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【覚醒からのつぶやき 22】        

2021/01/23

ツイッターのつぶやきをランダムにまとめました。
タワシ2
◆【写真でひとこと】 ↑
「ワタシは在る、アナグラム的に」

◆気が急くのは肉体の焦りです。
気は焦りません。
気は光の速さを超えています。
気に追いついたら、体は消えます。

◆体を消す修行なんかしなくても、
体はいつも消えているんですよ!

◆オンタイムで体が消えてあること。

◆「覚醒バイアスはトリッキーなので気をつけろ!」

◆覚醒を語る「人」は覚醒していないけど覚醒の顕れ。

◆寄っても引いても逃げていく。
逃げていくのも自分。
それは、逃げも隠れもしない。

◆私たちは、世界に入れられたマイクロチップです。

◆マイクロチップにマイクロチップを入れられる今さら感。

◆「怒ることは起こっているのです」
と言いながら怒っている人を、怒らないであげましょう。

◆すでに願いが叶った世界が、これです。
願ったことは、後から気づかれるのです。

◆「ありのまま」という名の放逸。

◆【ヤホー!知恵袋】
質問「アブダクションでチップ埋め込まれたんですけど、
地球のチップと干渉しないでしょうか?」
回答「大丈夫、一日中ヨーデルが聞こえるようになるだけですよ」

◆瞑想とは、100m走のスタート0.1秒前が
永遠にピン留めされたようなもの。

◆この私は、未知と既知のあいだのゆらぎ。

◆この世界は、個我の存続がベースにあるかぎり、
認識を鈍くしないと正気を保てないように出来ています。

◆未だに天動説感覚が抜けないことに気づきましょう。
それができたら、天動説も地動説も外しましょう。

◆綿毛を摘まむのに、上腕二頭筋を緊張させたりしないでしょう。
意識だって、瞬間瞬間にぴったりのバランスにあればいいだけなんですよ。

◆数字を123456789と並べたのが、この世界です。
数字は、ただの記号です。
数字を順番に並べる引力が、創造主の意志です。
この順番は、この世界だけで通用します。

◆体の輪郭が、世界の枠をつくる。

◆意識では、輪郭はすでにバラバラなのです。
毎瞬毎瞬、人型をイメージしてないでしょう?

◆「世界は幻想です」という、ひとかたまりの気絶。

◆○ ⇒ ○○○ ⇒ ①②③
世界はこのように認識されますが、
矢印を逆にたどっても元には戻れません。

◆自ら取り残してしまった「悲しみ」を救うために、
慈悲というアイディアが生まれた。
ウロボロスの慈悲は、悲しみを幽閉し、自己憐憫に陶酔し続ける。

◆「この世界は幻想です」と言うけれど、
幻想じゃない別の世界があるわけじゃないんですよ。
どこかの世界にいる自分、という観念自体をまるごと外さないと。

◆マーヤのうねりは、かくも人を気絶させるという、昨今の狂騒。
私たちはいったい、何を望んで生まれてきたというのか。
私たちが、このうねりにパワーを与え続けているのだ。

◆隠されていたシナリオは、今、自分が書いたのです。
自分が書いたかどうか、疑心暗鬼になっているのです。
そこに気づくしか、疑念は解けません。

◆「覚醒したい。でも…」
「覚醒したい。だって…」
まず「でも」と「だって」を落とす。
そして「したい」も落とす。
さらに「覚醒」も落とす。
さいごに「落とす」を落とす。
そうすれば「 」が落ちる。

◆「私は何もやっていない」ことを悟った人は、
本来の身の丈に沿って肉体を全うするようになります。
身の丈を超えたエネルギーを放てば、不均衡なゆらぎが
「世界を動かしてしまう」ことを知っているからです。
名も知れぬ覚者たちが、世界をただこのままそっと愛でています。

◆子供たちが描かされた標語ポスターは、
この世でいちばん悲しいもの。

◆不自然な自然
自然な不自然
どちらも「ありのまま」

◆本能と野心が、不気味の谷のパラメータ。

◆時間を使っても、時間に使われても、時間の綱引き遊び。

◆AIにゆだねる夢は、神にゆだねる愛の作為的試算。

◆覚醒願望にしても陰謀論にしても
「使われているのか?いないのか?」
という疑念が根底にある。

◆【ワンポイント・ボディハック】
脇の下を引き上げると、肘を張るエゴが引っ込みます。
(肩は上げない)

◆ヒト型は、品種改良された愛玩動物になっていく運命。
幸か不幸かは、あなた次第です。

◆使っている者も、使われているのです。
そして真理は「使う/使わない」とは、
まったく関係ありません。

◆器官が響きに震えるのではなく、
震えたい響きがつどつど器官を組み立てる。

◆音を耳で聴きにいかない。

◆人間は首の尾をつけて羊空に浮いている。

◆体は脳のトーテムポール

◆体は私とかくれんぼしている。
世界は私と鬼ごっこしている。

◆体は時差の幽霊

◆存在は、原因と結果の時差がゼロ。

◆私が老いるのではなく、老いが私を間借りする。

◆覚醒は視点が固定されないからこそ、
成長は勝手に起こるんですよ。
もちろん「この私」が行動し、成長します。
時には、自覚的に視点を固定します。
無我と能動的行為は、なんら矛盾しません。

◆意見がぶつかるのではない。
執念がぶつかっているのだ。

◆正誤に固執する前に、
この瞬間のエネルギーに気づく。

◆この神は、言葉と同時に生まれ、
その神は、言葉と同時に死んだ。

◆この世の神は、タブーを植えつける。
世界は、この神にびくびくしている。

◆認識のアクロバティックな転換を、
既知の感覚に回収しないこと。

◆世界が私をトコトコ駆け巡る。

◆生は♫
死は♪
今を切り裂くリズムになろう。

◆私たちは、木の中にいる仏像。
仏師には、その姿が見えてる。

◆生まれた時から覚醒に基づく言語で育てば、
みんな自然に悟れる。
地球上にはないけど、
何となく創れそうな触覚はある。

◆宇宙人から見たら、
地球の言語はすべて似たり寄ったりだろう。
人間の身体と認識の構造が同じだからだ。
主語や時制はもちろん、モノを指し示すという感覚や、
一語ずつ順番に並べるルール自体が不思議に見えるはずだ。
覚者はこの辺りの感覚に敏感になる。

◆この瞬間は、一切のルールから解放されている。
そこに存在の慣れ合いはない。

◆猫の香箱座りとかオッサン座りとか笑えるけど、
人の椅子座りも膝や股関節を器用にカクカク曲げてて
可愛いんだよね。
椅子に座るたびに、人類を感じてフフッてなる。

◆その点、結跏趺坐の足なんかは、
ネジネジ必死すぎて可愛くはないね 笑

◆例えば、膝が一方向にしか曲がらないっていうのも、
まったく当たり前じゃないんですよ。
無意識にとってるカタチが、
いかに私たちの認識を規定しているか気づこう。
覚醒は毎瞬が、規定の再発見と驚きなのだ。

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