「固有受容覚を超えるとき」 【1/21(土) 東京ワーク ~所感と解説~】
1/21(土)東京にてワーク開催しました。


<指一本で空に触れる>

<腱の押し引きの「あいだ」に浮く>
【固有受容覚とボディイメージ】
基礎編では「プロプリオセクション(固有受容覚)」「前庭覚」「足底メカノレセプター」による
ボディイメージとバランスを見ていきました。
瞬間瞬間の自己イメージを呼び起こし姿勢を修正していくこれらの知覚は、五感にプラスして六感
(第六感とは異なる)ともいわれています。
固有受容覚は関節や筋肉の深部から身体の位置情報を割り出し、前庭覚は三半規管を通して抗重力感覚
や傾きや加速度を測り、メカノレセプターは主に親指・中足部・踵の裏から平衡感覚を脳へ伝達します。
※目をつぶった状態で、片足で何秒ぐらい立っていられるかチェックしてみましょう。
年齢にもよりますが、30秒以下の場合は感覚が鈍っているので強化したほうがバランスよく体軸
を通せるようになります。
強化方法としては、目をつぶって前後左右に歩いたりジャンプしたりスキップしたり、8の字を描きながら
歩いたり、バランスボードの上で片足立ちしたりするのもお勧めです。

【不立文字とミラーニューロン】
瞑想というと肉体や自己イメージから離れることだと思うかもしれませんが「何がどのように自己イメージを
つくっているのか」を、この心身構造を通していったん見ておくことは重要です。
曖昧なイメージは、曖昧にしか手放せません。
物理的な平衡感覚や体軸やイメージの発生や編集過程といった心身の仕組みをいったん明確に見ておくこと
で「それらではないもの」が浮かび上がり、心身は心身の構造としてそこに「置いておける」のです。
そこからやっと、本格的な瞑想が始まります。
これらの感覚はまた、他者の運動や心身を見てコピーする(例えばダンスであれば、振付師や教師の動きを
自分の心身と重ねて読み取り、自分の動きとしてアウトプットする能力)にも関係しています。
体験的には、コピーの際にミラーニューロンと連携するのではないかと予測していますが、覚醒の最終段階
(初期段階で意識的に使うことはある)においてはこのコピー機能は使用しません。
師から弟子に直接伝わる不立文字や、自他のないワンネス感覚は、ともするとこのコピー機能の産物と勘違い
されがちですが見当違いです。
そこに「コピーする対象物」は存在しないからです。
~Rubin's work ブログより~
※エネルギーの管を通すには、グラウンディングが必須。
グラウンディングのためには、足裏の感覚を鋭敏にする。
踵の押し出しとつま先の踏み込み、双方向の力の拮抗によって
土踏まずを浮かせた上で、背骨を積み上げる。
写真は、足裏の筋肉でティッシュを引き寄せ摘まみ上げる練習。

※上記の足裏と同じ感覚を手の平で再現しているところ。
手の平を床に置き、前方方向へ押し付けながら、指先の末節骨を曲げて逆方向に引っ張ると、
腱に拮抗状態の浮力のような感覚が生まれる。
この拮抗から生まれる浮力は、現象のどこをどのレベルで切り取っても存在する。

【内部の目とワンネス感覚】
今回も「内部の目」のワークを念入りに行いました。
「一点と全体が同時に映りながら、何一つ掴めない立体的な知覚」へ、身体と目と認識の構造を利用
しながらシフトしていったのですが、その状態にあるとき、ある簡単な仕掛けを使って「ゾッとするほど
奇妙なワンネス感覚」を体験していただきました。
⇒「内部の目」Rubin's work ブログより
「内部の目」から見ている立体的な知覚の領域では、自他を物理的に区別できないため、視界に自分
の手が入ってきても他人の手が入ってきても誰の手かを区別する思考が生まれないのです。
プロセスを正確に行えば、この状態までは比較的簡単に誰でも入ることができます。
このとき視界に「侵入」してきた「自分」の指と「他人」の指(ここでは意図的に区別して書きます)をくっつけ、
もう片方の「自分」の指で、くっつけた指を2本同時にゆっくり擦ってみます。
すると「自他の区別のない」視覚に加え、さらに「自他の区別のない」触覚がそこに顕われるのです。
ポイントとしては、触覚が加わっても内部の目で見ている感覚を抜かず、一点と全体を同時に見続けること。
もっと言えば、視覚と触覚の区別さえもないのです。
これは実際やってみるとわかりますが本当に奇妙な感覚で、参加者さんも「うわっ何コレ!ものすごくヘン!」
と声を上げていました。
それと同時に、ある意味ショッキングなワンネス感覚というものを具体的に感じとっていただけたようです。
「見る」ことのシフトにより「自分」だと思っていた知覚が根底から崩れてしまうのです。
【創出のダンス】
シフトした知覚の延長で、今度は2人組になって片手と片手を合わせて向かい合って立ちます。
(ニュートラルポジションとしての「立ち方」もポイントがあり、ワークで時間をかけて作っていきますがここでは割愛)
先と同じく視界には合わせた手と相手が入っていますが、そこに自他の区別はありません。
この視界のまま、合わせた手と手の「中心=空」に意識をフォーカス(区別がなくてもフォーカス機能はある)
します。(「中心=空」については、壁に指を押しながら中心を見ていくワークで事前に体感済)
このとき、手と手は押しながら引いているバランスの中心に浮いていますが、身体内部の圧や揺らぎ
によって手のバランスと中心も刻々と移ろいでいきます。
その移ろいを止めることなく見続けるとき、能動と受動の自他のないところで相手(便宜上こう呼ぶ)の内部感覚
が自分の感覚のように直接触れてきます。(先の「固定受容覚」「前庭覚」によって自他の境界なく読み取られる)
そのうち、自他のない内部感覚によって揺らぐ瞬間瞬間の中心に従って、自動的に動きが現れはじめるので、
それも止めずに動くに任せます。
すると、瞬間瞬間に規定される「予測できないけれども、それでしかない動き」がダイナミックなうねりとなって
創出されていきます。
この動きは、能動でも受動でもない、ソロでもデュオでもない、時空を超えた創出なのです。
ここでは手と手を合わせた状態ですが、極小から極大まで全ての事象がこのように創出されていきます。
【自意識とうねり】
ただ、知覚のシフトと中心の空が曖昧なままだと、自意識がチラチラ出てきてしまい、瞬間瞬間の中心に
任せきれないということが起こってきます。
自意識が出てきたら都度都度気づいていけばよいのですが、いったん動きに任せてうねりに酔ってしまう
というのも一つの手です。(普段は、この「うねりに無自覚に酔う(気絶する)」ことは推奨していません)
自意識の解消のために、活元運動などを利用することもあるのですが、それでもなかなかロックが
外れない方が多いですね。
瞑想は自意識を外さなければ起こりません。
瞑想によって自意識を外そうとするのでは「遅い」のです。
ここで言う「自意識」とは、身体と癒着した固定観念です。
身体の固定観念は、身体として外しておいてください。
(この「自意識」を外した状態は「無我」ではありません)
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