FC2ブログ

【「愛と情念」「悟りというアイディア」「自尊心」 覚醒からのつぶやき 37】   

2021/04/30

つぶやきをランダムにまとめました。

ピンク


◆サクサクと、宇宙ひとつひとつが切れていくこの瞬間。

◆青くて丸い地球って、泰西名画的だよね。
宇宙人には別の色と形で、
キュビズム的に見えてたりするけどね。

◆認識次元が美の概念を創る。

◆この次元の美の概念は、メタ認知により
快/不快は超え得るが、認識構造内に留まる。

◆認識の遺産を鑑賞する、博物館のような世界。

◆覚醒は、言葉を初期化する。

◆自我は、空白恐怖症。

◆了解しあってると「また、来世~」も軽い軽い。
お互い何処で何してても、心配ないんだよね。
それが、人のカタチとしては理想の愛だな~

◆人の愛は情念なので、今世と来世をまたぐ
約束はしないほうが無難。
契約という名の呪いになっちゃうから。
まあ、ほっといても出会っちゃうけどね。

◆みんなすでに了解しあってるから
存在できてるんだけどね。
この世の言葉に浸っていると、
了解感覚が降ろせないのよ。

◆「わかっているものは、わかっている」
ということを、他人事と思わないでほしい。
わかっているものは、すでにあるのだ。

◆「わかっている人」がいるんじゃないんだ。
「わかっていること」がただ、あるんだよ。

◆「悟り」というアイディアは、罪深い。

◆くつろぎを感覚で捉えると、現象側に引っ張られる。

◆中心を探さない。

◆中心から毎瞬、産声が響く。

◆産声は、自ら響く。
響きを「聴いてしまう」と、世界が開く。

◆死は、この世でいちばんアクティブな運動である。

◆肉体も意識も死なない。
それらに同化した想いだけが死ぬ。

◆想いが死ぬと、世界を保つテンションが解ける。

◆自我は、生と死を禍々しいイベントにする。

◆生と死は、イベントではなくインパクトなのだ。

◆思考が言語化される刹那に、
恣意性の潜在的誤謬が錯覚を生む。

◆自我は、定点妄想の点滅。

◆自転車の漕ぎ始めの重さが人生だと勘違いしている。
ペダルが軽くなったらなったで、慣性に気絶してしまう。

◆決意は垂直に通す。
水平に侵犯しない。

◆それが「それ」だと定義されないまま
知っている人は、愛おしい。

◆道行く人と、そっと了解を交わす。

◆覚醒の「凄味」を知ろうとするから、
数多のおどろおどろしい体系が構築される。

◆悟りも信念体系です。

◆ひとつの瞬間に、宇宙が丸ごと入っている。
時空に在る人は、瞬間の圧に圧倒され気絶している。

◆私たちは毎瞬毎瞬、宇宙と同時に
飛び出して来ているんですよ。
その瞬間の圧で、記憶が飛ぶんです。
出産は、そのアナロジーですね。

◆一瞬一瞬が、中心で完結している。

◆行為と想念が分離しているから、
行為も想念も未消化のまま取り残されるのです。

◆この世は、取り残された行為と想念の残像。

◆想念で想念の中心を知るのは難易度が高い。
だから、肉体の重心から知るほうが易しい。

◆覚者同士の「目くばせ」は下品ですね。

◆神は神でも「小さい神社の神様」は、僻みっぽい。
愚痴が出たら「小さい神様出てきたな」と思おう 笑

◆自我は「組み合わせ」の時系列にこだわるから
苦しむのです。

◆「組み合わせ」の全ての種は、すでにある。

◆覚醒に「保存」という感覚はない。

◆恍惚は苦痛の変種。

◆カタチの世界は、カタチのまま覚醒している。

◆覚醒においては、動詞と名詞の区別はないんですよ。

◆時空に囚われているうちは、
名詞でラベリングしたほうが混乱しませんね。

◆生理的な好悪に気絶しない。

◆アタマで感覚を超えようとしない。

◆アタマで理解できる証明は、アタマの中にしかない。

◆「それ」は、証明の前に自明です。

◆動物的直観から捕食本能を無化する。

◆感情って、この世に顕れ出た式神
みたいな感覚なんだよな〜
でも、使い魔にしちゃダメだよ。

◆感情の真ん中はストンと落ちてて、
上澄みを遊ばせておけばいいよ。

◆あらゆる行為に、絶対的な根拠はない。

◆行為と信念が刹那に結びつく。

◆神を禁じ手にした哲学は、
むしろオカルティックに未知を留保する。

◆プライドは、軸をナナメにする。
自重で倒れるのを怖れ、
つっかえ棒を探し続ける。

◆自我の自尊心は、条件付き。
無条件の自尊は、対象のない祈りから沸き起こる。

◆イメージして創った軸は、まっすぐではない。
軸は、全てから均等に離れているときに
自ずから通るもの。

◆その人の軸は、その人の物理宇宙を固定化する。

◆3次元の空間認識は、
高次元を奇怪なイメージにねじ込む。

◆この世界は、ひとつの認識が
無理やりねじ込んだカタチ。
そのねじれから、潜在的に崩壊の不安
を孕んでいるのだ。

◆この不安自体が、幻想なのです。


関連記事 ⇒【「真理と恩寵」「ニヒリズム」「ASD・ADHD・HSP」 覚醒からのつぶやき 11】


※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ つぶやき

【「ワンネス」「3次元とは」「神の降臨」 覚醒からのつぶやき 36】   

2021/04/25

つぶやきをランダムにまとめました。

花333 花777
 ~ 新宿御苑の温室にて ~


◆熱帯の花って宇宙人ぽいね。
言語が違う。

◆その瞬間の思考は、全カルマを背負っている。

◆私の存在は、宇宙の起源を背負っている。

◆無執着は心理ではない。
物理的に「途切れる」。

◆蕎麦屋の製麺機ってあるでしょう?
ああいう風に、にゅ〜っと出たら
プツン!プツン!と、途切れるのだ。

◆瞑想の過程で執着の尻尾を掴んだら、
心理から物理の扱いに切り替える。
いつまでも心理的問題としてモグラ叩きを続けるのは、
モグラがモグラを追いかけているようなもの。

◆切り替えは、早すぎても遅すぎても機能しない。
早すぎると感覚を押し殺すし、
遅すぎるとマゾヒスティックになる。

◆瞑想はタイミングが全て。
全宇宙の運行を、この瞬間に合わせるつもりで。
「タイミングを合わせるのは自分じゃないから」
と言っていると、タイミングは「この自分」
ではなく「あの自分」に割り当てられる。

◆奇跡は、既知の境界で目撃される。
そこは未だ、こちらの世界。

◆私は、あらゆる動きと引き合って
永遠に止まっている。

◆喜怒哀楽の最大値を経験しておくことは重要。

◆怒りの中心は完全なる凪。

◆幾何学は、運動として捉える。
ただし、軌跡は追わないこと。

◆「全体像」は存在しない。

◆枠と中心は常に同時に発現する。

◆感覚が通じないことを、
相手のせいにしない。
通じない相手にフォーカスしているのは、
この私なのだから。

◆ワンネスは中心がないというより、
3次元の中心の確定が「追いつかない」状態。

◆心身のどこを切り取ってもそこが中心なので、
私の重心は無限にあるのだ。
ただしそのことは、この私の肉体と重力に規定
された重心を明確に通過しないとわからない。

◆「人間として立っていなくてはならない」
という強迫観念を手放せば、転ぼうが崩れようが、
そこに完璧な重心が在る。

◆これは心理的な比喩じゃないんだよ。

◆物質界は、このことを分からせてくれる
有り難い世界です。

◆構成要素を切り離して、完全に構造だけを
抽出するのは、人間には無理。
だから、何も足し引きせずに丸のまま悟るしかない。

◆3次元の認識ってバグが多いね。

◆リズムを脱し、リズムに成る。

◆前方向から上方向の進化へ
上方向から全方向の進化へ
全方向から無方向の進化へ
そして方向と進化の無化へ

◆神は肉体に「降臨」する。
神は存在に「臨」する。

◆3次元の時空はメタ・タイムラグ。

◆自我の定点観測は、タイムラグ発生ギミック。

◆苦とは、タイムラグである。
オンタイムの苦は存在しない。

◆本来、現象にタイムラグは存在しない。

◆思考がタイムラグを生むのではない。
タイムラグに思考が忍び込むのだ。

◆タイムラグのない地点では、
全員が同時に生まれている。

◆タイムラグは時空では補正できない。

◆次元はタイムラグのバリエーション。

◆物質から離れれば離れるほど強烈なリアリティ
があるのは、3次元特有のパラドックス。
本当は離れているのでなく、全てを「含んでいる」
から超高密度なんだけどね。

◆波動は微細になればなるほど、ある種
「知覚過敏」状態のようにピキピキ響いてくる。
ただし、これは現象界のエネルギー領域の話で、
存在の覚醒自体はエネルギー体験ではない。

◆私たちの神は
「全て望みどおりにしてあげてるのに」
と、天邪鬼のエゴに手を焼いている。

◆意志と存在が一致すれば、
願いは無心の祈りになる。

◆この世界は全員バラバラのように見えても、
全員の存在の信念が「いっせいのせ!」
で揃ったから対面できているんですよ。
これは奇跡的なこと。

◆蓮の花の上に座っている仏は、いま生まれた
存在の切っ先に浮いているんです。
これは比喩じゃないんですよ。

◆一蓮托生は、蓮の花芯から眺めよう。

◆細胞分裂を行い自ら成長する人工生物
「JCVI-syn3A」が誕生。
また夢がループし始める予兆だけど、学習
したから今回は「そっち」には行かないぞ~!

◆瞬間は3次元の概念。

◆この認識が、目的を「強制的に」創り続ける。

◆自我に苛立ってヤケクソになったら「クソ!」
を剥がして使えるエネルギーにする。
これ、けっこう使えるよ。

◆ウラオモテ全て見えるなら、
何も見なくてよくなる。

◆私たちは、この意識世界を遊ぶために自ら
ルールを創ったんだから文句は言えないよ。
「やらされてる」わけじゃないんだよね、これは。
だから、いまだけの不自由を楽しもう。

◆でも別の世界も楽しみたいなら、こんど死ぬときは
「この認識形態だけがすべてじゃない」ってことは
覚えておいたほうがいいだろうね。
信念に気絶して、ここに生まれちゃってるから。

◆未来も過去も瞬間瞬間でコロコロ変わるから、
あんまり当てにしないほうがいいよ。
自我はこれを聞いて不安になるだろうけど、
一本につながった道なんてないんだよ。

◆逆に、このことがどれだけ自由で救いになることか!

◆この私は、想定内のことしか選択できない。
想定内の進化は、幻想。

◆笑い死にするよりも、苦痛で死ぬ人のほうが多いので、
まだまだこの世界は生と苦がセットでリアルなんだよね。
それだって、信念体系のひとつにすぎないんだけどねえ。

◆唐突に覚醒して
「ここは俺様の夢だから、何をやっても自由だ~!」
と傍若無人に弾けてしまう人がいますが、
そういう方は人間の経験を一からやり直させられますね。
夢は、夢に気づかれないようにそっと去らないと。


関連記事 ⇒【「非重力」「神の姿」「カルマの磁力」 覚醒からのつぶやき 12】


※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ つぶやき

【「キリストとブッダ」「ブレサリアン」「スターシード」 覚醒からのつぶやき 35】  

2021/04/17

つぶやきをランダムにまとめました。

つつじ赤


◆自我は自分自身のトリックを見抜けない。

◆予期は境界を張る。

◆奇跡は予期を掻い潜る。

◆臓器で呼吸しない。

◆退屈は、人間の風土病。

◆キリストだってブッダだって嫌われるんだから、
自分が嫌われたってどうってことないね。
神ですら嫌われるし 笑

◆神仏に権威を持ち込まない。

◆自我の痛みは、地球の珍味。

◆自我の郷愁と愛を混同しない。

◆自我の珍味は癖になるが、
舌が痺れるし味が単調なので、そのうち飽きる。

◆自我は、家に遊びに来てなかなか帰らない
悪友のようなもの。

◆ブレサリアンも、生き延びるために光を
「捕食」している。

◆「何を食べるか」にヒステリックになるより
「なぜ食べるか」という捕食の構造を見る。

◆想念は、自分自身に捕食される。

◆笑いのツボを見れば、
その人の緊張がどこにあるか分かる。

◆野生動物は笑わない。

◆情念の祈りは呪詛する。
想念の祈りは空転する。
信念の祈りは輪廻する。

◆打たれ強くなろうとして腹筋に力が入るのは、
肉体の戦闘モードの記憶による錯覚。
精神の打たれ強さは、ハラでゆったりと錬ろう。

◆腹が据わっても、目が据わらないように。

◆ーはーとして対話する。
●は●として対話する。
木は木として対話する。
猫は猫として対話する。
魚は魚として対話する。
わたしの中のそれらは、私の頭が解読しようがしまいが
既に直接対話しているので、翻訳する必要はないのだ。

◆「この私が解らなくてはならない」
という強迫観念は、二元性のトリック。

◆二元性は「二元という認識において」単一である。
二元の現象界の方が多様的に見えるのは、錯覚。

◆存在の違和感を脊髄反射的に既存のドグマに転化
するから集合意識の渦に巻き込まれ続けるのだ。
宗教しかり、陰謀論しかり。
違和感は単に自分自身のズレにすぎず、世界が
こうでなくてはならない客観的な理由などない。

◆この宇宙は、永遠に揃わない
多次元ルービックキューブ。

◆心身は、意識の中のバラバラな星系由来
のパーツのツギハギ。
胃と心臓など、別々のパラレルワールドから
無理やり一緒にされてびっくりしている。

◆老化って、この無理が祟った自己免疫不全
による炎症かも。
「人間」を成り立たせるために「意志」によって
突貫工事したツケ。
だから、パーツすべてをバラバラに
「浮かせて」あげないと。

◆スターシード風に言えば、こんな狭いところに
押し込められてる内臓たちだって、
それぞれの星に還りたいんだよ 笑

◆内臓を宇宙船に乗せて故郷の星に還すんじゃないよ 笑
すべての事象を時空から解放してあげて、
その場で「それそのもの」に還してあげるんです。

◆スターシードという概念を発達障害の人の希望
にすり替えるビジネスが増えてきている印象。
一時的な希望を持たせるのは悪くないけど、
新たなエゴを植え付ける責任までは考えてない模様。

◆XX星人という、エゴのプライド。

◆星の座標は、意識のマップの中にある。

◆レプティリアンは古い肉体の座標に組み込まれている。
自分自身の中にあるそれは、いったん認めるしかない。

◆座標は時空の概念の中では移動するが、
消去することはできない。
世界というのは、すでに組み込まれた座標
の相対的な移動なのだ。

◆「悟り」って地上の呪縛だね。

◆心身すべてのパーツを瞬間瞬間に浮かせてあげよう。
パーツをべったり繋げて重力に従わせているのは、
私たち本位の想い。
想い=重い。

◆すべての事象を「役目」から解放する。

◆エゴは、すべての事象に役目を見出そうとする。
それは、生き延びるために仕組まれた進化の遺産。

◆集合意識の信念が一定の臨界点に達すると、
新たなリアリティがあたかも「最初からそこに存在した」
かのように発現する。
物質の形で宇宙人に遭えないのは、
集合意識がそれを信じていないから。
(これは意識の話であって、宇宙人の存在を信じろという話ではない)

◆一度見ただけの景色を写真のように絵に描き起こせる
サヴァン症候群の人も、物質上では物質の目で見た物質の
景色を映し撮ることしかできない。
覚醒は、映し撮られた一瞬の中に物質を超えたすべてを含むが、
それは目という機材と画素数の問題ではない。

◆「それ」はすでに私たちの中に「映っている」が、
映っているものを「見る」能力が覚醒なのではない。

◆目の機能を拡大していけば、素粒子の動きは見えるが、
それらが動き回るための空間は謎のまま。
それは「時空込み」で唐突に出現するのだ。

◆なぜ現象がこのような見た目なのかという真実は、
認識の次元が相対的である限り永遠に解明できないが、
どの次元においてもそれらが発現する現場に立ち会う
ことだけは出来る。

◆見えているものは、どれほど超絶的なものでも
全て暫定と心得よう。
それが腑に落ちれば、暫定のリアリティに為りきって
遊ぶこともできる。

◆瞬間瞬間に、無限の人生がある。

◆現象すべての瞬間の無限の組み合わせが、
同時にある。

◆質量は「質量によって」認識される。

◆言葉を使うときには、
言葉の心身を結晶化する必要がある。

◆世間一般のイメージとは逆で、
キリスト教は地上のもので、
仏教は地上のものじゃないね。


関連記事 ⇒【「3つの覚醒」「魔術の世界」「タントラ」 覚醒からのつぶやき 13】


※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ つぶやき

【「自己愛と他己愛」「シンクロ」「神話」 覚醒からのつぶやき 34】    

2021/04/12

つぶやきをランダムにまとめました。

八重


◆花は、来年も咲けるかどうか心配しない。

◆「わかる/わからない」
という分別を落とせというけども、
落ちた中心で触れるものが明確にある。
それは、生きているからこそ響くもので、
神秘的というより具体的なものなのだ。
「生きることに意味はない」なんて、
頭で斜に構えてる場合じゃないよ。

◆自己愛と他己愛の質量は比例する。

◆自分自身に緊張して、
世界を直接味わえなくなっている。

◆創造は見られた瞬間、緊張してカタチになる。

◆無意味なシンクロの頻発は、
創造の意図から解放されてきた合図。

◆中心は摩擦と抵抗から自由。

◆自己嫌悪は記憶の病。

◆肉体の目による自他の監視は幻想。

◆恥は驕り。

◆現象への怒りは、認識と記憶システムへの怒り。

◆悟りは無難なアイディア。

◆間に合っているのに、間に合わせようとするから、
間に合わない。

◆世界と社会を混同しない。
世界と自分を混同しない。

◆全ての事象は時限爆弾として配置されているが、
自分で仕掛けたことを忘れている。

◆気づかないうちにホコリが溜まってしまった
部屋の一角のような世界。
気づけばホコリは一瞬で拭き取れる。

◆見ることは、工夫できない。

◆「わかりたい」というエゴイスティックな願望のために、
この世界は必要だったのです。

◆知識は、答え合わせ。

◆「透明」も、イメージです。

◆「仕組み」を知ることは副産物であって、
覚醒そのものではありません。

◆この宇宙は、私がいるかぎり閉じた系。

◆予測は生の鮮烈さを隠す。

◆意図の初動はセーフ。
意図の惰性はアウト。

◆悩みは悩みを解決できない。

◆毎瞬毎瞬、須弥山が垂直に立ち上がる。

◆どこにも掴まらないと、
自動的に真ん中に浮く。

◆認識の粗さが、空間という背景の錯覚を生む。

◆苦は構造。
痛みは主観。

◆痛みの中心は無痛。

◆進化に期待し続けるのは、
進化に追いついていないから。
進化はこの私に常に起こっている。

◆私自身に追いつくには、
その場で回転してみればいい。

◆3次元の神話は、上位次元の超訳。
唐突な展開に違和感を感じる箇所は、
この次元に無理やり訳した苦慮の跡。

◆超訳しきれない文法は「奇跡」
と呼んでお茶を濁している。

◆超訳は正確な文法を意図的に無視する。

◆超訳された偶像と、意訳された偶像と、
誤訳された偶像がある。
直訳された偶像は、ない。

◆思考は私を誤訳する。

◆仏はプリミティブな超訳。

◆超訳して言うならば、私の一挙手一投足
のどの瞬間にも無限の仏が生滅している。

◆「どこを見ても仏」というのは、
心理的な意味じゃないんですよ。

◆仏の時空は、画像のコマ送りでは認識不可能。

◆いま語っているこれも、全て超訳です。

◆誤訳された私は、
誤訳された時空に取り残される。

◆誤りは、誤りという正しい現象。

◆人間の気づきには、
重力と内臓と体壁が付帯している。

◆純粋な気づきに気づこうとするのではなく、
不純な気づきに気づき続けることで
「不純でないもの」が浮き上がってくる。

◆ヒトガタをイメージで描かない。

◆ヒトガタというイメージに慢心しない。

◆存在のインパクトから見れば、
思考などホコリのようなもの。
思考に支配されているのは、笑い話にもならない。

◆物理次元に囚われているのは、
常に物理からズレているからという皮肉。

◆物理からの一定領域のズレが、
人間と呼ばれているもの。

◆真実から隠れるために、分身を無限に増やして
責任を分散してきた私たち。

◆真実が怖いのは、全てが明るみに出たら
存在できなくなると錯覚してるから。

◆意志は思考にくっつかなければニュートラル。
この感覚を具体的に知ることが肝。

◆ニュートラルな意志は一瞬で昇華されるが、
消去はできない。

◆物理次元の全てのものは意志から起こるが、
私たちがイメージする唯識論とは異なる。
なぜなら、私たちは私を離れた純粋な意志を
イメージできないから。

◆戦いの原始的なエネルギーは創造に「利用しやすい」
ので、自ら敵を生成し続けるように仕組まれてきた。
創造には、善悪はない。
利用できるエネルギーが使われる。
無自覚な私たちは、創造の餌なのだ。


関連記事 ⇒【「チャネリング」「タルパ」「地球の中空」 覚醒からのつぶやき 14】


※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ つぶやき

【5/1(土)14:00~17:30 、18:00~21:00「東京ワーク参加募集」】         

2021/04/06

***** Rubin’s work  東京ワーク開催日時のお知らせです。

ワーク1


◆5/1(土) 14:00~17:30 、18:00~21:00
緊急事態宣言発令にともない開催延期となりました。
次回開催は、5/30(日) 6/26(土)予定です。


※前半(基礎)と後半(実践)に分けて行います。

通しで受講していただくほうが理解と集中が深まりますが、
前半もしくは後半のみの参加も可です。
(初参加の方はなるべく前半から受講してください)

場所は東京都中央区、参加条件等の詳細はメルマガにてご案内しております。


◆今回は、

【基礎】
・一瞬で集中に入るための軸と姿勢
・どこにも居座らない座法
・呼吸の秘伝的ライン
・丹田のポイントと集中の奥義
・対象のない祈り
・内部の目へのシフト

【実践】
・インテンションの中心を突き抜けるには
・力学から解放された非連続的な中心
・分離した中心を重ね合わせるには
・背骨を筒にして置いておく意識
・鏡のワーク(3つの視点の気づきとシフト)
・動きながら止まっている中心感覚

をテーマにワークを行なっていく予定です。
(内容は参加者さんの状況によって変更となる場合があります)


◆ワーク開催にあたっては、以下のコロナウイルス
対策
を行います。

・参加者間の十分な距離を確保
・息のあがる運動はしない
・参加者にマスク配布
・入場前の手洗い必須化
・入口での手指のアルコール除菌
・平熱以上の方の入場不可
・ワーク中の身体接触回避


◆直近に開催したワークの様子

【3/28(日)東京ワーク~所感と解説~】
http://rubins-work.com/blog-entry-126.html

【12/5(土) 東京ワーク】~所感と解説~
http://rubins-work.com/blog-entry-103.html



※参加ご希望の方は、拙著「Rubin ~ルビン~ -覚 醒- 認識の転換のために」
をお読みのうえ、まずは以下のフォームからメルマガのご登録をお願いします。

⇒メルマガ登録はこちらから

追って参加条件等の詳細をご連絡いたします。


※参加者一人一人の身体とエネルギーを見ていくため少人数性となっております。
参加希望の方が多い場合は先着順とさせていただく場合がありますことをご了承願います。


※メルマガ登録されている方で万一、ワーク案内メールが届いていない方が
いらっしゃいましたら迷惑メールフォルダをご確認ください。


***************

※ツイッター、頻繁につぶやいてます※
@Rubins_work
https://twitter.com/Rubins_work


プロフィール
⇒ AYA プロフィールはこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ 参加募集

「壁抜けの術」 【3/28(日) 東京ワーク ~所感と解説~】     

2021/04/03

3/28(日)東京にてワークを開催しました。

緊急事態宣言後、3か月ぶりの再開です。


ワーク3
「視点と気づきのシフト」で使った鏡


以前、ツイッターでこんなことをつぶやきました。

~~~~~~~

◆【壁抜けの方法】

①壁を指で押します
②限界まで押し続けます
③押している中心を見ます
④中心に意識を合わせます
⑤中心の空になります

これで壁を抜けました!

※体は別途、運んでください。

~~~~~~~

冗談に見えるかもしれませんが、実はここに本質がすべてある
といっても過言ではないのです。


今回、ワークで指一本の壁抜けならぬ「壁押し」をやりました。


指で壁を押したり押し戻されたりをしばらく繰り返していると、
物理的な押し引きの運動の中心に、不動の空白のようなものが
あることを発見します。

指と壁という概念をただそこに「置いて」おき、能動でも受動でも
ない中心と自分の中心を合わせて見続けていくと、相対的な動きに
左右されない何かが、生々しい感触で立ち顕われてくるのです。


集中力が途切れて、ある瞬間が切り取られたときには、そこは指と
壁の物理的な間の中心点なのですが、ひたすら中心を見続けていく
ときには、どこまでいっても座標のない空白です。(空白は空間では
ありません)


ある参加者さん(集中力に恵まれた方)は、見続けていくうちに「妙な
感覚になってくる」と漏らされました。

確かにそれは奇妙な感覚です。


自分がどこにいるかわからなくなって、中心がうねりを伴って次々に迫って
くるからです。

このうねりは一瞬一瞬、断続的な認識のゆらぎが引き起こすノイズであって、
中心自体はゆらぎません。


この一見、単純なことが実はすべてに通底しています。

物質・思考・感情・原子の区別なく、
どこを切り取っても無限にそれがあります。

壁の押し引きは、見かけ上は物理的な力学ですが、
力学を超えたそれが同時にあるのです。


この感覚を見た後に、参加者さん全員でひとつのボールを
人差し指一本で支えあってもらいました。

全員の押し引きがぴったり釣り合ったときには、ボールは
空中でピタッと止まります。


ボールの中心は各自の中心と一致して「そこでしかないところ」
に浮いています。

その時、中心はボールの形状と質量から解放されているのです。


そして、中心に一致している各自もその瞬間、解放されています。

次の瞬間、誰かの動きが連動して、全体とボールの位置が動きますが、
動きながらその中心は途切れなく顕われ続けます。


物理的なボールの中心は移動しますが、
解放されている中心には座標がないので移動しません。

移動しないといっても場所のないどこかに固定されているわけではなく、
無限に立ち顕われつつそこにずっとあり続けているのです。


これはまた、物理的なバランスの釣り合いも超えています。

例えば、誰かが態勢を崩してボールが床に落ちそうになっても、
そこにも中心が在り続けます。

ボールを支えてバランスをとっていたのは、ボールと自分と他者が
消える感覚を知るための仕掛けにすぎず、その感覚がつかめたときには、
物理的にボールに触れているか触れていないかは問題でなくなります。


こうして、映るものすべてがめくるめく中心の顕われとなるのです。


ここで最初の壁抜けの話に戻ります。

私の中心と壁の中心が一致しているとき、そこには境界がありません。

身体を運ばなくても、瞬時に抜けてしまっているのです。


「肉体が壁を通り抜けるのを見ないと壁抜けと認めない」というならば、
その時点でその人は自身を肉体の中に閉じ込めてしまっているということになります。

詭弁のように聞こえるかもしれませんが、肉体を超えたそれは、
壁抜けを確かに見ているのです。


それは、曖昧なイメージではなく、鮮烈なリアリティです。


関連記事 ⇒ 「自我と認識パターン」 【東京ワーク開催 ~所感】

********

※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ ワーク

【「死と想念」「チャクラ」「丹田と殺気」 覚醒からのつぶやき 33】    

2021/04/01

つぶやきをランダムにまとめました。

水仙3


◆斜に構え続けると、
ナナメを真っすぐと錯覚し始める。

◆肉体意識は、存在の爆発に放心しないための、
鈍感力。

◆「余の辞書に文字はない」

◆夢の中で夢を見ている、酔っ払いの悲哀。

◆「どうせ死んだら解るから」といって放逸している人は
「生まれたら解るから」といって生まれて来ちゃったことを
忘れている。

◆人は、死んでも想念に隷属する。

◆押すことは、引くこと。

◆全ての現象は、例外なく均衡に在る。

◆不均衡は不均衡として均衡に在る。

◆ひとつの均衡に留まろうとする者に、
見かけ上の不均衡が顕れる。

◆「この私」とは、均衡から「心理的に」
はみ出し続ける現象である。

◆いかなる心理にも感情にも思考にも、
それ自体に不均衡はない。

◆人間は、全体の均衡ではなく、
定点の調和を志向する。

◆中心を見ようとすれば、中心はズレる。
このズレが、時空をスライドさせる。

◆中心も球も3次元の概念。

◆中心と球は、同時に自ずから立ち顕れる。

◆時空内での中心との一致は、永遠に叶わない。

◆留まろうとすることと、動き続けよう
とすることの拮抗のエネルギーの放出として、
3次元の回転運動が起こる。

◆物理と心理に差はない。

◆物体と人間の違いは、意図を動かすか
動かさないかの違いだけ。
物体も、実は意図なのです。

◆この世界は、たった一つの意図から
始まってしまった、壮大な辻褄合わせです。

◆意図を自覚した私たちの「居心地の悪さ」
が、世界を転がし続ける。

◆ワークで丹田の使い方をお伝えするのに、
2人組になって1人に座布団を持ってもらい、
もう1人に「殺るつもりで」蹴ってもらいました。
女性が来ないはずだわ 笑
でもこれ、超重要ポイントなんだけどな〜

◆「殺るか殺られるか」なんて仏教徒が卒倒しそうだけど、
座禅は生存本能レベルの莫大なパワーを要するから。
そこから意味を落として、エネルギー単体で自動的に供給させる。
これは気合や根性の話ではないのだ。
ここがカチッと発動しないと始まらない。

◆肉体に同化しているとエネルギーを単体で使えない。
たいていの人は、ヨガで言うなら各チャクラに対応する
実用的な意味から入ったほうが理解しやすい。
ただし、チャクラオタクにならないように。

◆意図の中心は何もない。

◆「そのままでいいんだよ」じゃなくて
「そのままでしかありえないんだよ」

◆「そのままでいいんだよ」の、
心理的な慰みを突き抜けよう。

◆閉じてる人を見ると
「手突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞ!」ならぬ
「意識突っ込んで魂ガタガタ言わすぞ!」という
恐ろしい衝動が、微かに発動する 笑
安心してください、人の皮は履いてますから。

◆生命力の春は、殺気立つね 笑

◆下位チャクラが活性化してるときは天変地異
が起こりやすいので気をつけよう。
人間としては不謹慎だけど、命としては深いところ
で悦んでるんだよね...

◆「自分」は、未だ発見されないUMAです。

◆人間は、目撃されたスモールフッド。

◆見えてるから存在するって、なんで信じられるの?
見えてないから存在しないって、なんで信じられるの?

◆一瞬前の自分とこの瞬間の自分を記憶で繋ぐのは、
ストーリー的には効率がいいけど、
エネルギー的には非効率すぎる。

◆記憶の外付けハードディスクが世界を重くする。

◆ストーリーを読むだけなら肉体も必要ないけど、
寿命をすり減らしてでもやっぱり自分で演じたかったんだな。

◆漫画のような世界を憂う前に、
私たち自身の創造力をアップデートしよう。

◆アタマのスイッチを切り替えて、
ハラで起きよう。

◆生死は、認識のローカルルール。

◆原始的なスイッチのオンオフを、
なぜそんなにまで信じているのか。

◆その人が今にあるかどうかという視点だけで
見るとき、応える気が起こる質問と、
まったく起こらない質問がある。
冷たく見える返答も、悪気はないんです。

◆生死がかかると本気になるプログラム。
バレちゃったら、そのコマンドはもう使えないね。
だからといって、思考で生死を軽んじるのは、
生体として得策じゃないよ。

◆準備に準備を重ねて、
準備し終わったら退屈している。
これが生の元凶。

◆「それ」を思い出させるには、
この認識は素朴すぎる。

◆此処は「物理っぽい」世界。

◆物理には、未知のポエムが忍び込む。

◆やるべきことは一つもないのに活力に満ち溢れている、
幸せな馬鹿になろう。

◆全ての優先順位が抜け落ちると、
何をどこから始めてもいいし、
何も始めなくてもよくなる。
順番を司る脳の焦燥から解放されるのだ。

◆誰かが起きれば、誰かが眠る。
全員が同時に起きないようにバランスをとってる。
世界存続という集団催眠の宿命。

◆起床の点呼を個別にとってると、
先に起きた人も待ちくたびれて居眠りしてしまう。

◆自己同一性は、一瞬前の記憶の捏造。

◆現象創造のフラッシュが眩しすぎて毎瞬、
気絶している。
気絶は、この世界の目を守るための防衛反応。

◆人間って、思考はアタマに隠して
バレてないと思ってるんだね。
怖い怖い。

◆想念のレイヤーは「隠したいもの」
の波形によって割り振られる。

◆舌打ちと溜め息は環境汚染のみならず、
自身に呪いをかけるのでやめた方がいいよ。

◆人を恨み続けるのは、人が一瞬にして
変わりうる可能性を否定しているから。
それは、自分自身の変化の可能性も否定してしまう。

◆「人の目を気にするな」という以前に、
自分の目に24時間がんじがらめになっている。

◆全ての事象はタイミングどおりに起こるので、
良いタイミングも悪いタイミングもない。

◆エゴ感覚が強い人は、
輪廻を頑なに否定するタイプと、
盲信的に肯定するタイプに分かれるね。

◆自分自身をも蝕むプライドって、誰得なの?

◆植物は人間にとって癒しになるけども、
植物自身は癒しの存在というわけではない。
隙あらば繁殖し、自身を拡大していこうとする。
だが、諸条件により生存競争に負けても、
決して文句は言わない。
その点が、人間と違って清々しい。


関連記事 ⇒【「生殖とタブー」「直接知覚」「宇宙の公理」 覚醒からのつぶやき 15】


※ワーク参加ご希望の方は、メルマガ登録をお願いします。
⇒ ご登録フォームはこちら



⇒ Rubin's work 主催 AYA プロフィールはこちら

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
このエントリーをはてなブックマークに追加
comment (0) @ つぶやき