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#ハラの見性体験 #純粋な意志 【2/24(土) 東京ワーク ~所感と解説~】

2024/02/25

2/24(土)東京にてワーク開催しました。

ワーク1
感度の素晴らしい方ばかり!


【尾てい骨のモゾモゾとガルバニー電流】

本日のワークでは、尾てい骨から昇るエネルギーを意識単体で上下させ、背骨を自律させて立つ感覚
を体感していただきました。


床に座り床に当たっている尾てい骨の感覚をつかんだ後、起立して尾てい骨の先端を斜め前に巻き込
みつつ下方向へ引っ張るようにすると、尾てい骨(3~6個の小骨の接合体)の下から2~4番目ぐらいから
モゾモゾ動く感覚が出てきます。(一番下の骨はフワフワして感覚はほぼない)

このモゾモゾのエネルギーの圧のようなものを仙骨と仙腸関節の拮抗するバランスの張力で増幅させ、
背骨の内側(背骨そのものではない)の管(空の認識の断続で顕在化する)に通します。


そこで、モゾモゾ感覚がどのようなものかを知っていただくために、今回もアルミホイルを噛んだときの
「ガルバニー電流」現象の不快感を利用しました。
(銀歯世代限定。ちなみに昨今の世界情勢により銀歯の素材が高騰し、最近はセラミックが保険適用となったそう)

銀歯

といっても実際に噛むわけではないのですが、この不快感を知っている人は口に近づけただけで
嫌な感覚が蘇ってきます。

この不快な「ウッ」という感覚ぐらいの強さがモゾモゾ感の目安になります。
(「こんなに強いものなんですか!?」とビックリされた参加者さんも)


モゾモゾ感自体は不快なわけではないのですが、そこにずっと留まっていようとすると「ウー!」と耐えられなく
なってくる感覚なため、自然に管の上へ逃がそうとしたくなるはずです。

この感覚を普段から意識化している人は少ないですが、エネルギー自体は強弱の差はあれ常に通っていて、
このエネルギーが私たちを起立させています。

赤ちゃんが時期が来ると自然と立ち上がろうとするのも、このエネルギーの「ウー!」というムズムズに居ても
たってもいられずに起立しようとしてしまうのです。


【10秒エネルギーチャージ】

このエネルギーを意識化できるようになると、日常的に「10秒エネルギーチャージ」が可能になります。

肩幅の広さに足を開いて膝を曲げ、尾てい骨から頭頂までのラインを意識し、尾てい骨を下方向に引っ張り
つつ膝を伸ばして足を踏ん張り、頭頂と上下に引き合います。

このとき尾てい骨のムズムズを感じつつ膝を伸ばすと、エネルギーが自動的に上へ逃げようとするのでそのまま
背骨の内側の管から頭頂まで通します。


これだけ(ここまでで5秒)でもエネルギーが通って体が整うのですが、さらに意識単体でエネルギーを動かせる人
(以前のワークでもやりましたが「気づき」と「見ること」の肉体的癒着を逆に利用することで意識単体で動かす
感覚を開発できます)は、頭頂から漏斗状に集めたエネルギーを下方向へ管を通らせ尾てい骨に戻すようにする
(ここまでで10秒)と活力が沸き起こるのを実感できるでしょう。

本日の参加者さんで疲労が溜まっている方がいらしたのですが、このチャージを一回行っただけで目が開き
「スッキリした!」と実感されていました。


私たち脊椎動物にとっては、このエネルギーラインが自律して機能していることが最も効率のよい在り方であり
疲れにくいのです。

意識的に瞑想する際も、このラインが自律していると自分で体を起立させなくても勝手に背骨が立ち上がるので、
エネルギーロスが最小となり微細な気づきに専念できます。

ワーク2 ワーク3


ただ、ある種の瞑想においてはこのエネルギーを生体の起立に留まらず、ハラ・ムネ・アタマの各センターの
開発に利用します。

垂直に昇るエネルギーを各センターのポータルの消失点の真空の「裏側」から水平に供給させる(引き込む)のですが、
個人的にはクンダリーニレベルのエネルギーは意図的に起こそうとする必要はないとの考えです。


エネルギー自体は常に遍在していますが、エネルギーが架空の管を通るためには、まず管(連続した管が
あるわけではなく、空の断続が管化したように見せかける)が認識される必要があり、その人の認識の明確さ
度合いにより管の実体感とエネルギー量が異なってくるため、意図的に起こした多量のエネルギーは脆いパイプに
無理やり高圧の水を通すような危険を伴います。

エネルギーはその人の認識レベルに見合った必要な量が必要なだけ供給されていればよいのであり、
エネルギーラインの自律を心掛けていれば、必要なタイミングで各センターの開発に利用されるでしょう。


座禅の型が決まっているのは、この形が構造的にエネルギー効率がよいからですが、型がある程度「形状記憶」
された後は、能動的に形をキープしようと意図し続ける必要はありません。
(例えば、手の平を強く握っても中心に空白があることを知っていれば、握った手を開いても別の形にしても
空白は変わらずあり続けるのと同じことです)

といっても型を完全に無視できるのはサマディが深まった先の話であり、集中が浅い段階では「形状記憶」された
型をその形のままそこに「置いておく」必要があります。

浅い段階で形を崩してしまうと、形に意識が引っ張られて思考が発生するからです。


【純粋な意志のエネルギー】

今回のワークでは、形(骨格や筋)を「置いておく」感覚(手の平を握ったまま中心の空に意識をフォーカスすると、
中心は浮いたまま握った拳がそこに「置かれている」感覚がつかめます)を体得したうえで、座禅の型を整え型を
そこに「置いて」もらいました。

座禅の型が正確に整っていれば自動的に丹田内の腸は無重力状態のように浮いているのですが、たいていの場合、
無意識に腸を下へドサッと落としてしまっているか、落とすまいとして意図的に引き上げた結果として鳩尾や肋骨
や肩を固めてしまっています。


そこで、あえて腸を下へ落として緊張を解き、頭部に上ってエゴと癒着した気を丹田まで落とし、緩んだ丹田内で熟
睡してくださいと指示しました。

自然な睡眠時と異なり、完全に熟睡することは難しいのですが、ひとまず丹田にリラックスして「収まって」いる感覚
があればよいでしょう。

この状態で、こんどは丹田の中心から沸き起こってくる純粋な意志の発動を見つけます。


純粋な意志というのは、エゴの能動感覚が癒着していないエネルギー(クンダリーニのエネルギーラインとは別)
の初動です。

この初動がわかったら、エネルギー発生の位置が中心に来るように、先ほど下へ落とした腸をフッと浮かせる
ようにします。
(意志のエネルギーの初動は、目的のある動きを物理的に遮ることにより行き場を失ったエネルギーのベクトル
の時系列を逆に辿ることで発見できます。以前にも何度か説明しているので方法は割愛します)


純粋な意志のエネルギーは、認識以前に発動しており、絶えず沸き起こって目的遂行に利用されたりされずに
その場で消えたりします。

目的と合致しベクトルが定まる直前のタイミングで、意志は「この私」の能動感覚と癒着するのですが「この私」
という感覚が落ちていれば、このタイミングで意志のエネルギーの中心と現象発生の始原がピッタリ一致して
電撃的にスパークします。


【ハラの見性体験】

禅などの見性体験もここで起こり、存在の始原で自他のない現象が発火し、その場で昇華していくのを知る
ことになります。

例えば、鳥がどこかで鳴けば、どこかは「ここ」にあって、鳴く声が即、私の声として、私が鳴いているのです。

鳴いている声帯がハラの中心で直接私になって震えているような感覚ともいえますが、そこに空間的な拡がり
はありません。(このとき、私自身の声帯もハラの中心としてあります)

なぜならば、自他のないとき、そこに時空はないからです。

そして、そのとき鳴いている鳥の純粋な意志は即、私の純粋な意志なのです。

そこに目的はなく(自他があれば、鳴く鳥にも目的があります)ただ鳴いていることがあるので、鳴いた瞬間瞬間、
響きは水平に波及せず垂直にフッと突き上がってはその場で昇華していきます。


~以下、リアル氏(⇒リアルワールド)の見性体験【天空が頭になった日】から抜粋~

朝、鳥の声を聞きながら右腕の手首にサティ(気づき)を入れていたが、鳥と手首の違いが無い。

言い方を変えると、今までは頭の中に「いる」感じがしていたが、実は自分の中に体があるという言い方が近いか。

まるで空間が自分で、その中に知覚する器官としての肉体があるという感じ。

物凄い開放感だった。

どんなに探しても頭と「私」がいなかった。

それと共に全てが私だった。

私自身が巨大な目として世界を創造していた。

物が物として存在する構造の秘密が知覚出来た。

例えば、椅子があるとする。

椅子が存在して、それを私が見ているというのが一般的知覚だが、そうではない。

椅子は私が作り出している。

正確には私となにかが化合した結果が、椅子という物質として顕現している。

~抜粋ここまで~



【ボールとビー玉の意志】

ただしこの一如の感覚はすでに現象として発生してしまっている次元にあります。

ある参加者さんは、ワーク事前準備の推奨事項⇒のひとつ「バッティングセンターで飛んでくる球を打たずに見る」
を実際にやってみた結果、ハラの内に球が通る感覚がつかめたと報告されました。

バッティング
バッターボックスに立つリアル氏

これはこれで素晴らしい体験なのですが、動きのあるものを見るとき、集中力が高まらないと物理的な感覚が
ハラの空間(完全な一如の体験においては上述のように「空間」はありません)を通り過ぎるだけに留まります。
(以前、ハラの中でペットの猫が動くといわれた参加者さんもいました)


そのため、イメージでよいので球の感覚を思い出し、止まった球をハラの中に入れ、球の中心を見ていただきました。

中心が空であることは、以前もワークで体感(壁に指を押し付けて中心の空をみたり、手の平を握って中心の空を
みたりする)していただいていたので、球の中心とハラの中心が一致しているとき、中心自体は感覚の落ちた
空のままです。

しかし、球もしくはハラ=私がチラッと動いて実体感を持った瞬間「触れる」感覚が顕われます。


このハラで「触れる」感覚をより明確にするために、以前よりたびたび登場するビー玉の小袋を利用しました。

ビー玉

まず、座禅の型を整えたうえで、丹田の前にビー玉を置き、床から離れない程度に持ち上げたり降ろしたりします。

上下とともにビー玉が動く感覚や持ち上げるときの重さや粘度を伴うような圧の感覚などを丹田の内側の中心
から見るようにします。


集中が高まってくると、先のバッティングセンターの球や猫のように、丹田の中心(純粋な意志の発生場所でもある)
で直接ビー玉の質量や動きに触れているような感覚が出てきます。

この感覚が、純粋な意志のエネルギーの突き上げと完全に一致すれば、先の鳥の鳴き声と同じように、
私がビー玉そのものとして発生していることを知ることになります。

そしてそこには、生物であるか物質であるかという境界はなく、ビー玉が存在していることにも純粋な意志がある
事実を、驚きをもって発見するでしょう。


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質疑応答【#指導者のカルマと方便 #一如と自他なきスキャン】   | 【2/24(土)18:30~22:00「東京ワーク参加募集」(夜間開催)】  

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