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【「神の至福と悪魔の快楽」「ニヒリズム」 覚醒からのつぶやき 61】      

2021/12/19

つぶやきをランダムにまとめました。

イエロー


◆ワークでは一見シンプルながら、秘伝的な内容を
ピンポイントで直接お伝えしています。
その時その方の条件が整えば、カチッとはまった瞬間
「わかる」ことは実際に起こります。

◆今回ある方が「あっ!」と、ストレートに「それに響く」
瞬間に立ち会うことができ、小躍りしたくなりました
(実際小躍りしました)。
その時、その方の目は「実感した」目だったのです。
ありがとうございました。

◆今日のワークでは、すべての基本となる「対象のない祈り」
をお伝えしたのですが、そのとき参加者さん全員の美しい無心
の姿がそこに在りました。

◆意図の遥か以前に、意志は起こっている。

◆神の至福と悪魔の快楽は、常に紙一重。

◆パートナーは毎日、一学期が終わって「明日から夏休みだ!」
とテンションMAXでワーワーキャーキャー下校する小学生
のように幸せそうだ。
これが本来の人間の状態なのだ。

◆とんでもなく嬉しいことがあって「いいよいいよ!」
と全てに対して大きな気持ちになる時ってありますよね。
全員、それがデフォルトでいいんですよ。
悩まないと進化しないって、誰が決めた?

◆「あるがまま」は、自然でも不自然でもない。
自我にとって受け入れられない苦もまた「あるがまま」にある。

◆「あるがまま」を目指すのは、苦を「あるがまま」
と受け入れられない自我だけ。
それを受け入れられない自我もまた「あるがまま」にある。
だから、何がどうあっても「あるがまま」でしかない。

◆仮想現実は「仮の現実」ではない。

◆皮肉にも、修行によって世界を自ら分離し続けてしまう
ことがある。
悟りという本番を目指してこの世を「仮に」生きていると、
どこにもグラウンディングできなくなった不安定な心身に
ますます引っ張られ、目指す世界と仮の世界が分離していく。

◆浮足立って仮に生きていると「本番」はいつまで経っても
訪れない。
本番とは、その瞬間の実在の一致なのだから。

◆この世の便宜上、チャクラという見方をするならば、
頭上に手を伸ばして触れられる部分までは肉体の延長で開発
できるでしょうね。
でも、もう15センチほど後ろに視点を置いた方がいいです。
そこは、肉体と空間の延長じゃないので。

◆先日のワークでも触れたのですが、頭蓋骨の中から外を
覗いているという思い込みを外すだけで、実際に頭上のプラーナ
が上方向へ延びるのが確認できます。
何かやろうとしなくても、意識しただけで境界は簡単に外れます。

◆境界と視点の位置は、本人が気づこうが気づくまいが
刻々と変動しています。
プラーナというのはあくまでも身体ありきの概念
(といっても実際に見える)ですが、3次元における
私たちの身体の境界は骨でも皮膚でもないのです。

◆原因と結果は即時決定され、時間差は存在しない。
原因と結果を定点から解釈するとき、時空が引き伸ばされる。
偶然に思える現象の裏に「解釈されなかった」原因と
結果が無限に存在する。

◆むやみやたらと多次元に移行したがるけど、
まず3次元を3次元として見ていることに強烈なショックを受け
ないかぎり、多次元は3次元以下の平面的な妄想のままです。

◆創造力と想像力を混同しない。

◆直観において、想像力は邪魔になる。

◆一を聞いて十を知ろうとしない。
ただただ、直観に愚直であること。

◆直観が脊髄反射に流れる前に放下する。

◆全てが同時に在るところでは、回転という運動の軌跡は認識されない。
輪廻の円環もしかり。
まったくもって、笑えるほど当たり前の話。

◆主客がなければ、引き寄せたり引っ張りあったりできない。

◆ニヒリズムは覚醒の手前で力尽きた者の墓場。
まだ手足が動くニヒリストは、墓土の下から自力で出てきてください。
筋金入りのニヒリストだった私の阿保面を見に来てください。

◆近代の陰気なニヒリズムに対し
「この世に意味なんてないから刹那的に楽しもう」という
「陽気なニヒリズム」が若年層に広がっているという。
日本においては年代的に、いわゆる「さとり世代」ともリンクしているようだ。

◆「世界に意味がない」のは真実といえば真実だが
「意味がない」ことをフィーリングで捉えているかぎり、
陽気は潜在的に陰気を孕む。
時代に去勢された「さとり世代」の無欲もしかり。

◆能面のような修行者となるなかれ。

◆肉体に同化した人間は「完全性」と「完全体」を混同している。
(「完全体=完全な身体」という意味ではない)
人間は潜在的に「完全体」へ向かって進化しようと促されるが、
「完全体」は永遠に達成されない幻想。

◆一瞬とは、瞼のない気づきの瞬き。

◆この世のスピードでは、絶対に運命を追い越せない。
ならば、運命が待っていられないほどスピードを落とす。
(「ゆっくり動く」という意味ではない)
結局、それが最速なのだ。

◆人が目覚めるのではない。
目覚めが目覚めるのだ。

◆流れるままに「置いておく」。

◆流れているから、カタチが保たれる。

◆移動のない流れを、アタマで型抜きしている。

◆時空が伸び縮みするから、いくらでも辻褄が合い続ける。
これを有難いと思うか、恐ろしいと思うか。

◆「滅亡」と「消滅」を混同しているから、
存在の不安が絶えないのだ。

◆「滅」と「生」はワンセット。

◆無欲と諦念を混同しない。

◆私たちは文字通り、自我の「落とし前」をつけるために
何度も生まれてくる。

◆内臓の重さをエゴの実体感に転用していると、
軽くならないように食べ続ける。

◆家族とのつながりは「自他未分」の延長になりやすい。
未成熟な自我が自他未分のまま世界とつながろうとすると、
事あるごとに我儘な子供が顔を出し「世界=親」に
ヒステリーをぶつけ続ける。

◆二元性は「両義性」によっては無化できない。
ここは、無意識に勘違いしやすい点。


関連記事 ⇒【「ヴィギャン・ヴァイラヴ・タントラ」「悟りのトリガー」覚醒からのつぶやき 24】


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