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【「啓示」「地球を卒業?」「真空と恩寵」 覚醒からのつぶやき 65】            

2022/01/18

つぶやきをランダムにまとめました。

御苑
御苑で雪だるま作り。賽の河原?


◆世界は「ガチャ」ガチャ。

◆カルマはガチャに非ず。

◆神にマルチタスクなし。

◆無限手先を読むために、
無限に分離する私たち。

◆覚醒とは、悦びのコスパが最強の状態。

◆臨在に色なし。

◆ワンネス体験は次元に依拠するが、
ワンネス自体は次元に属さない。

◆認識が次元を固定するとき、
矛盾の辻褄合わせで分離が派生する。

◆本来、次元は固定されていない。
次元の棲み分けは幻想。

◆真空に貼りつき、無音の運動に慄く。

◆無音のハートは、宇宙でただひとり震えて在る。

◆鼓膜は、振幅を「見る」。

◆神は振動にあらず。

◆「全方位のグラウンディング」=「無方位のフローティング」

◆底のある「存在感」から、底のない「存在」へ。

◆実体を密度で実感しない。

◆心身が世界にぶつかっている。
ぶつかったものだけ見ている。

◆時空をくぐり抜けようとしない。

◆「くぐり抜け」は、通過「偽」礼。

◆肉体と魂に刻印された「通過」の強迫観念に気づく。

◆「非感覚」≠「無感覚」

◆極論すれば、肉体・精神・魂・霊を問わず人間の問題は
ほぼ全て、相対的な速度と質量の調整のみで解決する。
逆に言えば、速度と質量の異なる位相を「ひとつの世界」に
押し込めようとするから、問題があるように見えているのだ。

◆寝入りばなに「神っぽい啓示」が聴こえるのに味を占め、
一生うとうとしているのが「宗教家」といわれる人々。

◆この世は睡眠学習。
学習成果は夢の中。

◆入浴中に閃く啓示を忘れてしまう、ムラナスルディン。
ある日、風呂場で閃いた。
「そうか、ずっと風呂入ってればいいんだ!」

◆睡眠中に閃く啓示を忘れてしまう、ムラナスルディン。
ある日、睡眠中に閃いた。
「そうか、ずっと眠っていればいいんだ!」

◆好き嫌いにプライドを持たない。

◆自分の好き嫌いを面白がる。
他人の好き嫌いも面白がる。

◆「ノンフィクション」というフィクション。

◆考えるのが「面倒臭い」人に、無思考は訪れない。

◆怠惰な脳ほど「勤勉に」思考し続ける。

◆囚われているのは思考ではなく、感覚と感情と記憶のキメラ。

◆「この世はジョーク」というけど、神自身は構造的に
ジョークは言わない(言えない)。

◆赤ちゃんは、ふざけない。

◆ギャル「神みw」
神み(かむろみ)「その『み』じゃない」

◆【明るい緑化運動】
「笑えば、草生える」

◆「インセンシティブな内容が含まれている
可能性のあるツイートです」

◆こんがらがった思考は、
知恵の輪みたいに立体的に外そう。

◆多次元の知恵の輪のほうが簡単。
なにも「交差」してないからね。

◆聖徳太子は一度に10人の聴聞は出来ても、
一度に10個の発話は出来ない。
ヒトの形態と物理的時空の限界。

◆10人の話を聞くのは難しいが、
10人の姿を見るのは易しい。
10人ひとりひとりを区別しなければ。

◆聖者は一言に含まれる倍音で対機説法する。
万人に響くので、言葉はシンプルになる。

◆それにつけても、私めの言葉の多さよ 笑
言いたいことは一音だけなんだけどねえ。

◆背骨を直立させて、存在にバンジージャンプする。

◆実際にバンジージャンプしてみると、
意図なき声が身体を貫く感覚がわかるよ。
それは「遺体から声が出る物理的珍現象」とは
似て非なる、生きた現象なんだ。

◆やることがないと寝てしまうのが人間。
やることがなくても起きているのが神。

◆「睡眠」という肉体現象が「目覚め」を複雑にしている。
だから、いったん肉体を置いておこうと言うのだ。
ただし「わかる」には、やはり肉体の目との一致が必要。

◆「愛」という言葉に気絶しない。

◆この世のタブーを解くには、肉体と神話の癒着を剥がすこと。

◆「神話」は、あくまでも「話」なんです。

◆「肉体のカタチで死にたい」という
「人間的」なプログラミングの呪縛。

◆魂という名の形状記憶。

◆「人間としての完全体」への野心と郷愁を解く。

◆「地球を卒業」っていえば聞こえはいいけど、
問題児が体よく放校される場合もあるからねえ。
学校っていうのは、勉強しなくても卒業できちゃうし。

◆「この世=学校」という発想は、新たなる時空の呪縛。

◆とはいえ「だるま落とし」は、地球でこそ。
「だるま」は「ダンマ」なんて高尚なこと言ってないで、
重力のあるうちに肉体という「だるま」を愚直に落とそう。

◆修行者に必要なのは「空白」をどこにも落とし込まない諦念。

◆空白は記録できない。

◆覚醒に「多角的視点」はない。
「多角」「視点」は、3次元的発想。

◆覚醒に「対偶・逆・裏」はない。
真偽がないからね。

◆波動の真ん中に浮かび上がる「線」は、時空の亡霊。

◆通過「点」は、実存し得ない。

◆「正しいこと」を言おうとしたことって一度もないな〜

◆【相手が区別できない感じ】
この世界ではやっぱり、体とモノがあったほうが
「どこにもぶつからない意識」には気づきやすいね。
力と意図でぶつからなければ、棒の延長の相手も力まず一体化
してるので「倒される」というより自然に「釣られる」。

◆【一筆書きの様なもの】
意図を外して、予備動作の力みと方向を相手に悟らせない。
実際に外せてるかどうか、目に見えるから分かりやすい。
武道だから「目的」は残ってるけどね。

◆【ワンネスポイント】
△「脳が」創造する。 ○「脳も」創造する。
△「脳は」投影装置。 ○「脳も」投影装置。

◆空間的な「ひとつづき」は、ワンネスではない。

◆「それは指一本でわかるんだよ」と言うと
「それじゃ何も変わらないじゃん」と言われる。
「変わること」に真実を求めるかぎり
「変わらないそれ」には気づけない。

◆「絶対的に混ざりけのない注意が、祈りである。」
シモーヌ・ヴェイユ

◆仏語だと
L'attention absolument sans mélange est prière.
英語だと
Absolutely unmixed attention is prayer.
どっちも”attention”だけど「注意」という訳が
引っかかる。
かといって「注視」でも「留意」でもないしなあ。
でも、ヴェイユのattentionの指し示すものは直に伝わってくる。

◆ヴェイユは「注意とは放棄である」と言う。
"attention"が指し示すものは、純粋な宗教体験の核心なんだよなあ。

◆「気づき」と「注意」は異なる。
注意はコーヒーをこぼさないように見張るが、
気づきはコーヒーをこぼすのを明晰に見ている。

◆ヴェイユの"attention”は、上記でいう「注意」と「気づき」
とも異なる。

◆「対象のない祈り」は、宇宙の軌跡とハートの空
が重なって意図が手放され続けている状態です。
この「祈りの原型」が起こることが、覚醒それ自体からの
コミットメントとなります。(Rubin’s workブログより)

◆ヴェイユのいう「注意」は「対象のない祈り」に近いんだけど、
神を置くので「専心」の求心力みたいな感覚が加わる。
それはまさに「真空」がポイントなんだ。

◆「真空」と「恩寵」
ああ!貴方はそれを知っていたのですね!

◆「恩寵は、真空にしか入っていかない」
シモーヌ・ヴェイユ

◆真空は、比喩ではないんです。
実際に、真空を見るんです。

◆【相手が区別できない感じ】
この世界ではやっぱり、体とモノがあったほうが
「どこにもぶつからない意識」には気づきやすいね。
力と意図でぶつからなければ、棒の延長の相手も力まず一体化
してるので「倒される」というより自然に「釣られる」。

◆【一筆書きの様なもの】
意図を外して、予備動作の力みと方向を相手に悟らせない。
実際に外せてるかどうか、目に見えるから分かりやすい。
武道だから「目的」は残ってるけどね。

◆【ワンネスポイント】
△「脳が」創造する。 ○「脳も」創造する。
△「脳は」投影装置。 ○「脳も」投影装置。

◆空間的な「ひとつづき」は、ワンネスではない。


関連記事 ⇒ 【「ワンネス」「3次元とは」「神の降臨」覚醒からのつぶやき 36】


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【「坐禅と動禅」「ジェンダーレス」「多様性」 覚醒からのつぶやき 64】        

2022/01/08

つぶやきをランダムにまとめました。

2022ゼラニウム
毎年、なぜか真冬に咲き続けるゼラニウム


◆想念の足跡を残さず歩く。

◆「途上感」は、進化の幻想。

◆「予感された未来」に流されない。
生は「未知の切先」にしかない。

◆「未知の切先」は、底の見えない崖っぷちのようだが、
恐怖ではなく喜悦しかない。

◆時空から解放されるとき「時空の最先端」
で垂直に串刺しになる。

◆覚醒と輪廻は、時空の同一線上にはない。
「輪廻から脱する」という言葉は的外れ。

◆「しんねん」と打ったら「信念」になった。
信念、空けましておめでとうございます 笑

◆覚者は「明ける年などない」と嘯くけど、
そこは「明ける体(てい)」でもよくない?
人間だもの 笑

◆意識自体には偏りはありません。
また、肉体の形にも偏りはありません。
偏りではなく想念の相対的なズレはあります。
肉体とは瞬間瞬間、断片的に切り取られたイメージを
時系列で編集した概念であり、肉体そのものの完璧な総体
をその瞬間に認識できる人は存在しません。

◆以前、ワークの場所を探していて、とある教会が貸し出して
いる集会室を下見に行ったところ
「おたく、何やってる団体?ウチに相応しくないとねえ。相応しいのかい?」
と牧師さんにジロジロ見られた。
話がややこしくなりそうなので退散したけど、相応しいのか相応しくないのか
未だにわからない 笑

◆遅ればせながら『マトリックス・レザレクションズ』観ました。
「ゲーム」というメタ設定と「二元性縛り」の認識をベースにするかぎり、
覚醒パターンのマンネリ感が否めず。
未だに「戦い=銃&拳法」って、イメージが素朴すぎない?
その想像力のままじゃ、世界を何回やり直しても同じだよね。

◆いい加減、創造の内的拮抗を「戦い」に置き換えなくてもよくない?

◆とはいえ、エンドロール最後の自虐にすべて回収されちゃってる意味
では確信犯なのかも、と思い直すなど。

◆マトリックスでおなじみの「弾丸を避けるシーン」について。
意識はどの瞬間を切り取っても、飛んでくる弾丸の軌跡と同時にある。
認識速度を上げてコマ割りすれば弾丸は見切れるだろうが
「その認識速度は肉体とは同化できない」
ので結局、肉体には弾丸が当たる。

◆事故等で自分の肉体が吹っ飛ぶのをスローモーションで見ていても、
その瞬間の肉体を操作できないのと同じ。
操作する方法もありそうだけど、個人的にはそこまで肉体に執着がないな~笑

◆「心の目で見ろ」というときの「心」は、その位置じゃない。

◆細胞にしろ時空にしろ、コピーにコピーを重ねれば、
必ずエラーが起こる。
それこそが、世界の救いだ。

◆「多様性」は「他様性」。
「多」の前に「他」を認める。

◆多様性とは「ひとつ」である「それ」から分化した結果ではない。

◆「ひとつ」と「多(他)」を同一次元で補完しようとするから
「後ろめたさ」と「エクスキューズ」が付きまとうのだ。

◆3次元の御神体は「対面式」

◆5次元の御神体は、鏡ではない。

◆「闇の中で鏡に映っているものを見よ」

◆「ひたむき」な人は「額の向き」が固定した人。

◆微細な直観は、粗雑な行為に阻まれる。

◆直観をカタチにするって、ある種の共感覚だよね。

◆「金は人を変えてしまう」というけど、金が悪いわけじゃない。
金がないので抑えていた、その人本来の性質が浮上してきただけ。

◆日本の学校のテストは消しゴム使用可だけど、使用不可の国も多い。
良くも悪くも、消しゴムって現代の日本人の精神を象徴してるよね。
墨で書いてた頃は、今よりも決然としてたはず。

◆ちなみに、消しゴムで消す意識ではエゴは消せない。

◆この世の言葉で「真実だけ」を抽出して語ることはできない。

◆「真実が伝わらない」と嘆く覚者は、世界の半分しか知らない。

◆言葉は、常にフィクションを含む。

◆「真実」を探さない。
「事実」を見るだけ。

◆感覚を書き換えるよりも、物語を書き換えるほうが簡単。
だから、取りあえず物語だけ書き換えてきた結果がこれ。

◆苦の報酬としての幸せを求めない。
これは、地球人に染み付いた悪癖。

◆神は無垢に遍在するが、悪魔は巧妙に遍在する。

◆神は完全なジェンダーレス。
人はすぐそのことを忘れる。

◆相対性をグラデーションでイメージしない。

◆「苦」は、苦しんでいない。

◆対義語のない「幸」
対義語のない「苦」

◆「対義語のない言語体系が存在できないのは何故ですか?」

◆「苦」は「幸」の対であるかぎり「意味において」救われ得る。
ただし、その救いは永遠ではない。

◆意味の中心は、無意味でも非意味でもない。

◆意味の中心と無意味の中心は同じもの。

◆「中心にあること」は、心の技術でも体の技術でもない。
だがしかし、それはやっぱりこの世界限定の技術なのだ。

◆中道には支点がない。

◆「無為」と「無意味」を混同しない。

◆坐禅でわかっても動禅でわからなくなる人は、
空を肉体(時空)でとらえてしまっている。

◆「止」の「空」を球にしない。
「動」の「空」を筒にしない。
「無」の「空」を点にしない。

◆カタチを象徴化しない。

◆時差がなければシンボルは不要になる。
記憶を読み解く必要がなくなるからだ。

◆見たことのないものは、見ることができない。
知らなかったものは、知ることができない。

◆知っていることを信じている。

◆完全にオリジナルなものは存在しない。

◆「関係性」とワンネスは無関係。

◆ワンネスはワンパターンではない。

◆イメージ抜きで世界を見る。
イメージ抜きで他人を見る。
イメージ抜きで自分を見る。

◆イメージではなく、イメージの触発を見切る。

◆イメージを見てしまうから、世界から遅れるのだ。

◆まず、他人が存在するイリュージョンにショックを受けないと、
多次元なんてわかりませんね。

◆源に「還る」感覚は、認識の時差から起こる。

◆非効率な運動は存在しない。

◆背骨を直立させて、存在にバンジージャンプする。

◆自我が怖れているのは、無ではなく虚。

◆虚は、肉体という器ありき。


関連記事 ⇒ 【「ワンネス」「3次元とは」「神の降臨」覚醒からのつぶやき 36】


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【1/22(土)14:00~17:00 、17:30~20:30「東京ワーク参加募集」】

2022/01/01

*****  Rubin’s work  東京ワーク開催日時のお知らせです。

座禅 ワーク1


1/22(土) 14:00~17:00 、17:30~20:30
※前半(基礎)と後半(実践)に分けて行います。

通しで受講していただくほうが理解と集中が深まりますが、
前半もしくは後半のみの参加も可です。
(初参加の方はなるべく前半から受講してください)

場所は東京都中央区、参加条件等の詳細はメルマガにてご案内しております。


◆今回は、

【基礎】
・一瞬で集中に入るための軸と姿勢
・どこにも居座らない座法
・呼吸の秘伝的ライン
・丹田のポイントと集中の奥義
・対象のない祈り
・内部の目へのシフト

【実践】
・時空と存在の切先に立つ
・存在の深淵に滑り込むには
・中心の合一から脱中心へ
・エネルギーの最大効率化
・現象の引き戻しと離脱ポイント

をテーマにワークを行なっていく予定です。
(内容は参加者さんの状況によって変更となる場合があります)


◆ワーク開催にあたっては、以下のコロナウイルス
対策を行います。


・参加者間の十分な距離を確保
・息のあがる運動はしない
・参加者にマスク配布
・入場前の手洗い必須化
・入口での手指のアルコール除菌
・平熱以上の方の入場不可
・ワーク中の身体接触回避


◆直近に開催したワークの様子


⇒「遠隔透視と無思考状態」 【12/18(土) 東京ワーク ~所感と解説~その1】

⇒「内部の目と覚醒の起爆力」 【12/18(土) 東京ワーク ~所感と解説~その2】

⇒「自分を描けるか?」 【11/21(日) 東京ワーク ~所感と解説~】


※参加ご希望の方は、拙著「Rubin ~ルビン~ -覚 醒- 認識の転換のために」
をお読みのうえ、まずは以下のフォームからメルマガのご登録をお願いします。


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追って参加条件等の詳細をご連絡いたします。


※参加者一人一人の身体とエネルギーを見ていくため少人数性となっております。
参加希望の方が多い場合は先着順とさせていただく場合がありますことをご了承願います。


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