を指で押します
②限界まで押し続けます
③押している中心を見ます
④中心に意識を合わせます
⑤中心の空になります

これで壁を抜けました!

※体は別途、運んでください。

~~~~~~~

冗談に見えるかもしれませんが、実はここに本質がすべてある
といっても過言ではないのです。


今回、ワークで指一本の壁抜けならぬ「壁押し」をやりました。


指で壁を押したり押し戻されたりをしばらく繰り返していると、
物理的な押し引きの運動の中心に、不動の空白のようなものが
あることを発見します。

指と壁という概念をただそこに「置いて」おき、能動でも受動でも
ない中心と自分の中心を合わせて見続けていくと、相対的な動きに
左右されない何かが、生々しい感触で立ち顕われてくるのです。


集中力が途切れて、ある瞬間が切り取られたときには、そこは指と
壁の物理的な間の中心点なのですが、ひたすら中心を見続けていく
ときには、どこまでいっても座標のない空白です。(空白は空間では
ありません)


ある参加者さん(集中力に恵まれた方)は、見続けていくうちに「妙な
感覚になってくる」と漏らされました。

確かにそれは奇妙な感覚です。


自分がどこにいるかわからなくなって、中心がうねりを伴って次々に迫って
くるからです。

このうねりは一瞬一瞬、断続的な認識のゆらぎが引き起こすノイズであって、
中心自体はゆらぎません。


この一見、単純なことが実はすべてに通底しています。

物質・思考・感情・原子の区別なく、
どこを切り取っても無限にそれがあります。

壁の押し引きは、見かけ上は物理的な力学ですが、
力学を超えたそれが同時にあるのです。


この感覚を見た後に、参加者さん全員でひとつのボールを
人差し指一本で支えあってもらいました。

全員の押し引きがぴったり釣り合ったときには、ボールは
空中でピタッと止まります。


ボールの中心は各自の中心と一致して「そこでしかないところ」
に浮いています。

その時、中心はボールの形状と質量から解放されているのです。


そして、中心に一致している各自もその瞬間、解放されています。

次の瞬間、誰かの動きが連動して、全体とボールの位置が動きますが、
動きながらその中心は途切れなく顕われ続けます。


物理的なボールの中心は移動しますが、
解放されている中心には座標がないので移動しません。

移動しないといっても場所のないどこかに固定されているわけではなく、
無限に立ち顕われつつそこにずっとあり続けているのです。


これはまた、物理的なバランスの釣り合いも超えています。

例えば、誰かが態勢を崩してボールが床に落ちそうになっても、
そこにも中心が在り続けます。

ボールを支えてバランスをとっていたのは、ボールと自分と他者が
消える感覚を知るための仕掛けにすぎず、その感覚がつかめたときには、
物理的にボールに触れているか触れていないかは問題でなくなります。


こうして、映るものすべてがめくるめく中心の顕われとなるのです。


ここで最初の壁抜けの話に戻ります。

私の中心と壁の中心が一致しているとき、そこには境界がありません。

身体を運ばなくても、瞬時に抜けてしまっているのです。


「肉体が壁を通り抜けるのを見ないと壁抜けと認めない」というならば、
その時点でその人は自身を肉体の中に閉じ込めてしまっているということになります。

詭弁のように聞こえるかもしれませんが、肉体を超えたそれは、
壁抜けを確かに見ているのです。


それは、曖昧なイメージではなく、鮮烈なリアリティです。

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【覚醒からのつぶやき 33】        

2021/04/01

ツイッターのつぶやきをランダムにまとめました。

水仙3


◆斜に構え続けると、
ナナメを真っすぐと錯覚し始める。

◆肉体意識は、存在の爆発に放心しないための、
鈍感力。

◆「余の辞書に文字はない」

◆夢の中で夢を見ている、酔っ払いの悲哀。

◆「どうせ死んだら解るから」といって放逸している人は
「生まれたら解るから」といって生まれて来ちゃったことを
忘れている。

◆人は、死んでも想念に隷属する。

◆押すことは、引くこと。

◆全ての現象は、例外なく均衡に在る。

◆不均衡は不均衡として均衡に在る。

◆ひとつの均衡に留まろうとする者に、
見かけ上の不均衡が顕れる。

◆「この私」とは、均衡から「心理的に」
はみ出し続ける現象である。

◆いかなる心理にも感情にも思考にも、
それ自体に不均衡はない。

◆人間は、全体の均衡ではなく、
定点の調和を志向する。

◆中心を見ようとすれば、中心はズレる。
このズレが、時空をスライドさせる。

◆中心も球も3次元の概念。

◆中心と球は、同時に自ずから立ち顕れる。

◆時空内での中心との一致は、永遠に叶わない。

◆留まろうとすることと、動き続けよう
とすることの拮抗のエネルギーの放出として、
3次元の回転運動が起こる。

◆物理と心理に差はない。

◆物体と人間の違いは、意図を動かすか
動かさないかの違いだけ。
物体も、実は意図なのです。

◆この世界は、たった一つの意図から
始まってしまった、壮大な辻褄合わせです。

◆意図を自覚した私たちの「居心地の悪さ」
が、世界を転がし続ける。

◆ワークで丹田の使い方をお伝えするのに、
2人組になって1人に座布団を持ってもらい、
もう1人に「殺るつもりで」蹴ってもらいました。
女性が来ないはずだわ 笑
でもこれ、超重要ポイントなんだけどな〜

◆「殺るか殺られるか」なんて仏教徒が卒倒しそうだけど、
座禅は生存本能レベルの莫大なパワーを要するから。
そこから意味を落として、エネルギー単体で自動的に供給させる。
これは気合や根性の話ではないのだ。
ここがカチッと発動しないと始まらない。

◆肉体に同化しているとエネルギーを単体で使えない。
たいていの人は、ヨガで言うなら各チャクラに対応する
実用的な意味から入ったほうが理解しやすい。
ただし、チャクラオタクにならないように。

◆意図の中心は何もない。

◆「そのままでいいんだよ」じゃなくて
「そのままでしかありえないんだよ」

◆「そのままでいいんだよ」の、
心理的な慰みを突き抜けよう。

◆閉じてる人を見ると
「手突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞ!」ならぬ
「意識突っ込んで魂ガタガタ言わすぞ!」という
恐ろしい衝動が、微かに発動する 笑
安心してください、人の皮は履いてますから。

◆生命力の春は、殺気立つね 笑

◆下位チャクラが活性化してるときは天変地異
が起こりやすいので気をつけよう。
人間としては不謹慎だけど、命としては深いところ
で悦んでるんだよね...

◆「自分」は、未だ発見されないUMAです。

◆人間は、目撃されたスモールフッド。

◆見えてるから存在するって、なんで信じられるの?
見えてないから存在しないって、なんで信じられるの?

◆一瞬前の自分とこの瞬間の自分を記憶で繋ぐのは、
ストーリー的には効率がいいけど、
エネルギー的には非効率すぎる。

◆記憶の外付けハードディスクが世界を重くする。

◆ストーリーを読むだけなら肉体も必要ないけど、
寿命をすり減らしてでもやっぱり自分で演じたかったんだな。

◆漫画のような世界を憂う前に、
私たち自身の創造力をアップデートしよう。

◆アタマのスイッチを切り替えて、
ハラで起きよう。

◆生死は、認識のローカルルール。

◆原始的なスイッチのオンオフを、
なぜそんなにまで信じているのか。

◆その人が今にあるかどうかという視点だけで
見るとき、応える気が起こる質問と、
まったく起こらない質問がある。
冷たく見える返答も、悪気はないんです。

◆生死がかかると本気になるプログラム。
バレちゃったら、そのコマンドはもう使えないね。
だからといって、思考で生死を軽んじるのは、
生体として得策じゃないよ。

◆準備に準備を重ねて、
準備し終わったら退屈している。
これが生の元凶。

◆「それ」を思い出させるには、
この認識は素朴すぎる。

◆此処は「物理っぽい」世界。

◆物理には、未知のポエムが忍び込む。

◆やるべきことは一つもないのに活力に満ち溢れている、
幸せな馬鹿になろう。

◆全ての優先順位が抜け落ちると、
何をどこから始めてもいいし、
何も始めなくてもよくなる。
順番を司る脳の焦燥から解放されるのだ。

◆誰かが起きれば、誰かが眠る。
全員が同時に起きないようにバランスをとってる。
世界存続という集団催眠の宿命。

◆起床の点呼を個別にとってると、
先に起きた人も待ちくたびれて居眠りしてしまう。

◆自己同一性は、一瞬前の記憶の捏造。

◆現象創造のフラッシュが眩しすぎて毎瞬、
気絶している。
気絶は、この世界の目を守るための防衛反応。

◆人間って、思考はアタマに隠して
バレてないと思ってるんだね。
怖い怖い。

◆想念のレイヤーは「隠したいもの」
の波形によって割り振られる。

◆舌打ちと溜め息は環境汚染のみならず、
自身に呪いをかけるのでやめた方がいいよ。

◆人を恨み続けるのは、人が一瞬にして
変わりうる可能性を否定しているから。
それは、自分自身の変化の可能性も否定してしまう。

◆「人の目を気にするな」という以前に、
自分の目に24時間がんじがらめになっている。

◆全ての事象はタイミングどおりに起こるので、
良いタイミングも悪いタイミングもない。

◆エゴ感覚が強い人は、
輪廻を頑なに否定するタイプと、
盲信的に肯定するタイプに分かれるね。

◆自分自身をも蝕むプライドって、誰得なの?

◆植物は人間にとって癒しになるけども、
植物自身は癒しの存在というわけではない。
隙あらば繁殖し、自身を拡大していこうとする。
だが、諸条件により生存競争に負けても、
決して文句は言わない。
その点が、人間と違って清々しい。

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