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【「預言者」「聖地とUFO」「遠隔量子実験」 覚醒からのつぶやき 50】   

2021/07/01

つぶやきをランダムにまとめました。

アロエ アロエ2
ヒョロヒョロのびたアロエの花


◆家のアロエが4年越しで咲いたよ~
花言葉は「迷信」「苦痛」「悲嘆」
…何でも受け入れますとも、ええ。

◆覚者は、預言者たり得ない。
何らかのヴィジョンが見えたとしても、
前後の相関関係に意味を見出せないからだ。
次の瞬間のことは知らないし、興味も持てない。
勝手に語り出すことはあるかもしれないが、
語っているのは「その人」ではない。
そこに意味を見出すのは、常に「この人」だ。

◆覚者はまた、ヒーラーたり得ない。
癒す人も癒される人も見出せないからだ。
それを言ったら、教えるっていうのも矛盾してるけど、
矛盾しちゃいけないわけでもない

◆世界の個々の問題にフォーカスすれば複雑すぎて
途方に暮れるが、根幹の構造自体は非常にシンプル。
「いや、そんなはずはない」と言い張る人は
「複雑な自分」というアイデンティティを保ち続けたいのだ。

◆「難しい人だったけど、死んじゃったら呆気ないね」
というときの「呆気なさ」こそ、私たちの本質だ。

◆生と死を呪術化しなければ「呆気なさ」
は呆気ないままに昇華する。

◆17時を過ぎると、いつも慌てて帰宅する知人がいた。
18時過ぎから毎日、強烈なサマディがやって来て恍惚
として動けなくなるからだという。
瞑想は24時間いつでも起こるが、こういうパターンもある。
あまりにも純粋すぎたその人は、神に愛されすぎたのか、
幸せなまま夭折してしまった。

◆今日、6/24は「UFOの日」。
1947年、アメリカの実業家ケネス・アーノルドが自家用機
でワシントン州レーニア山付近を飛行中、9つの円盤型の
飛行物体を目撃した日が由来とのこと。
この1年間、ちょくちょくUFOについて呟いてました 笑

◆ちなみにUFOといえば、私のプロフィールには
こんな記述があります。
『授業中に突然、前方の黒板と先生が彼方へ遠ざかり頭上
に巨大な母船の船腹の存在を感じて気が遠くなったり、』
パートナーには「プロフィール怖い」と言われています 笑

◆日本では未だ知名度が低かった15年ほど前、
急に思い立ってUFO飛来で有名なアリゾナ州セドナ
を訪れたときの話。
カセドラルロックという岩山の聖地の山頂で、持っていた
モルダバイト(隕石由来のテクタイト)の欠片(前日に2つに割れた)
をボルテックスの吹き出し口に落っことしてしまった。

◆遠隔量子実験よろしく、モルダバイトの片割れたちは今、
セドナと自宅にあって呼応しあっている 笑
真面目な話、こういうのって本当はちょっと笑えないんだよね。
特定の聖地にアンカリングしちゃってるのもマズいし、
UFOの軌道に影響あたえちゃってもマズいし…笑
妙なカルマを創ってしまったな~

◆夫婦別姓判決が話題だが、個人的に姓は便宜上の
関係を示す符号という感覚が強い。
父方の祖母が再婚し、父も私も血族関係にない祖父の姓
を引き継いでいるからだ。
この符号的な感覚はさっぱりしていて気に入っているのだが、
覚醒においてはたとえ血族関係の姓であっても同じような
感覚になるはず。

◆ちなみに下の名前は、親が冬の海が好きだという理由で、
もう少しで「寒海(さもみ)」になるところだった。
お腹の中で必至に抵抗してなんとか覆したけど。
だって、冷え性で幸薄そうじゃないですか 笑

◆「起きなければならない」というのも幻想。
「起きる人」はいないのだから。

◆いかなる世界観にも縋らない。

◆ワーク中、長丁場で集中力が途切れ空間がボ~ッとする
場面がありましたが、そのことに全員に気づいてもらったとたん、
カ~ンとハリが戻りました。
ただ気づくだけでいいんです。

◆ワーク前に寄ったコンビニで
「あの世のリズムとこの世のリズムで踊らせてよ~
あの世のリズムとこの世のリズムで踊らせてよ~」
と流れてきて「!?」となった。
平井堅の『1995』だった。
そうそう、それぞれのリズムで踊ってるんだよね。

◆先日、カレー屋で
「戦ってしまうよ~戦ってしまうよ~」
「撃て!このゲームが終わらないように」
「撃て!このゲームが終わらないように」
「撃て!このゲームが終わらないように」
と流れてきて「!?」となった。
ゲスの極み乙女。の『戦ってしまうよ』だった。
戦ってしまうよね~。

◆「空中で1つのボールを全員の指で支えて中心が移動していく
のにまかせるワーク」では、中心に委ねてしまえばいいんだけど
「ボールを支え続けなければ」と意図すれば中心の移動と自分自身
がズレていく。
そうすると、現象として顕われるボールの動きも自分自身の動きも
ギクシャクする。

◆「軽い=高い」ではない。
「重い=低い」ではない。

◆全部から離れた結果として、座標のない中心にある。

◆赤ちゃんは無垢だが、無執着ではない。
無自覚な執着によって、生まれてくる。

◆無執着と無頓着は、似て非なるもの。

◆「無執着」に執着する人は多い。

◆無我とは、空気のようにあることではない。

◆空間も空気も、無意識な背景に埋没しすぎている。

◆時間と空間は同時に発生するが、空間が先にあって
その中で時間が発生しているように錯覚しやすい。

◆気づきと空間の癒着に気づく。

◆「自然は真空を嫌う」アリストテレス

◆呼吸そのものを見ているのではなく、
内臓と骨と筋膜の関係性を見ていることに気づく。

◆ヴィジョンを肉体の目で追わない。

◆人間であることよりも、宇宙であることのほうが、
圧倒的にコンパクトで軽い。

◆人類史を背負えば、既存の宗教に取り込まれる。
宇宙史を背負えば、未知の宗教に取り込まれる。

◆生まれては死ぬサイクルで、ギリギリ逃げ切った
つもりになれてしまうシステムが、目覚めを留保し続ける。

◆イメージを先取りすると、私と世界がズレていく。

◆中心を無限にひっくり返しながら、
マンデルブロ集合のように増殖していく。

◆響きを聴いたら、もう遅い。

◆主観的な痛覚は、点ではなく面。
点単体では、痛みは感じられない。

◆痛みの中心は凪。

◆熱したフライパンに触れてしまったとき、
反射的に「アチッ!」と指を離す前の刹那にパパパパッ
と様々なイメージが流れていくのを見切れることがある。
そのとき、指は熱さの中心の何もないところにあって、
のんびりと「脳って反応するの遅いな~」などと眺めていたりする。

◆痛覚は「遅い」。

◆極度の集中が痛覚の速度を超えると、
無感覚になる。
このとき、肉体は存在しない。

◆無痛症という遺伝性疾患がある。
先天的に痛覚と温度覚が欠損しているため、体に傷ができたり
火傷を負ったり何かにぶつかったりしても無自覚だという。
そのため、気づかぬまま致命傷を負うこともあるが、
体験談などを聞くと一般人と死生観が若干異なるようだ。

◆例えば、車に轢かれてもまったく痛みがないため、
物理的に肉体が轢かれることへの恐怖心はほとんどないという。
死を理解しない子供の頃は、ベランダから飛び降りたりしてしまうそうだ。

◆ただし、成長するにつれ死という未知のものに対する
心理的な恐れは出てくるという。
それはまさしく、後天的な概念への恐怖だ。
だが、痛みの概念がなければ、恐れが肉体感覚と癒着し
必要以上に増幅されることはないだろう。
この疾患が幸せなのか不幸なのかは、当人しか知り得ない。

◆思春期の男女がぶつかった瞬間に肉体が入れ替わる、
ありがちなラブストーリーで「異性の体ってこうなの!?」
とか驚いてるけど、実際に他人と入れ替わったらまず外見
などより、内部感覚の違和感で気が狂いそうになるだろう。

◆呼気の出入りや、軸の傾きや、頭蓋骨の圧や、
口腔内の舌や歯の位置や、視野の範囲や、腸の重さ等々。
ましてや、宇宙人が人間にウォークインしたらどうなる
と思います?
体の中で窒息死するよね 笑

◆すべての瞬間が、神回。


モルダバイト
モルダバイトの片割れ


関連記事 ⇒ 【「肉体と生殖」「自我の卒業」「既知と未知」 覚醒からのつぶやき 27】


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