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【「イビピーオ」「高級な悪魔」「非二元マウント」 覚醒からのつぶやき 53】     

2021/07/29

つぶやきをランダムにまとめました。

不忍池 蓮
不忍池のクラシックな浄土感。


◆「神秘」は「不思議」ではない。

◆自分自身と一致するとき「不思議」な感覚はない。

◆自己の「不明瞭さ」を「不思議さ」に転化しない。

◆不思議さへの気絶は思考停止、
不明瞭さへの気絶は感性停止。

◆明瞭さは「思考の収まり具合」とは無関係。

◆誤差の修正のたびに、ひとつの宇宙が生まれる。

◆この宇宙の等式は、あの宇宙の不等式。

◆アタマだけを白紙にしない。

◆ムネは形と動きを区別しない。

◆ハラ「これ。」
ムネ「これ!」
アタマ「これ?」

◆アタマ・ムネ・ハラの覚醒には固有の色
があるが、覚醒そのものには色がない。

◆色を見る遥か以前に、顕われては消える。

◆このマトリックスのマザーは、
深度のない闇を包んでいる。

◆肉体の目は光源に眩む。

◆目が眩むと本体が見えない。
高級な悪魔は眩しいものだよ。

◆目に映る光に惑わされない。

◆神が遍在すれば、悪魔も遍在する。
局在する悪魔は、目眩まし要員にすぎない。

◆「次元=世界」ではない。

◆例えば「高次元はお金の存在しない世界」
という表現の、素っ頓狂な二重三重の誤謬
に気づいてください。

◆「非二元」という、ノンスタイル風スタイル
のスタイリスト。

◆「私はいない」「という私はいない」
「という私はいない」「という私はいない」(永遠に続く)
非二元論者は、後出しジャンケンした方が
二元的マウントを取れます。

◆「我が我に殺られるのを恐れ、
我が生んだ我を食らうサトゥルヌス」

◆覚醒の刻は一瞬だが、
一瞬の覚醒はインスタントではない。

◆時空が展開しないとき、疑惑は共感へシフトする。

◆感動するほど美味しい物って、口に入れた瞬間、
舌の上でふわっと宙に浮く。
むこうからも、こっちからも、くっつかない。
そのとき、味覚は食欲と切り離されてるんだよね。

◆「多視点」は、幻想。
ひとつの実体を、それぞれが多角的に
見ているわけではない。

◆私たちは常に、自身の「顔の向き」に囚われている。
たとえ目を瞑っていても。

◆他人の「顔の向き」に囚われない。
こっちを向いていてもいなくても、
私に注目していてもいなくても、同じことなのだ。

◆私は私のセルフ・インフルエンサー。

◆「悟り」に、プロもアマもない。

◆「明日死んだらどうする?」
「今日死んだらどうする?」
「いま死んだらどうする?」

◆「明日生きたらどうする?」
「今日生きたらどうする?」
「いま生きたらどうする?」

◆狂ったように瞑想していた時期に「明日死ぬつもりで」
現実世界の全てを極限まで片付けてみたことがある。
結果、信じられないほどの軽さと解放感を体験したが、
ひとつわかったことは「つもり」はやっぱりフェイクだということ。
「今を死ぬ」ことは、時空上にはないからね。

◆パートナーが「ハラを殴ってみ?」と言うので殴ったら、
拳が当たった瞬間、ウナギイヌのように「ヌルッ」と変態した。
ニヤニヤしながら曰く
「システマ式を体得したのでオレは無敵だ!」とのこと。
なるほど、次は本気で殺りますよ?

◆冗談はさておき、拳を避けずに受け入れ、インパクト
の瞬間に脱力してダメージを逃がすのがコツらしい。
これは、肉体だけじゃなくて精神的な打撃にも使えるよね。

◆音を「聴いて」しまえば、賛美歌でさえ喧しいが、
音に「為って」しまえば、デスメタルでさえ鎮かだ。

◆何もしないと、何かしたくなる。
何もしたくなければ、何かしようとしない。
そうすれば、また何かしたくなるってこと。

◆この世には「無自覚な祈り」と「自覚的な祈り」しかない。

◆閃きは思考に還元されるが、思考は閃きを隠すジレンマ。

◆輪廻で引き継ぐのは「内容」ではなく「構造」です。
ただし内容の世界では、構造は内容に隠れています。

◆人生を誰かに見せる作品にしようとするから気が重くなる。
誰もいないんだから、瞬間瞬間に完結する即興でいいんだよ。

◆空間を引き伸ばしながら、隙間を埋めようとする矛盾の世界。

◆隙間と空虚を同一視しない。

◆時空は時空を消せない。

◆私たちは、話法のトリックにひっかかっている。

◆バカリズムが「すべらない話」で、
「試しに部屋でズボン履いたままオシッコしてみたら、
禁じられていた何かが解放されスッキリしたが、無意識の
ストッパーが外れて毎晩オネショをするようになってしまった」
と言っていた。

◆私は小学生になってもオネショしていたが、
特に罪悪感もなかった。
ある日、親戚宅でオネショして叔母に
「オシッコじゃないよね、汗かいたんだよね」と笑いながら
言われ急に恥ずかしくなり、それ以来ピタッと止まった。
それと同時に、大らかな自他未分の世界も閉ざされてしまった。

◆「垂れ流し」は、動物的本能とは逆行している。
野生動物は敵に襲われないよう、排泄をコントロールする。
自他未分の私は「生き延びる」という本能の圧力を知らなかった。
その圧力は、皮肉にも「人間らしさ」を獲得するための通過儀礼なのだ。

◆全てが「それそのもの」にぴったりグラウンディングしている。
グラウンディングできてないと思い込んでいるのは、思考だけ。

◆構造的な苦に同化するかぎり、精神は未病状態であり続ける。

◆自分を受け入れれば自分自身に近づくが、
受け入れる自分がいるかぎり、そこには距離がある。

◆快と善を混同しない
好と善を混同しない
不快と悪を混同しない
嫌と悪を混同しない

◆アナログ時計でもデジタル時計でも、秒をしばらく
見続けていると、速くなったり遅くなったりするような
生理的違和感が生じる。
主観的時間は常に揺らいでいるが「客観的時間」という
共通認識により、強制的に補正される。
だが、主観的時間も客観的時間も相対でしかない。

◆オリンピックでもパラリンピックでもない、第三の
「Xリンピック」が生まれそうな気配を感じるんです。
伝われ〜〜

◆「一なるもの」は、1ではない。

◆「永遠」は、∞ではない。

◆「あるがまま」って、自分にも他人にも
わざわざ言い聞かすもんじゃないよね。

◆「そのままでいいんだよ」って、
誰が誰に言えば納得するんだろうね。

◆あるマスターは、弟子が
「死ぬときは、慈悲の瞑想をしながら逝きたい」と言うと
「とんでもない!妄想のまま死ぬつもりか!」と一喝した。
そういうことです。

◆高次元の凡庸さもあれば、低次元の非凡さもある。

◆全ての組み合わせの試算は、既に終わっています。

◆「この私」は、脳内バラバラ屍体です。

◆世界はテンションで成り立つが、
どの中心にもテンションはない。

◆神話も数も色も完了形も再帰も左右も挨拶も
感謝も謝罪も備蓄も儀式も鬱病も自殺も心配も
比較も存在しない、アマゾンのピダハン族。
彼らを象徴する言葉「イビピーオ」の「直接知覚」は、
経験領域の境界線を二元的にとらえてしまうと
理解できない。

◆現象が「現れる」ことも「消える」ことも
「イビピーオ」である時、限定された知覚以前の
存在のリアルな手触りがそこにある。
それは唐突にその時起こり「いつ」「どこから」来た
(去った)かは問題にならない。
始まりのない彼らに創造神はいないが、精霊は
「現実」に見聞きするものとして存在する。

◆また、夢で体験したことも現実であり、
他人と自分の夢の境界線はない。
彼らにとって「そこにあるリアルな手触り」
だけが全てなのだ。

◆だからといって、私たちは彼らのように
ジャングルに住まなくてはならないわけではない。
イビピーオ的感性は一見、彼らの原始的な社会に
由来しているように見えるが、イビピーオの本質は、
社会や知覚の限定性に依らない。

◆13歳の頃、100km四方文明人の存在しない
アマゾン支流を小さな船で下ったことがある。
ピラニアが泳ぎ、ホエザルの声が響き渡るジャングル
の間を抜けていくと突然、川岸にインディオの小さな
集落が現れ、裸体の人たちがこちらを見ていた。

◆私にとってそれは鮮烈なイビピーオであり、
また、彼らにとってもイビピーオだったろう。
彼らは船が通り過ぎるまで、じっと立ちすくんでいた。
夕刻が迫ったころ、エンジンから異音がして
川の真ん中で船が止まった。
水草が絡まったのだという。

◆真っ暗になっていくジャングルの中、船頭が
オールを持ち出して手動で漕ぎ始めたときは、
別の意味で衝撃的なイビピーオだった 笑
(このとき、銃で野生のカピバラを仕留めて焼いて食べた。
日本の動物園のカピバラを見て「あれ食べたよ」と言うと、
鬼畜を見るような顔をされる)

◆「有識者」は「ピダハンの境地は悟りではない」
ってドヤるけど、ピダハンにとって悟りなんて
「イビピーオ」じゃないよね 笑

◆「悟り脳」は、闇が深い。



関連記事 ⇒ 【「3つの覚醒」「魔術の世界」「タントラ」 覚醒からのつぶやき 13】


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【「サマタ瞑想」「幽体離脱」「魂の乗り物」 覚醒からのつぶやき 52】    

2021/07/15

つぶやきをランダムにまとめました。

桔梗2


◆世界は丸ごと錯視されているが、
錯視していることを了解していればいい。
そもそも、絶対的な知覚も対象も存在しないのだから。

◆覚醒は「錯視しないように見ること」ではない。

◆ここは、錯視の非効率よりも生存の有利を採用した世界。

◆定点ありきの知覚と錯視は、不可分。

◆肉体の目は、目的に拘束するための遮眼帯(ブリンカー)。

◆「この世」「あの世」「その世」
指示代名詞は、この世の文法です。

◆いったん時空を経由しないと壺をひっくり
返せないジレンマは「ひっくり返す」という
時空的思考が前提になっている。

◆「意志」に無自覚な肉体意識は、
死んでも死んでも使い倒される。

◆「明け渡し」を勘違いすると
「スピリチュアル・セルフネグレクト」
とでも言うべき呆心状態に嵌まり込む。

◆この世は、カチカチした夢。
フワフワした夢は、夢の夢。

◆「内側の空間」と無我を混同しない。

◆偽りの無執着は、ハートに虚無の穴を開ける。

◆昔は洞窟に籠っていたので人畜無害だったが、
処世術『も』長けた覚者がわらわらと市井に出てきた為に
「覚醒すれば世界が思い通りになる」
というエゴのロマンを刺激するようになった。
それもこれも「超計画的な功罪」なんだよね。

◆瞑想は、地上10,000mでハーネスなしに
綱渡りするようなもの。
落っこちたら、死ぬ前に気を失う。

◆下心は、瞬時に世界と密通する。

◆肉体を超えることは、肉体を捨てることではない。

◆肉体を魂の「乗り物」と見なしているかぎり、
乗り捨てられた肉体は魂を探して、
ゾンビのように何度も蘇る。

◆肉体が朽ちても「肉体性」は存続してしまう。
ある意味「精神性」よりも「肉体性」のほうがしぶといのだ。

◆肉体があるから幽体離脱できるのです。
幽体は単体では存在(意識)できません。
これは「肉体が実在するか否か」とは別の話です。
また、幽体離脱はこの世界の話であって覚醒ではありません。

◆私が忘れても、宇宙が記録しているから大丈夫。

◆魂の「ホーム感」は、引力由来の後天的記憶です。

◆トロクスラー効果はサマタ瞑想の導入になるけど、
再び「眼球=心」が動けば「色=世界」は戻ってくる。
だからサマタだけでは覚醒の一撃にはならないのだ。

◆心理的な問題であっても、一点集中で一時的に忘れる
ことはできるが、集中が解ければ何度も再浮上する。

◆「現実的」な問題は、アタマの前にハラで対処する。

◆「深淵」は、肉体ありきの感覚。
覚醒そのものに「深度」はない。

◆魔術的世界に気絶する直前の「粘度」を見切ろう。

◆「今にあること」は、過去の喪失でも、
現在の維持でも、未来の放棄でもない。

◆直観が働きそうになると、すかさず悪魔が子守歌を歌う。

◆悪魔は「全てを受け入れる人」からは去っていく。
そういう人は、悪魔の興味を引かないからだ。
悪魔は「抵抗し続ける人」の悲喜劇で、
この世を面白くしたいのだ。

◆修行体系に胡坐をかくと「法」に「法律」
が忍び込んでくる。

◆人間が悟り臭いことを言うと反発されるので、
いっそのこと「全てチャネリングです」ってこと
にしたほうが楽といえば楽だよね 笑

◆未知はアタマの中にはない。

◆身体は認識より軽いが、認識が重い肉体を生む。

◆保障と保険が、時空を澱ませる。

◆世界を均一にしようとするから、
努力が空回りし不満が続く。
差の真ん中にあれば、差は存在しない。

◆「差の真ん中」は「平均値」とは全くの別モノ。

◆毎瞬毎瞬、辻褄を合わせて自分を騙している。

◆人は生まれた瞬間に息を吐き、死ぬ瞬間に息を吸うが、
瞑想っていうのはその逆で、息を吐きながら死ぬんだよ。
その死で「送り出される」のは、私ではなく世界のほうなのだ。

◆私という思考の、セルフリツイート地獄。

◆集合意識の書き換えは一匹の猿から始まるが、
猿たちはなぜ書き換わったのかを知らない。

◆無我を目指す人は「自分が消えたい」Mですって?
とんでもない。
「目指す人」は「自分を消したい」ドSのサイコパスです!

◆働き蜂は全体に奉仕しているが、誰にも忖度していない。
女王にさえも。

◆輪廻は3次元人がイメージするように「廻っている」
わけではないが、その人の中ではイメージ通りに
「廻ってしまう」んだ。

◆創造力と自立力にチラッとでも不安があると、
とりあえずこのマトリックスが選ばれてしまう。
ここにいる私たちは、例外なくそうなんだよ。

◆一瞥して僻みっぽくなる人は、
祈りの軸がズレてます。

◆「これ」の否定は「これ」に追いつかない。
「それ」の肯定は「それ」に追いつかない。

◆一線超えた美容家ってシミしわ毛穴を客観的に見つめすぎて、
特化型サマタとサティが稼働しちゃってるよね。
しかも、肌の輝度からオーラまで読み取るし。
「綺麗になりたい」エゴも、極めれば突き抜ける 笑

◆↑こういう悟りでいいんだよ(井ノ頭五郎風)

◆【あるある心理テスト】
「コップの水」
A. 半分「しか」入ってない?
B. 半分「も」入ってる?
え?「コップの酒」だと答えが変わってくるって?

◆AIは未だ、ハイパーリアリズムが隠蔽する
「キッチュな情念」を読み取れない。

◆「現実を見ろ!」
「どの現実?」

◆「夢を持て!」
「だれの夢?」

◆「為るように為りますように」
という願いだけは、全存在平等に叶う。

◆救われたかどうか解るのは、自分自身だけ。
だから、自分自身を偽らない。

◆法則は、その法則下でのみ法則たり得る。

◆体においても心においても
「強度」と「硬度」を混同しない。

◆人を笑うでもなく
人に笑われるでもなく
自分を笑うでもなく
自分に笑われるでもなく
ただ、笑いとしてある。

◆「地に足の付いた頭」と
「宙に頭の浮いた足」の真ん中。

◆漫然と生きることは、長時間のフライトで
座席に固定され、空腹でもないのに機内食を
詰め込まれる家畜感と似ている。

◆覚者の言葉を聞くとき、勘の鈍い人は文脈を見、
勘の鋭い人は文法を読むが、核心はその文法が
「そうならざるを得ない」不可知の智見にある。

◆可知に気絶すれば慢心する。
不可知に気絶すれば盲信する。

◆「全人類分身の術」で、
有史以来ずっと目が回ってる

◆地球は私たちの想念で浮いている。

◆打たれ弱いほうが、殺られる前に逃げられるよ。

◆地獄では、一輪の花に救われる。
それを知るために、ここに来る。

◆自由でも他由でもなく、由であれ。

◆「戦わない」ことを戦わない。


関連記事 ⇒【「今に在る」「覚醒と階層」「自分探し」 覚醒からのつぶやき 42】


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【「頓悟と漸悟」「ダウジング」「内観療法」 覚醒からのつぶやき 51】  

2021/07/09

つぶやきをランダムにまとめました。

日比谷2 日比谷3
日比谷公園が、あの世っぽくなってました。


◆瞑想はいつでもあるけど、変性意識の波は
突然やってくる。
それが「いつ来てもいい」と受け入れてさえいれば。
だから、誰でもどんなときでも突然フリーズできる
世界であってほしいなあ。
「あ、あの人いま来てるのね」と、そっとしておく。
どんな用事や仕事よりも、そのほうが一大事なんだから。

◆ヘッセの『デミアン』みたいに(たしかクリシュナムルティ
がモデル)子供はよく目を見開いて何も見ないまま、
無心でストップしているものだ。
そういうときに「ボ~ッとしない!」と叱って「現実」
に引き戻さず見守ってあげてほしい。
ボ~ッとしてるどころか、宇宙の集大成がそこにあるんだよ。

◆20年前、米国人のダンスセラピストのアシスタントとして
東京都下の少年院でのワークショップに同行したことがある。
厳格な規律(例えばトイレの紙はきっちり折りたたんだ新聞紙で、
使用枚数が決められていた)と張り詰めた空気の中、無言で
隊列を組んだ少女たちが粛々と部屋に入場してきた。

◆騒いではいけないと指示されていたのか、
最初は自分を押し殺している様子だったが、セラピスト
(自身も米国で服役経験あり)の温かく熟達した導きに
よって次第に表情も動きも軽くなっていった。

◆ひとりの少女が優雅に飛び跳ねながら
「先生、私ダンスが大好きなんです!」と笑ったときの
キラキラ輝く目を見て泣きそうになった。
それぞれのカルマによってそこに集まった少女たちだったが、
みんな可憐で胸が締め付けられるほど愛しかった。

◆18年前、一週間の内観合宿に入ったことがある。
過去の反応パターンの書き換えが必要と痛感したからだ。
内観療法の前身である「見調べ」は浄土真宗一派の
修行法で、数名の世話人の下、断食・断水・断眠という
苦行を課し、完全に熟し仏の慈悲に触れるまで生死をかけて
取り組むものだったという。

◆合宿では一日中、屏風で仕切られた一畳の間に座り続け、
あらんかぎりの集中力を発動させ、リアルなヴィジョンを
見るレベルで過去を思い起こしていく。
そのとき私を含め3名の参加者がいたのだが、屏風の隣は
高校生ぐらいの少女だった。

◆指導員による面接が一日数回あるのだが、漏れ聞こえて
くる話ではどうやら売春を繰り返してきて、更生の一環
として連れて来られた様子だった。
最初の数日は内観の目的も意味もわからずガサゴソ落ち着かない
ようだったが、しばらくすると面接の様子がガラッと変化した。

◆「親の気持ちも考えずに何をやっていたんでしょうか私は…!」
と嗚咽し「こんなにも愛されていたのに!ごめんなさい!
ごめんなさい!許してください!」と、堰き止めていた何か
が決壊してどんどん溢れ出してきた。

◆少女の全霊の叫びに触れ「ああ、この子はもう大丈夫だろう」
と了解し、私自身の内観も深いところで喚起されたのだった。

◆「安心=安全」ではない。

◆頓悟は漸悟
漸悟は頓悟

◆静けさの中にあるのではない。
それ自体が「静けさ」なのだ。

◆それは、環境に依らない。
環境に依るのは、それを「知りたい人」だけ。

◆「それそのもの」に留まろうとしない。

◆時空を介する情報伝達は非効率だが、
摩擦による曲解を意図的に仕組み、
創発的な自己生成を起こそうとした。

◆私たちの独り言は、信頼において消える。

◆仏教で言うところの「人間は糞袋」っていうのも
諦念を促すための方便だよね。
実際、身体の排泄システムは「この私」なんかよりも
ずっと知的だし。

◆「老い」と「死」がセットなのは、
直列的時空の発想。

◆段階的な「老い」は「死」の必要条件ではない。

◆「死に向かっている」という無意識の
方向感覚を切断する。

◆だからといって、死に抵抗したり不死を
目指したりするわけではない。

◆「生 ⇔ 死」ではなく「生 = 死」なのだ。

◆「時空の中」の私たちは、未だかつて
生と死を体験したことがない。
無意識に生まれ、無意識に死ぬからだ。

◆畢竟するに「生死」と「人生」は無関係だ。

◆この世の眠りは、あの世の目覚め
この世の目覚めは、あの世の眠り

◆自己不信があると、自分を手放せない。
手放したら「自分の知らない自分」が何を
仕出かすかわからないと怖れているからだ。

◆自分の知らないところで世界が回るのを怖れ、
自分のこの目で見続けようと血眼になっている。

◆限定された意識において、
肉体は緊張の結晶としてある。
結晶は、脆く壊れやすい。

◆肉体に枠はない。
この私が枠をつくり、自らひっかかる。

◆【ワンポイントチェック】✔
足の裏がピタッと地面にくっついていたら、
その環境は今の自分が居るべきところ。
占いに頼る前にチェック!

◆重力に依らないグラウンディングもあるんだよ。
("ground"の意味が変わってくるけどね)
意識は本来、いかなる惑星にも属してないから。

◆覚醒は新しい知識じゃなくて、もともと知って
いたことの再認なんだけど、知識を詰め込みすぎると
「知ったこと」を「知っていたこと」と錯覚してしまうよ。

◆「知っていたこと」を、アタマで思い出そうとしない。

◆パスワードの必要ない世界になりますように。

◆全人類、満員電車では傘の軸を正中線に沿わせますように。

◆「願い事」は空白の瞬間に動くが、
願う者も叶える者もいない。
その時それは「願い」ではなく「事」でしかない。

◆願った事と叶った事の相関関係を
見出す要員としての私。

◆願いごと=神への不満

◆七夕の願い事は、中国の「乞巧奠(きこうでん)」
という風習に由来している。
織姫にあやかり機織りや裁縫の上達を願った。
織姫はこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイル。
つまり地球人は毎年、ベガ星人に願い事をしているのだ。
「モテますように」とか願われてもねえ。

◆私たちは紐のないペンデュラムで、
目的も方向もなくダウジングし続けている。

◆電車でよく見る、広告のキャッチコピー
「この世界には君と僕だけいれば充分だ」
オプションで、蛇も一緒にいかがですか?

◆無条件の愛は、条件下で気づかれる。

◆気にすることは、気づきではない。

◆気づかれた「気のせい」は、
気づかれなかった「気」のせい。

◆気づいている者同士は、言葉を持たない(持てない)。

◆気づいている者が気づいている者と目が合えば、
明晰夢はそこで消える。
夢のルールに抵触するからだ。

◆ひとつの宇宙が終わるまで、
ひとつも忘れ去ることは出来ない。
覚えているべきことなどないと知れば、
宇宙は私を手放してくれる。

◆毎夜、家の前を大声で歌いながら通り過ぎていく人が
少なくとも3人いた。
コロナ禍になり、レギュラーメンバーが5人ぐらいに増えた。
コロナ前は「負けないで」的な選曲が多かったのが、
コロナで「ええじゃないか」的な選曲にシフトした。
コロナ後、彼らの叫びが何処へ向かうか注目している。

◆マスクは鬱陶しいし空気が思う存分吸えないけど、
吸うことよりも吐くことをメインにすると、
半強制的にサマタ瞑想の導入になる。
息を吐き切ったらすぐに吸い始めずに、イメージと
肉体の境界にフッと意識で滑り込む。

◆そうすると、肉体の呼吸が止まる苦しさの一歩奥に
抜け道のようなところが見つかるので、
そこに細く深く入り込んでいけばいい。
マスクして目を開けてれば、いつでもどこでも
誰にも気づかれずにできるよ 笑

◆毎瞬毎瞬、意識の不明瞭な癒着を「自分」
という感覚にすり替えている。

◆空気の密度は測れるけど、空の密度は測れない。

◆私たちは「考える人」というよりも
「考えに巻き込まれる人」だ。
覚醒は「考えない人」になるわけではない。
考えに巻き込まれなければ「考えられる人」になる。

◆ちなみにロダンの「考える人」は思索に耽っている
のではなく、地獄を上から「見ている人」なんだよね。

◆酔っ払いが駅のホームで叫んでいた。
「『こんど』と『つぎ』どっちが先なんだヨォォォォ!!?」
考えるな、感じろ!

◆表現は飽きても、覚醒は飽きない。



関連記事 ⇒ 【「夢の物理」「ゲシュタルト崩壊」「経典」 覚醒からのつぶやき 10】


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【「預言者」「聖地とUFO」「遠隔量子実験」 覚醒からのつぶやき 50】   

2021/07/01

つぶやきをランダムにまとめました。

アロエ アロエ2
ヒョロヒョロのびたアロエの花


◆家のアロエが4年越しで咲いたよ~
花言葉は「迷信」「苦痛」「悲嘆」
…何でも受け入れますとも、ええ。

◆覚者は、預言者たり得ない。
何らかのヴィジョンが見えたとしても、
前後の相関関係に意味を見出せないからだ。
次の瞬間のことは知らないし、興味も持てない。
勝手に語り出すことはあるかもしれないが、
語っているのは「その人」ではない。
そこに意味を見出すのは、常に「この人」だ。

◆覚者はまた、ヒーラーたり得ない。
癒す人も癒される人も見出せないからだ。
それを言ったら、教えるっていうのも矛盾してるけど、
矛盾しちゃいけないわけでもない

◆世界の個々の問題にフォーカスすれば複雑すぎて
途方に暮れるが、根幹の構造自体は非常にシンプル。
「いや、そんなはずはない」と言い張る人は
「複雑な自分」というアイデンティティを保ち続けたいのだ。

◆「難しい人だったけど、死んじゃったら呆気ないね」
というときの「呆気なさ」こそ、私たちの本質だ。

◆生と死を呪術化しなければ「呆気なさ」
は呆気ないままに昇華する。

◆17時を過ぎると、いつも慌てて帰宅する知人がいた。
18時過ぎから毎日、強烈なサマディがやって来て恍惚
として動けなくなるからだという。
瞑想は24時間いつでも起こるが、こういうパターンもある。
あまりにも純粋すぎたその人は、神に愛されすぎたのか、
幸せなまま夭折してしまった。

◆今日、6/24は「UFOの日」。
1947年、アメリカの実業家ケネス・アーノルドが自家用機
でワシントン州レーニア山付近を飛行中、9つの円盤型の
飛行物体を目撃した日が由来とのこと。
この1年間、ちょくちょくUFOについて呟いてました 笑

◆ちなみにUFOといえば、私のプロフィールには
こんな記述があります。
『授業中に突然、前方の黒板と先生が彼方へ遠ざかり頭上
に巨大な母船の船腹の存在を感じて気が遠くなったり、』
パートナーには「プロフィール怖い」と言われています 笑

◆日本では未だ知名度が低かった15年ほど前、
急に思い立ってUFO飛来で有名なアリゾナ州セドナ
を訪れたときの話。
カセドラルロックという岩山の聖地の山頂で、持っていた
モルダバイト(隕石由来のテクタイト)の欠片(前日に2つに割れた)
をボルテックスの吹き出し口に落っことしてしまった。

◆遠隔量子実験よろしく、モルダバイトの片割れたちは今、
セドナと自宅にあって呼応しあっている 笑
真面目な話、こういうのって本当はちょっと笑えないんだよね。
特定の聖地にアンカリングしちゃってるのもマズいし、
UFOの軌道に影響あたえちゃってもマズいし…笑
妙なカルマを創ってしまったな~

◆夫婦別姓判決が話題だが、個人的に姓は便宜上の
関係を示す符号という感覚が強い。
父方の祖母が再婚し、父も私も血族関係にない祖父の姓
を引き継いでいるからだ。
この符号的な感覚はさっぱりしていて気に入っているのだが、
覚醒においてはたとえ血族関係の姓であっても同じような
感覚になるはず。

◆ちなみに下の名前は、親が冬の海が好きだという理由で、
もう少しで「寒海(さもみ)」になるところだった。
お腹の中で必至に抵抗してなんとか覆したけど。
だって、冷え性で幸薄そうじゃないですか 笑

◆「起きなければならない」というのも幻想。
「起きる人」はいないのだから。

◆いかなる世界観にも縋らない。

◆ワーク中、長丁場で集中力が途切れ空間がボ~ッとする
場面がありましたが、そのことに全員に気づいてもらったとたん、
カ~ンとハリが戻りました。
ただ気づくだけでいいんです。

◆ワーク前に寄ったコンビニで
「あの世のリズムとこの世のリズムで踊らせてよ~
あの世のリズムとこの世のリズムで踊らせてよ~」
と流れてきて「!?」となった。
平井堅の『1995』だった。
そうそう、それぞれのリズムで踊ってるんだよね。

◆先日、カレー屋で
「戦ってしまうよ~戦ってしまうよ~」
「撃て!このゲームが終わらないように」
「撃て!このゲームが終わらないように」
「撃て!このゲームが終わらないように」
と流れてきて「!?」となった。
ゲスの極み乙女。の『戦ってしまうよ』だった。
戦ってしまうよね~。

◆「空中で1つのボールを全員の指で支えて中心が移動していく
のにまかせるワーク」では、中心に委ねてしまえばいいんだけど
「ボールを支え続けなければ」と意図すれば中心の移動と自分自身
がズレていく。
そうすると、現象として顕われるボールの動きも自分自身の動きも
ギクシャクする。

◆「軽い=高い」ではない。
「重い=低い」ではない。

◆全部から離れた結果として、座標のない中心にある。

◆赤ちゃんは無垢だが、無執着ではない。
無自覚な執着によって、生まれてくる。

◆無執着と無頓着は、似て非なるもの。

◆「無執着」に執着する人は多い。

◆無我とは、空気のようにあることではない。

◆空間も空気も、無意識な背景に埋没しすぎている。

◆時間と空間は同時に発生するが、空間が先にあって
その中で時間が発生しているように錯覚しやすい。

◆気づきと空間の癒着に気づく。

◆「自然は真空を嫌う」アリストテレス

◆呼吸そのものを見ているのではなく、
内臓と骨と筋膜の関係性を見ていることに気づく。

◆ヴィジョンを肉体の目で追わない。

◆人間であることよりも、宇宙であることのほうが、
圧倒的にコンパクトで軽い。

◆人類史を背負えば、既存の宗教に取り込まれる。
宇宙史を背負えば、未知の宗教に取り込まれる。

◆生まれては死ぬサイクルで、ギリギリ逃げ切った
つもりになれてしまうシステムが、目覚めを留保し続ける。

◆イメージを先取りすると、私と世界がズレていく。

◆中心を無限にひっくり返しながら、
マンデルブロ集合のように増殖していく。

◆響きを聴いたら、もう遅い。

◆主観的な痛覚は、点ではなく面。
点単体では、痛みは感じられない。

◆痛みの中心は凪。

◆熱したフライパンに触れてしまったとき、
反射的に「アチッ!」と指を離す前の刹那にパパパパッ
と様々なイメージが流れていくのを見切れることがある。
そのとき、指は熱さの中心の何もないところにあって、
のんびりと「脳って反応するの遅いな~」などと眺めていたりする。

◆痛覚は「遅い」。

◆極度の集中が痛覚の速度を超えると、
無感覚になる。
このとき、肉体は存在しない。

◆無痛症という遺伝性疾患がある。
先天的に痛覚と温度覚が欠損しているため、体に傷ができたり
火傷を負ったり何かにぶつかったりしても無自覚だという。
そのため、気づかぬまま致命傷を負うこともあるが、
体験談などを聞くと一般人と死生観が若干異なるようだ。

◆例えば、車に轢かれてもまったく痛みがないため、
物理的に肉体が轢かれることへの恐怖心はほとんどないという。
死を理解しない子供の頃は、ベランダから飛び降りたりしてしまうそうだ。

◆ただし、成長するにつれ死という未知のものに対する
心理的な恐れは出てくるという。
それはまさしく、後天的な概念への恐怖だ。
だが、痛みの概念がなければ、恐れが肉体感覚と癒着し
必要以上に増幅されることはないだろう。
この疾患が幸せなのか不幸なのかは、当人しか知り得ない。

◆思春期の男女がぶつかった瞬間に肉体が入れ替わる、
ありがちなラブストーリーで「異性の体ってこうなの!?」
とか驚いてるけど、実際に他人と入れ替わったらまず外見
などより、内部感覚の違和感で気が狂いそうになるだろう。

◆呼気の出入りや、軸の傾きや、頭蓋骨の圧や、
口腔内の舌や歯の位置や、視野の範囲や、腸の重さ等々。
ましてや、宇宙人が人間にウォークインしたらどうなる
と思います?
体の中で窒息死するよね 笑

◆すべての瞬間が、神回。


モルダバイト
モルダバイトの片割れ


関連記事 ⇒ 【「肉体と生殖」「自我の卒業」「既知と未知」 覚醒からのつぶやき 27】


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