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「1/13 (日) 大阪ワークのご感想をいただきました」

2019/01/16
先日1/13(日)、大阪にてワークを開催しました。


↓座法の姿勢を見ている様子 (骨格・筋肉・呼吸・意識・エネルギーの状態を見ながら調整していきます)
座法の姿勢を見ている様子


参加いただいた方より、詳細なご感想をいただきましたのでシェアします。


~~~~~【ワークの感想】~~~~~

最近の私のテーマが
概念や思考からの切り離しであったので、

ワークを通じて具体的に見切っていくこと
の重要性がわかってとてもよかったです。



まず自分を描くというワークの時に
私は木を描きました。

それが自分というイメージを表していて、
固定化されたものだとわかりました。


気など高次元のエネルギーに対しても
それはイメージであり、

それに対して気づいているという立場が
とても重要だということ。
(世界に埋没してしまわないようにする)

前日に神的なエネルギーを感じて埋没していました。

それが今まではよいと思っていましたが、
それでは覚醒の方に行かないので、
そこから一歩出ることが必要だとわかりました。

その次のワークでは
前にある壁のほうを見て
後ろがどうなっているのか?
をイメージしました。


後ろにもほぼ間違いなく壁がある
というイメージを持っているが、
実際にはないかもしれない、
ということ改めて認識。

思い込みで世界は成立しているように思いましたが、
正直まだそれがリアルに実感できるレベルではありません。

ただワークを通じて
その世界を見切っていくことが大切だとわかりました。

つまり、世界に埋没している自分を
べりっと世界から剥がすことが
ワークの一番の焦点だと理解しました。


それを聞いたときに、
昔、坐禅で目をあけてずっとある場所を見続けることの
意味がようやくわかった気がしました。

同じように見えているが、
同じということはないということ。


ただ、そこに実際に至るには
その前段階として
集中力を持続させるためのパワーも必要。

そのために体作りもとても大切。
自動的に受容状態が作られるようにしたほうが良い。

それが覚醒へのベクトルを阻む要素を
なるべく取り除くということになるわけですね。

思考などの癖として体に出るので、
体と整えると他が同時に整う。

実際に姿勢を見てもらって

眉間のゆがみ、
首のゆがみ、
肋骨が上に上がろうとしていること
などが具体的にわかりました。

それと元に修正をかけていって、
しっくりきている状態を
OKで言ってもらえたのはとてもよかったです。

そういう点でも
先生の存在はとても大切だなと思いました。


そしてエネルギーを蓄えるために
呼吸を整えることも大切で、
背骨に注目できたことはとてもよかったです。

丹田にエネルギーが入るような
自然な姿勢と呼吸法を教えてもらえたので、
呼吸がとてもしやすくなりました。

ただテクニックはあくまでも
自動化までのプロセスとして大切だという認識を持って
やっていこうと改めて思いました。

【今回のワークを通して】
覚醒自体の説明を直接理解するのは難しいが、
たとえを使うとなんとなく理解できたようになりました。

ただ理解できたからと言って、
直接見切っていかないと
あまり意味はないということもわかりました。


私は頭でっかちになっていましたが、
元々私が体感覚優位なので、
腑に落ちる部分が多かったです。

思考の問題は思考で取り除かない方がよいと
改めて実感しました。

エネルギーを感じることができるが、
私みたいにエネルギーに埋没しやすい人には
そこから一歩進められたので、とてもよかったです。

それと私自身もそうですが、
ある程度、世間的なことがクリアできていると
ワークの邪魔が少なくてよいかなと思います。

無味乾燥の行に耐えれるだけの
忍耐力もあるので、
私にはちょうどよかったです。

とりあえず当面の課題が見えましたので、
一つずつクリアしていきたいと思います!

丁寧なご指導ありがとうございました!


~~~~~~~~~~~~~~~~~


今回は、姿勢の調整に時間を多く割くことになりました。


矛盾するようですが、身体を超えるためには最低限、身体を整えておく必要があります。

というのは、身体は身体の次元にグラウンディングさせ、能動的に操作することなく完全に
「お任せ」の状態にしたいからです。

その状態になってはじめて、意識そのものの繊細な次元に取り組めるようになります。


ヨガの行者のように身体の行に一生を捧げる必要はありませんが、最低ラインの身体が整って
いないと、意識と思考と身体と物質が無自覚かつ曖昧にこんがらがった状態のまま瞑想し、
何をどう具体的に見切っていくのかがわからないまま時間だけが過ぎていってしまいます。

これまで、妄想が止まらなかったり、イメージの世界に埋没してしまったり、すぐに寝てしまったり
することに悩んでいる瞑想者を数多く目にしてきましたが、個人的な意見としては「姿勢をちょっと
修正すれば早いのにな…」と感じていました。


姿勢というのはいってみれば、思考の癖がそっくりそのまま顕れています。

この世界はエネルギーに還元してみたとき、すべては瞬間瞬間にガッチリと組み込まれた
磁石のように相互関係の引き合いによって成り立っています。


非常に単純化した説明ですが、もし身体のバランスが崩れていると、身体そのものとして自己
完結するのではなく、身体の外のエネルギーと引き合って別のところでバランスをとろうとします。

このとき、瞑想を妨げるような事象が発生してきます。


逆に、身体が身体そのものとしてバランスがとれているとき、身体の内部でエネルギーの
引き合いが完結しているような状態になります。

引き合いというのはある種、張力のようなものです。


一個の身体として張力のバランスがとれているとき、身体の感覚は消え、意識は張力の中心に
浮いているような状態になります。

この状態になってはじめて意識に触れてくる瞬間瞬間の事象そのものを受動的に見ることが
できるようになるのです。


ただし、姿勢を意図的に整えることは、瞑想者のレベルによっては害になることもあります。

たとえば、先ほど「姿勢は思考の癖をそっくりそのまま顕している」といいましたが、その人にとって
必然的に出てきている思考の癖や性質を外部から強制的に修正してしまうと、心理的な問題を
無視したまま瞑想を先に進めようとするエゴが強化されてしまうのです。

そのため、姿勢を整えることと心理的な問題を見ることは意識的に同時に取り組んでいかなくては
ならないのです。


ただ、一時的に姿勢を整えたとしても、すぐに慣れ親しんだ姿勢に戻ろうとする働きが必ず起こるので、
逆にその動きを利用してニュートラルな状態からズレる瞬間を注意深く観察すれば、これまで自分で
気づくことのできなかった微細な思考の癖に気づけるようになるという利点もあります。


今回、身体を専門とする鍼灸師の方がいらっしゃったのですが、その方の治療は特殊な方法に基づいていて、
ある意識の状態に入りながらエネルギー的に施術するとのことでした。

そこで、施術のときの意識状態に入ってみていただくと、非常に繊細な瞑想状態だったのですが、ニュートラル
という場からすると意識の方向性と色合いが見てとれ、そこに入っていくときの独特な癖のようなものが心身に
顕れていました。

もちろん、この色合いは施術にとって必要であるため必然的に顕れてきているのであって、それはそれで
素晴らしいことですし、現実世界において意識的に使うのであればこの癖を修正して消す必要はありません。

また、ある種の色合いの特定のエネルギーを意識的にサマタ瞑想の導入に使うということも方法としては
否定されるべきものではありません。


ただ、ニュートラルな場を知ればあらゆるエネルギーのベクトルの微細な方向性が読み取れるようになって
きますし、いつの間にか固定化されたエネルギーやイメージにはまりこんで気づかないといったことは
避けられるようになります。

覚醒というのは、いってみれば、瞬間瞬間にニュートラルな場にあり続けるものなのです。

このとき注意すべきなのは、ニュートラルというイメージを無意識につくりあげないことです。


そのため、瞬間瞬間にどのような方向性ももたず、常にまっさらで「何も知らない」状態でどこにも
つかまらないである勇気と覚悟が必要になってきます。


いただいた感想につきましては次回ブログにて補足説明を加えながら、あわせてワーク全体の所感を
述べていきたいと思います。

(次回に続く)





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「1/13(日) 大阪ワークのご感想への返答」 | 2/10(日)18:30~20:30 「東京ワーク開催日時が決定しました」   

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