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【「解脱」「悟りとは何か」「死の走馬灯」 覚醒からのつぶやき 48】   

2021/06/17

つぶやきをランダムにまとめました。

茅場町__


◆「悟りとは何か」という問いは、
悟りから一番遠い。

◆未だかつて、悟った「人」はいない。

◆解脱「者」って、何の冗談でしょうか?

◆「他者との分離」=「自己との分離」

◆メタ認知から漏れた領域を、他者との分離
でカバーしてきた結果が、この世界。

◆理解不能な自分でいるよりも、理解不能な
他人を創ったほうが都合がよかったんだよ。
多重人格の外付ハードディスク版。

◆正気の主張は、狂気の始まり。
狂気の主張は、狂気の居座り。

◆「あの世には何も持っていけない」って
言うけど、イメージは持っていけるからね。
世界はイメージだから結局、すべて持って
いけちゃうんだよ。
だから、この世で生きたことが一切、
チャラにならずに引き継がれるの。
怖いですね〜!!

◆私たちの肉体は、地球を軽々と支えている。
地球を重くしているのは、私たちの想念なのだ。

◆経験を後生大事に死守するのではなく、
経験によって開いた直観で毎瞬毎瞬、刷新し続ける。

◆「現実」にグラウンディングするために、
あえてジャンクフードを摂ることもある。
いったん、肉体の波長を合わせないと対処できない
問題もあるからね。

◆「その人と一緒に何を食べたいか」
という感覚を見てみる。
それが「その人とどの波長の関係か」を表す指針。
ちなみに、食べるのは物質だけじゃないよ。

◆人は、胃だけで食べているのではない。
頭で食べることもあれば、想念で食べることもある。
ただ、腸というのは面白い器官で、位相の
異なるものもここで「消化=昇華」される。
「腑に落ちる」という言葉があるように、この次元の
構造では、頭で食べても頭だけでは消化できないのだ。

◆「食べると重くなる」というのは、
固形物にとらわれた感覚だ。
私たちは24時間、なにかしら固形物を胃腸に入れて
消化し続けている。
その重さと熱を、自分だと勘違いしているのだ。
肉体が固形物を摂るとき、消化にかかる時間と
その感覚の推移、これが時空を生んでいるといっても
過言ではない。

◆その場で完結する、揮発性の消化もある
ただし「消化=昇華」という発想があるかぎり、
どの次元においても時空は発生する。

◆「消化=下に落ちていくもの」という無意識の
感覚が、私たちをこの次元の構造に縛っている。

◆無意識の消化の構造を見切るために、
断食をしてみるといいです。
不食になる必要はないです。
不食もまた、肉体と階層ありきの概念です。
ただ、構造の囚われを知ればいいのです。

◆憎くて仕方がない人がいたら、イメージで
その人を飲み込んでみよう。
実際に口から入れて「ゴクン」とハラまで落とす。
もし飲み込めるなら、その人を受け入れる余地がある。
どうしても無理ならば、
時間をおいて試すか去るかしかないね。
「消化」っていうのは、意識と直結しているから。

◆ちなみに「憎い奴を飲み込んで、排泄物として
出してやったぞ!」っていうのはまた別の話だけど、
そこまでいくとある意味、愛だよね 笑

◆生理から切り離された概念は、この世に存在しない。

◆「考えているうちに、時間が過ぎていた」
ということがある。
そのとおり、思考すれば時間を食う。
ただし本来、思考自体は時間とは無関係だ。
思考「する」ことは、私が理解できるように思考を
順列に「展開する」ことであって、これが時間を食う。
理解以前の思考は、直観として時空を超えてある。

◆聖者に完璧さを求めるのは、私たちのエゴ。

◆顕在意識と潜在意識の上下を逆にしてみよう。
潜在意識が「下」にあるという感覚は、顕在意識の
思い込みだ。
かといって「上」にあるわけでもない。
そもそも、顕在意識と潜在意識の区別など存在しない。

◆視界と認識の癒着を解く。

◆この認識は、超ローカルルールです。

◆目は、この認識のメタファーなんだよ。
この認識は、サードアイとかサハスラーラとかを
目に例えるんだけど、それはもう「目」では
ないんだよね。
そこからは、視点の話ではないのだ。

◆産道を通るって、
空間認識の最初の刷り込みなんだよね。
そこで、人類の共通認識が引き継がれる。
産道を通らない生まれ方だってあるんだけどね。

◆出産を肉体の神秘に留めておくかぎり、
母なるマトリックスは肉体から解放されない。
これは、出産を否定しているわけではない。
出産の純粋性を「肉体と血への労い」だけに
貶めるなということ。

◆本当は誰もがまったく唐突に今、生まれてる
んだけど、この次元に産まれる瞬間はやっぱり
産道のような磁力の拮抗の中を通る。
それが後付けの共通認識として、産道の記憶を
「創る」んだけどね。
わけわからないでしょう?笑

◆世界を「神聖」という名の混沌に留めておこう
とする意志が、私たちを眠らせてきた。

◆見たくないものを見ようとすると、眠くなる。
私たちは、真実を見たくないから眠っている。
真実を見たら、世界が終わってしまうことを
知っているからだ。

◆「今日のラッキーカラーは、赤!」
「今年のラッキーカラーは、青!」
「一生のラッキーカラーは、全色!」
「全劫のラッキーカラーは、無色!」
神「ラッキーってなんだったっけ?」

◆最高の日に生きるよりも、最高の日に
死ぬほうが幸せの絶頂だよね~
生きてたらそのうち「まだこれ以上の幸せ
があるんじゃないか?」と疑い出すから。

◆創造は気づかれた瞬間、結晶化する。

◆無意味なシンクロの頻発は、
創造の計画から解放されてきた合図。
有意味なシンクロの頻発は、創造の参入を
続行するか否かを問われている合図。

◆この世界は、創造主を忘れないための覚書。

◆世界の裏を知りたいのは、自分に裏があるから。

◆「裏側」を見るために、世界を回転させている。
一回転したら、もう次の裏が見たくなる

◆客観的な裏を暴くのではなく「裏があるのではないか」
という主観的な疑いを暴く。

◆疑い自体には、裏も表もない。
そこに「疑い」と「囚われ」があるだけ。

◆地球に「裏」はありません。

◆自由とは緊張からの解放ではない。
私が気づこうが気づくまいが、緊張の只中にも自由はある。

◆「宇宙の果て」はぼんやりしているのに
「地球の日常」はくっきりしているように錯覚している。

◆全体を外側から見る者はいないが、どこにいても
中心であることが確かなとき、外側を確かめる必要はない。

◆手の輪郭に囚われていれば「私の手」は
モノの中心に触れることはできない。
だが、モノを持ち上げるときには、手の中心
は必ずモノの中心に触れている。

◆火事場の馬鹿力は、馬鹿の中心が
タンスの中心を運んでいる。
馬鹿力は、筋力ではない。

◆すべてのモノの中心が触れあっているから、
関係性が成り立っているのだ。
もし中心がバラバラならば、
すべて木端微塵に吹き飛んでいる。

◆自分の肉体と他人の肉体は、観念の枠でぶつかる。

◆物理と呼んでいるものは、観念の枠を
前提にした信念体系です。

◆「能動感」と「受動感」の区別はあるが
「能動」と「受動」の区別はない。

◆この世界では、自我の能動感覚を
自由意志と呼んでいる。

◆在り方を固定すると、ひとつの在り方
から見た気づきしか起こらない。

◆「気づいたこと」は、気づきではない。

◆ハートには、五感では言い表せない
共感覚が搭載されている。
それは第六感とも異なる、鮮烈なリアリティだ。

◆働きたくないから高次元へシフトしたい?
天使は人間よりこき使われるけどいいの?

◆進化の階層は、どこまでいっても
世界への奉仕という名の労働。
たとえそれが、
甘美な使命感に駆られたものであったとしても。

◆進化を階層でとらえると、自己が果てしなく分化し、
存在意義を使命感にすり替えはじめる。
私たちは自由になりたいと言いながら、どこまでいっても
ヒエラルキーにすがっている。

◆エピソード記憶を生の実感にしない。

◆エピソード記憶で人生を総括しない。
エピソード記憶でない死に際の走馬灯もある。

◆生きているうちにエピソード記憶を見切っておくと、
死に際で走馬灯の目眩ましに気絶しない。

◆死に際の走馬灯に魂が引っかかると
「この自分」をもう一度体験したくなる。

◆走馬灯と魂は別モノ。

◆多くの場合、走馬灯もぼんやりしたまま終わる。
ぼんやり死ぬと、ぼんやり生まれる。


関連記事 ⇒ 【「生と死」「二極化?」「中心とは」 覚醒からのつぶやき 41】


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