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「信頼と祈り」 【12/5(土) 東京ワーク ~所感と解説~】       

2020/12/10

◆12/5(土)東京にてワークを開催しました。

ワーク2 ワーク1



【足裏の感覚について】

参加者さんより感想と質問をいただきましたのでシェアします。


<質 疑>

翌朝の通勤で周りの景色が鮮やかでクリアに感じられて、今まで
気がつかなかった物に気がついたりと、何かが違う感じが凄かったです。

また、気のせいかも知れませんが、気絶しない様に気をつけていると、
ATPとかグリコーゲン以外のエネルギー源が体の外にある様に感じられ、
ランニング時などの疲労感が全く違う様に感じられます。

教えていただいた、足の裏を感じながら歩くワークですが、内部の目
(実際に教えていただいておりませんが)と感じられる視点から見ていると、
接触面に隙間が出てきて境界が曖昧になっていき、そこを注視していると
どんどん狭く小さくなっていく様に感じます。
(表皮の接触面はどこでもそれが感じられます。)

今後の自分の課題として、この接触面の境界の感覚は私のイメージ
なのかどうか?そこを詳細に観えるようにした方が良いのかどうか
教えていただききたく、メールを送りました。



<応 答>

接触のインパクトの瞬間は捉えられていると思いますが、見ているうちに
時間的な経過がまぎれこんでイメージに発展しているようです。

便宜上、足の裏を見てはいますが、接触面という面積のある実体が先に
存在するわけではないのです。

受動的に触れてくる接触の瞬間を脳内でつなぎ合わせたものが足の裏と
呼ばれている幻想です。

ここを理解しないと、身体との同化の幻想は見切れません。


また、 境界というのも概念です。

事象が移り変わっていくとき、ひとつの事象を選択し注視しようとすると
必ず自身の意向がまじったイメージに発展していきます。

具体的なポイントとしては「~していく」「~なっていく」という、時間的に
連続して変化していくイメージを追わないことです。

ひとつの事象に興味を持って個人的時間が経過するうちにも、気づかれない
無限の事象が起こり続けています。

感覚は前後の脈絡がなくていいのです。

例えば、ある瞬間、針の先ほどの感触が生まれたとして、次の瞬間にその
感触は宇宙の大きさに広がって感じられるかもしれないのです。


あらゆる事象を「こうであるはず」と決めつけず、ひたすらその瞬間に意識に
触れてきたことだけを正確に見ます。

ただその瞬間に触れた事象だけに気づいて、次の瞬間に連続させようと
意図しないでください。

連続させないといっても、次の瞬間を感じないようにするわけではありません。

ただし通常は集中力の甘さと脳内編集の癖で、イメージが連続してしまった後に
気づくことがほとんどですので、連続してしまったらただその事実に気づきます。

やっていることはシンプルですが、微細に見ていくうちに、このプロセスの中に
自身の反応パターンのすべてが含まれていることに気づくはずです。

その先に進まないとすれば、反応パターンが事象の見方を固定してしまって
いるからです。


感覚が曖昧になってきたら、爪楊枝のワークの能動と受動のあいだの感覚を
実際にやり直してみて、気づきをニュートラルな状態にリセットしてください。

内部の目の訓練は次回ワークで行う予定です。

ここが転換すると、肉体の目と気づきの癒着が剥がれて、より気づきが
鮮明になります。



【ハートの感覚について】

ハートの感覚と対象のない祈りは覚醒へ運んでいってくれる最大の鍵です。

ほぼ毎回、ワークでも取り入れているテーマです。

ハートの感覚と意味を体得すると、祈りが全体の中でどのように起こるかが
具体的に理解されます。

ところが、日常生活でハートの感覚を感じたことがないという人が多くて驚きます。

今回も、数名の参加者さんがハートの感覚がわからないとのことでした。

身体的な位置を指し示すことはできますが、感覚自体はまずは日常で発見して
いく必要があります。

以下、ハートに関して、以前のブログより転載します。


ハートは現象のすべての事象とメビウスの輪のように表裏一体につながっていて、
3次元においては無限に連なる膜のような面としてとらえられます。

現象面に連なる以前のハートと身体感覚が出会うポイントにおいては微細な
振動と響きがあります。


ハートというと感情やフィーリングとともに閉じたり開いたりするようなイメージがあるかもしれませ
んが、本来の機能としては弦のように振動してあらゆる現象と触れるためのポータルとしてあるの
であり、感情やフィーリングと結びついて認識されるのは個人としての人間の思考や身体感覚に
基づいた二次的な感覚です。

純粋なハート自体は閉じたり開いたり溢れ出たり傷ついたりするようなものではなく、相対的な
振動と響きが無限の織物のように紡ぎだされ広がっていることに直接触れています。
(ハートと名付けられた言葉にともなう甘酸っぱさのようなフィーリングの弊害があるとも
言えますが…)


また、ハート単体では個別の現象を区別して認識したり判断することはできません。

触れている面はとぎれのない無限の膜が波打ちながら全体として変化し続けているようなところ
だからです。


今回は、まず各自の感覚から自身で思うところのハートの位置を示していただいたのですが、
人によって思いのほか差異がありました。

個人的には、ハートの位置(具体的な位置については拙著参考)というのは誰しも自然に知っている
ものなのではないかと予想していたのですが、大幅にズレてはいないにしろ、深さや上下の位置の
差にバラつきがあったのです。

この差は、ふだん現象世界で様々な事象に触れたとき、人生を通してどのように認識し味わって
きたかの積み重ねの差であり、よく言えば各自の個性ということになります。


純粋なハート自体の機能に触れるためには個が落ちていることが必要になるのですが、まずは
個別の身体を通した二次的な感覚から遡っていくために、各自の経験からくるハートの感覚について
聞いていったところ、「なんとなくじわじわする」「痛みを感じる」「ふわっとあたたかくなる」といった
応えがでたものの、ボキャブラリーとしても感覚としてもあまり具体的なものではありませんでした。

今回の参加者が男性だけだったこともあるかもしれませんが、なにかハートの琴線に肉体的に
触れる事象(例えば何かに感動して胸がいっぱいになる、悲惨なものを見て胸が張り裂けそうに痛む、
愛しいものに触れて胸が爆発しそうになる、他人の優しさに触れて感謝が溢れだす、後悔の念で胸が
チクチクする、不安で胸が押しつぶされる、等)が起こったとしても、それをハートの位置にとどめて
味わうことなく、すぐさま思考と概念に転化して理性を保とうとする傾向があるのかもしれません。

(誤解しないでいただきたいのは、今回の参加者さんがハートで何も感じていないということではなく、
感じているもののそれを「ハートの経験としてハッキリとは認識していなかった」ということです。)


まずは、感情と感覚と思考を切り離し、それぞれを単体で具体的に感じ取れるようになることが必要です。

そして、感情を切り捨て「無だ空だ」と先を急ぐ前に、人間としての感情を存分に味わい経験することが
必要です。

そうしなければ、その奥に潜むハートの純粋に響く場を見つけ出すための感性と直観が養われない
からです。


何かが「わかる」ということは、具体的な衝撃を伴って核心に「響く」ことです。

これは「腕にナイフを突き刺したら痛さで飛び上がる」のと同じぐらい具体的・衝撃的なものです。

この「響く」場は、人間として何をどう経験し味わってきたかということに自覚的でなければ
形成されません。

ぼんやりとした経験からなる感性は緩んだ弦のようなもので、弾いても響かないのです。

だから、覚醒や悟りを求めても結局、人生をあらためてやり直すことになる人が多いのです。

人間としての日常を馬鹿にしてはいけないということです。

日常の一挙手一投足すべての経験の中に鋭い感性と直観を養う鍵があるからです。


ただ、人間の経験は思考・感情・欲求など様々なレベルが混線し、ひとかたまりのものとして
粗く雑に認識されています。

そのため、いったん経験し味わいつくした後に、それらの混線を解きほぐしていく必要があります。

瞑想とはいわば、この「解きほぐしていく作業」そのものです。




【信頼と祈りについて】

ワークの参加者さんが「飛び超える寸前の感覚が何度もくるけどなぜか止まってしまい、
何が止めているのかわからない」と質問されました。

この方の場合、内的な張力がまだ引き絞れる余地があるのと、内部の目の
不明瞭さはありますが、それらが途上でもタイミングによっては一瞥が起こるでしょう。

「遠慮せずに、飛び超えていいんですよ」とお伝えしたとき、エネルギー的な
促しと祝福を感じました。


あとは「信頼と祈り」が自動的に連れていきますが、信頼の確立のために一瞥が
先に来る場合もあります。

大切なのは純粋な信頼であって、智慧や技術は後からどうにでもなるのです。

タイミングはすべて決まっており、誰にもコントロールできません。

わたしはその方のタイミングを全面的に信頼し、自身の軸に重ねて祈るだけです。


関連記事 ⇒ 「座法の姿勢」 【1/13 (日) 大阪ワーク ~ご感想と応答】

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