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質疑応答【#指導者のカルマと方便 #一如と自他なきスキャン】  

2024/02/25

【指導者のカルマと方便】

エターナル・サークル


ある参加者さんが「自分で瞑想していてもリトリートで瞑想していても状態を逐一チェックしてくれる指導者が
いないと勘違いや魔境にはまり続けることがある」と言われました。

これはそのとおりで自分では上手く行っているつもりでも微妙にズレたところで堂々巡りしていることが
往々にしてあります。


ただ、瞑想者の内部で起こっていることを「外側」から見て判断できる指導者が少ないことと、判断できたとしても
肉体を最初から否定してしまう伝統的な系譜などの場合、外側に顕われた体の在り方として指摘することができない
(系譜が崩れるのでしてはならない)ということがあります。

(ただし座禅など「型」のレベルでは修正できる。また必ずしも指摘できない=覚醒していないということでもない。
覚醒にも様々な位相がありひとつの覚醒だけではカバーできない。これは指導者のカルマかどうか、どの指導法
を選ぶかによっても異なるが、私見ではそのことを自覚していない場合も多い)


まず、外側(指導者と生徒という区別があるので内側と外側もある位相の話)から見て他者の内部を読み取り
フィードバックするためには最低限、心身一如の体験が明確になければ不可能です。

一如がハラに落ちていれば、他者の状態が自身の内部感覚として「スキャン」できるのですが、そうでなければ
「型」としての方法論を正確にやれということしかできず(それでも信が定まり本当に「正確に」やれば、系譜の
霊脈がカルマに見合ったレベルまでは運んでくれますが)、生徒に内部感覚をレポートさせ後付けで自分の
(自他の落ちていない)体験や方法論と照らし合わせて正誤を判断するしかないのです。

この判断が的確でないと、ズレが修正されないまま軌道が逸れ続け、堂々巡りし続けた挙句、瞑想を見限って
しまうということが多々あります。

指導者によっては系譜の枠を超えて一如の感覚から直接生徒に重なるような感覚で修正できることもあるでしょうが
(実際に聞く話では、伝統的な寺であっても核心に近づくにつれ系譜からかなり逸脱した方法をこっそり?取り入れ
ていることもあるという)公式なインストラクションではなく、あくまでも指導者個々の資質と見解に非公式で委ねられ
ているのが現状でしょう。

涅槃仏


【一如と自他なきスキャン】

一如の感覚による自他を超えた「スキャン」は、ミラーニューロンによるコピーやプロプリオセクション(固有受容覚)
による二元的リーディングとも異なります。(スキャン後に感覚を「これだよ」と伝える際に、それらの機能を副次的
に利用することはあります)

また、自他の境界線が薄いエンパスの場合も相手の感覚が直接自分の感覚となり苦しむということがありますが、
境界線が薄いことと一如の感覚は位相が異なります。

境界線が薄くてもエゴが強ければ苦は増大し、苦を感情に転化すれば保身を図るエゴはますます苦しみます。

一如の一瞥があっても、ニュートラルポジション(空といってもよい)が確立していない場合も、スキャンはできても
ズレを修正する方法がわからないでしょう。


ただ上述したように、個々人の「内部」のズレの修正は指導者のカルマがある人しか行う必要はないですし、
指導者のカルマがなければそのような能力発動も不要なのです。(その意味では、サイキック能力も瞑想の
途上で自然とついてくる場合がありますが、必ずしも必要なものではありません)

そもそも、これはあくまでも「生徒と指導者」=「内と外」が分離している世界での話なのであって、本来はズレ
の修正など不要です。

なぜなら、ニュートラルな定点を定めなければズレなど存在しないからです。


自覚的な指導者であれば、むしろひとつのズレを修正すれば全てが崩れる危険を知っており、それこそカルマ的
な役割がなければ手を出さずそっとしておいたほうがよいと理解しています。

瞬間瞬間にあるとき、その人が完璧に完成されているかどうかは問題ではなく、その瞬間が完璧であれば
よいからです。


それでもエネルギー的な「促し」に従わざるえないのは完全に解脱に到らない限りは、現象世界のズレが
ひとつに戻ろうとする「訴えかけ」が自他という見かけとして顕われてくることに触れるとじっとしていられない
(じっとさせてくれない)からです。

逆にいえば、じっとしていられないからここに顕われてしまっているのです。


この促しがハートに触れたとき、それはこの世においては「慈悲」と呼ばれますが、個人的な感覚としては、
それは感情というよりもむしろ運動なのです!


~Rubin's work X(旧ツイッター)より~

◆「教外別伝」は、ミラーニューロンに依らず。

◆体験的には、コピーの際にミラーニューロンと連携するのではないかと予測していますが、覚醒の
最終段階(初期段階で意識的に使うことはある)においてはこのコピー機能は使用しません。

◆師から弟子に直接伝わる不立文字や、自他のないワンネス感覚は、ともするとこのコピー機能の
産物と勘違いされがちですが見当違いです。
そこに「コピーする対象物」は存在しないからです。

◆固有受容覚は関節や筋肉の深部から身体の位置情報を割り出し、前庭覚は三半規管を通して
抗重力感覚や傾きや加速度を測り、メカノレセプターは主に親指・中足部・踵の裏から平衡感覚を
脳へ伝達します。
目をつぶった状態で、片足で何秒ぐらい立っていられるかチェックしてみましょう。

◆エンパスで辛いというけど、共感力が高いなら他人の幸せだけに共感すればいい。
他人の不幸にだけ共感してしまうのは、軸とハラがブレてるから。
即効性があるのは、呼吸とともに肋間筋をストレッチし肋骨を上下に広げ、太陽神経叢のハリと
エネルギーを高めること。
肉体から変えたほうが速い。

◆虫の意識にエンパスなし。

◆【ダイブ&スキャンその2~集中レベルと行き止まりを探る】
参加者さんがどのレベルで集中し、どのレベルで肉体と同化し、何がその先へ深く入ることを妨げている
のかを、意識と身体に私が直接アクセス(意識にダイブしてベクトルと行き止まりの位置をスキャンする)
して把握していきます。

◆本来の修行体系であれば、意識の限界ポイントと突破口は自身で気づいていくべきところなのであまり
大っぴらにはできないのですが、皆さん限界ポイントの感覚まではご自身で把握できるレベルだったので、
この段階ならば害はないだろうとの判断で行いました。

◆いつも同じポイントでもやもやと気絶してしまって先に進めないことで諦めてほしくないからです。
この限界のポイントにはメカニズム的に明確な理由があるのにもかかわらず、その先に進めないことを
「カルマが悪い」「才能がない」と短絡的に結論づけないでいただきたいのです。



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