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【「頓悟と漸悟」「ダウジング」「内観療法」 覚醒からのつぶやき 51】  

2021/07/09

つぶやきをランダムにまとめました。

日比谷2 日比谷3
日比谷公園が、あの世っぽくなってました。


◆瞑想はいつでもあるけど、変性意識の波は
突然やってくる。
それが「いつ来てもいい」と受け入れてさえいれば。
だから、誰でもどんなときでも突然フリーズできる
世界であってほしいなあ。
「あ、あの人いま来てるのね」と、そっとしておく。
どんな用事や仕事よりも、そのほうが一大事なんだから。

◆ヘッセの『デミアン』みたいに(たしかクリシュナムルティ
がモデル)子供はよく目を見開いて何も見ないまま、
無心でストップしているものだ。
そういうときに「ボ~ッとしない!」と叱って「現実」
に引き戻さず見守ってあげてほしい。
ボ~ッとしてるどころか、宇宙の集大成がそこにあるんだよ。

◆20年前、米国人のダンスセラピストのアシスタントとして
東京都下の少年院でのワークショップに同行したことがある。
厳格な規律(例えばトイレの紙はきっちり折りたたんだ新聞紙で、
使用枚数が決められていた)と張り詰めた空気の中、無言で
隊列を組んだ少女たちが粛々と部屋に入場してきた。

◆騒いではいけないと指示されていたのか、
最初は自分を押し殺している様子だったが、セラピスト
(自身も米国で服役経験あり)の温かく熟達した導きに
よって次第に表情も動きも軽くなっていった。

◆ひとりの少女が優雅に飛び跳ねながら
「先生、私ダンスが大好きなんです!」と笑ったときの
キラキラ輝く目を見て泣きそうになった。
それぞれのカルマによってそこに集まった少女たちだったが、
みんな可憐で胸が締め付けられるほど愛しかった。

◆18年前、一週間の内観合宿に入ったことがある。
過去の反応パターンの書き換えが必要と痛感したからだ。
内観療法の前身である「見調べ」は浄土真宗一派の
修行法で、数名の世話人の下、断食・断水・断眠という
苦行を課し、完全に熟し仏の慈悲に触れるまで生死をかけて
取り組むものだったという。

◆合宿では一日中、屏風で仕切られた一畳の間に座り続け、
あらんかぎりの集中力を発動させ、リアルなヴィジョンを
見るレベルで過去を思い起こしていく。
そのとき私を含め3名の参加者がいたのだが、屏風の隣は
高校生ぐらいの少女だった。

◆指導員による面接が一日数回あるのだが、漏れ聞こえて
くる話ではどうやら売春を繰り返してきて、更生の一環
として連れて来られた様子だった。
最初の数日は内観の目的も意味もわからずガサゴソ落ち着かない
ようだったが、しばらくすると面接の様子がガラッと変化した。

◆「親の気持ちも考えずに何をやっていたんでしょうか私は…!」
と嗚咽し「こんなにも愛されていたのに!ごめんなさい!
ごめんなさい!許してください!」と、堰き止めていた何か
が決壊してどんどん溢れ出してきた。

◆少女の全霊の叫びに触れ「ああ、この子はもう大丈夫だろう」
と了解し、私自身の内観も深いところで喚起されたのだった。

◆「安心=安全」ではない。

◆頓悟は漸悟
漸悟は頓悟

◆静けさの中にあるのではない。
それ自体が「静けさ」なのだ。

◆それは、環境に依らない。
環境に依るのは、それを「知りたい人」だけ。

◆「それそのもの」に留まろうとしない。

◆時空を介する情報伝達は非効率だが、
摩擦による曲解を意図的に仕組み、
創発的な自己生成を起こそうとした。

◆私たちの独り言は、信頼において消える。

◆仏教で言うところの「人間は糞袋」っていうのも
諦念を促すための方便だよね。
実際、身体の排泄システムは「この私」なんかよりも
ずっと知的だし。

◆「老い」と「死」がセットなのは、
直列的時空の発想。

◆段階的な「老い」は「死」の必要条件ではない。

◆「死に向かっている」という無意識の
方向感覚を切断する。

◆だからといって、死に抵抗したり不死を
目指したりするわけではない。

◆「生 ⇔ 死」ではなく「生 = 死」なのだ。

◆「時空の中」の私たちは、未だかつて
生と死を体験したことがない。
無意識に生まれ、無意識に死ぬからだ。

◆畢竟するに「生死」と「人生」は無関係だ。

◆この世の眠りは、あの世の目覚め
この世の目覚めは、あの世の眠り

◆自己不信があると、自分を手放せない。
手放したら「自分の知らない自分」が何を
仕出かすかわからないと怖れているからだ。

◆自分の知らないところで世界が回るのを怖れ、
自分のこの目で見続けようと血眼になっている。

◆限定された意識において、
肉体は緊張の結晶としてある。
結晶は、脆く壊れやすい。

◆肉体に枠はない。
この私が枠をつくり、自らひっかかる。

◆【ワンポイントチェック】✔
足の裏がピタッと地面にくっついていたら、
その環境は今の自分が居るべきところ。
占いに頼る前にチェック!

◆重力に依らないグラウンディングもあるんだよ。
("ground"の意味が変わってくるけどね)
意識は本来、いかなる惑星にも属してないから。

◆覚醒は新しい知識じゃなくて、もともと知って
いたことの再認なんだけど、知識を詰め込みすぎると
「知ったこと」を「知っていたこと」と錯覚してしまうよ。

◆「知っていたこと」を、アタマで思い出そうとしない。

◆パスワードの必要ない世界になりますように。

◆全人類、満員電車では傘の軸を正中線に沿わせますように。

◆「願い事」は空白の瞬間に動くが、
願う者も叶える者もいない。
その時それは「願い」ではなく「事」でしかない。

◆願った事と叶った事の相関関係を
見出す要員としての私。

◆願いごと=神への不満

◆七夕の願い事は、中国の「乞巧奠(きこうでん)」
という風習に由来している。
織姫にあやかり機織りや裁縫の上達を願った。
織姫はこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイル。
つまり地球人は毎年、ベガ星人に願い事をしているのだ。
「モテますように」とか願われてもねえ。

◆私たちは紐のないペンデュラムで、
目的も方向もなくダウジングし続けている。

◆電車でよく見る、広告のキャッチコピー
「この世界には君と僕だけいれば充分だ」
オプションで、蛇も一緒にいかがですか?

◆無条件の愛は、条件下で気づかれる。

◆気にすることは、気づきではない。

◆気づかれた「気のせい」は、
気づかれなかった「気」のせい。

◆気づいている者同士は、言葉を持たない(持てない)。

◆気づいている者が気づいている者と目が合えば、
明晰夢はそこで消える。
夢のルールに抵触するからだ。

◆ひとつの宇宙が終わるまで、
ひとつも忘れ去ることは出来ない。
覚えているべきことなどないと知れば、
宇宙は私を手放してくれる。

◆毎夜、家の前を大声で歌いながら通り過ぎていく人が
少なくとも3人いた。
コロナ禍になり、レギュラーメンバーが5人ぐらいに増えた。
コロナ前は「負けないで」的な選曲が多かったのが、
コロナで「ええじゃないか」的な選曲にシフトした。
コロナ後、彼らの叫びが何処へ向かうか注目している。

◆マスクは鬱陶しいし空気が思う存分吸えないけど、
吸うことよりも吐くことをメインにすると、
半強制的にサマタ瞑想の導入になる。
息を吐き切ったらすぐに吸い始めずに、イメージと
肉体の境界にフッと意識で滑り込む。

◆そうすると、肉体の呼吸が止まる苦しさの一歩奥に
抜け道のようなところが見つかるので、
そこに細く深く入り込んでいけばいい。
マスクして目を開けてれば、いつでもどこでも
誰にも気づかれずにできるよ 笑

◆毎瞬毎瞬、意識の不明瞭な癒着を「自分」
という感覚にすり替えている。

◆空気の密度は測れるけど、空の密度は測れない。

◆私たちは「考える人」というよりも
「考えに巻き込まれる人」だ。
覚醒は「考えない人」になるわけではない。
考えに巻き込まれなければ「考えられる人」になる。

◆ちなみにロダンの「考える人」は思索に耽っている
のではなく、地獄を上から「見ている人」なんだよね。

◆酔っ払いが駅のホームで叫んでいた。
「『こんど』と『つぎ』どっちが先なんだヨォォォォ!!?」
考えるな、感じろ!

◆表現は飽きても、覚醒は飽きない。



関連記事 ⇒ 【「夢の物理」「ゲシュタルト崩壊」「経典」 覚醒からのつぶやき 10】


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