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#ハート覚醒と余剰エネルギー 【3/16(土) 東京ワーク ~所感と解説~ その2】

2024/03/18

⇒ #「慈悲の瞑想」と祈りの対象 【3/16(土) 東京ワーク ~所感と解説~ その1】
からの続き、ワーク所感と雑記です。


菜の花
また春が来ました。


【祈りと恩寵】

今回は一番の基本「祈り」メインの会になりました。
(詳細については⇒ 【その1】 を参照)

祈りは瞑想全てに先立ってあるものであり、最後の突破口にもなる最重要ポイント。

これ抜きに積み上げた方法は全て砂上の楼閣といっても過言ではありません。

「対象のない祈り」がその人そのものになった時、最後の恩寵が起こるのです。


【ハート荒療治】

今回のメインイベントは、風船を胸の前でこの世で一番愛おしいもののように抱きしめつつ、ハート
の奥の真空と現象の境界点に集中してもらったところで、風船をいきなり針で割るというビックリ荒療治 笑

心臓が弱い方は真似しないでください!

パーン!と割れる現象側の衝撃に意識を取られると「うわっ!」と表面でビックリしますが、ハートの奥に集中
し続けている状態でいられるなら、インパクトの瞬間にハートの弦に直接響き、目はただカッと刮目してある
のみでしょう。

風船
風船登場率の高い現場です。


【ポカンと垂れ流し】

⇒ 【その1】のワークで「対象のない祈り」の状態とはどのようなものかを体得していただいたのですが、
「赤ちゃんのようにヨダレを垂らすレベルで完全にポカンとしてください」と言った時、なぜか一人だけ脱力
しきれていない方がいました。

そこで「『自分』をキープしなくていいんですよ」と声をかけると、「今ガスが溜まってて緩めるとオナラが
出そうなんです!」と言われて大爆笑。

「それは勘弁してください 笑」と返しましたが、本当は赤ちゃんのようにヨダレもオナラも排泄物も涙も全て
垂れ流してしまっていいんですけどね。

そういえば以前「オシッコが出そうです!」と言った方もいましたっけ 笑


~Rubin's work Xより~

◆ケン・ウィルバーが何かの本で、禅寺で瞑想中に「誰かのオナラの音も静けさの中ただ聞いていた」
みたいなことを言ってたな 笑
聞くほうは無心でも、出すほうはなかなか無心じゃいられないわね 笑

◆バカリズムが「すべらない話」で、
「試しに部屋でズボン履いたままオシッコしてみたら、禁じられていた何かが解放され
スッキリしたが、無意識のストッパーが外れて毎晩オネショをするようになってしまった」
と言っていた。

◆私は小学生になってもオネショしていたが、特に罪悪感もなかった。
ある日、親戚宅でオネショして叔母に「オシッコじゃないよね、汗かいたんだよね」
と笑いながら言われ急に恥ずかしくなり、それ以来ピタッと止まった。
それと同時に、大らかな自他未分の世界も閉ざされてしまった。

◆「垂れ流し」は、動物的本能とは逆行している。
野生動物は敵に襲われないよう、排泄をコントロールする。
自他未分の私は「生き延びる」という本能の圧力を知らなかった。
その圧力は、皮肉にも「人間らしさ」を獲得するための通過儀礼なのだ。

◆「思考を垂れ流す」ワークで参加者さんがモジモジしてたので
「ここに来てる時点ですでに狂ってるんだから、恥ずかしいことなんてひとつもないですよ」
と言ったら失笑してました 笑

◆ワークの場では「バカな姿を見られたくない」といったエゴの思惑は逆に恥ずかしいものとなります。
瞑想とはまず自身をすべてさらけ出すことです。
とはいえそれは、意図的に自身を垂れ流して他人に押し付けることではありません。
エゴの垂れ流しと無心のバカを混同してはいけません。

◆ただ、対象のないひとつの自分自身であるところに素直になればよいということです。
それは自身を信頼するということでもあります。
ワークでは遠慮せず安心してバカになっていただければと思います。


【ハート覚醒と余剰エネルギー】

今回のワークの参加者さんで、もともと非常に感度が鋭くハートの境界点の感覚もすぐに理解された方
がいらっしゃるのですが、この方の場合もヴァイブレーションに触れた瞬間にビクッと現象側の肉体の反応
として外側にエネルギーを発散させてしまうタイプでした。

これはこれで構わないのですが、意識的な行を意図するのであれば、まず身体の構造をそのままその場
に「置いておく」感覚(押し引きの能動受動のバランスの真ん中に「置いておく」)を習得し、エネルギーの
内圧の中心の空に集中し切ることです。

そうすれば、中心の空にあるままヴァイブレーションに流されず、触れた瞬間の爆発的なエネルギーそれ
自体をハートの覚醒にダイレクトに活用できるのです。

(注:空自体は感知できません。ハートのヴァイブレーションは常に現象として「触れ出てしまったもの」
だから振動しているのです)


~Rubin's work Xより~

◆【「ハラ=存在=わたし」の消失点と現象の起点が一致して響くとき 】
次に、上記の丹田の感覚を確かめてある程度集中力が高まってきたら、今度は丹田の前に割り箸を
立てて持ってもらい、軽く持ち上げてコトンと垂直に床に落とし、その音の振動が直接丹田に響くことを
感じていただきました。

◆参加者さんの一人は、箸の先が「コトン」と鳴ったと同時に「びくっ」と小動物のようにハラの中から
身震いして意識が頭に昇って目を見開きました。
この場合、音の瞬間自体はハラでとらえているのですが、認識は肉体の皮膚と筋膜と内臓のレベル
にとどまっています。

◆(動物はこの感覚で危険を察知し瞬間的に反応します)
身震いしてはいけないわけではなく、身震いの奥底の中心の空に完全に意識が落ちていれば、反応
より前に空そのものの真空に吸い込まれ続けて身震いの振動を「自分のもの」としてではなく淡々と
見送ることができるようになります。

◆このとき注意が必要なのは意識を意図的に奥底に留めておいて生体的な反応が出ないように
するのは違うということです。
いわゆる「無執着」を勘違いして意図的に無反応になろうとすれば意識レベルはその地点で固まって
動かなくなり、固まっていること自体にも気づけなくなります。

コトン
実際は木の床でやります。


ただし、肉体の動きを出さないように意図的に止めてはなりません。

肉体が見かけ上止まって見えるのは、あくまでもバランスの拮抗が取れているからであり、止めている
わけではないのです。

もし完全に一点に集中し切れば、中心から爆発するヴァイブレーションはその瞬間に揮発しますが、100%
の集中は人間には不可能なので必ず余剰エネルギーが漏れ出します。


【光の粒子と振動】

しかし、身体をその場に「置いて」おけるのであれば、余剰エネルギーは構造の輪郭を通り抜けて微細な
粒子のように放出されるのです。

この感覚を知る人は、全身のバランスが引き合い座禅がカチッとハマッている人を外側から見た時、身体
の輪郭の周囲に粒子が光のように輝いているのが見えるでしょう。

(注:あくまでもこの現象は構造が整った「結果」であり能力開発などの「目的」ではありません)


これを見るのはそれほど難しいことではありません。

昨日のワークでも、自身の手を拮抗バランスの中心に置いておき、内部の目で手全体を眺めてもらうと、
指の輪郭から光の粒子が放出されているのを皆さんすぐに観察することができました。


ちなみに、欠伸をしながら腕を伸ばし、伸びきった最後の最後にビーンと痺れるような感覚の消える瞬間
を観察すると、微細なヴァイブレーションを発見しますが、先の粒子の放出を触覚で感知するならば、これ
と同じような振動を感じられるでしょう。

輪ゴム
ワークで大活躍の輪ゴム。
物理的な拮抗バランスを利用して、どの瞬間にもある中心の空を探っていきます。



関連記事
⇒ #ハートのヴァイブレーション増幅術 【10/14(土) 東京ワーク ~所感と解説~】


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