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【#夢の物理 #ゲシュタルト崩壊 #経典 覚醒からのつぶやき 10】      

2020/10/26

水晶クラスター
アリゾナから連れてきた水晶クラスター


◆世界は回転する巨大な揺り籠のようなもの。
お母さんに守られてスヤスヤ寝ている。

◆夢の中には夢の物理があって、それを信じ切っている。
信じないとバラバラになってしまうから。

◆ギョッとする感触でそのことを悟る。

◆こうやって動いたり呼吸したりしているのが当たり前だと思ってるけど、
夢の物理に気づいたら、一瞬一瞬ギョッとするよ。

◆夢の中の微かな違和感は、目覚めのはじまり。

◆夢から覚めたいと言いながら、この夢が現実である証拠を探し続けている。
自分が自分でなくなるのが怖いから。

◆夢を夢と見破るには、夢の原理じゃどうにもならない。

◆物理的に夢から抜けようと思ってもダメ。
夢の物理にギチギチに組み込まれた、 夢の構成員だから。

◆夢から覚めたと思ったらまた別の夢に入ってる。

◆夢のどこかに出口があるのではなく、夢のあいだに始まりと終わりの
交わる点がある。
この点はすべての次元の接点。 出入り口という感覚は捨てること。

◆夢の出入り口という発想は、起きてるか寝てるかという、
わたしたちの二元的な認識による思い込み。

◆夢から目覚めるのは、お母さんに反抗することではなくて、
育ててくれたお母さんをねぎらうことなんだ。

◆お母さんの気持ちを知ること。

◆夢のどこからでも目覚められる。
すべての瞬間が、接点だから。

◆本当は寝ても起きてもいないんだから、
接点に重なるだけでいいのです。

◆救われるというよりも、受け取られる自覚が生じる。

◆その人の言葉を見れば、存在の底から泣いたことの
ある人かない人かがわかる。

◆存在の底はどこまでも深く、悲劇も喜劇もすべて飲み込む。

◆存在の奥底は、この世にないほど低く重く響く音。
認識の消失点は、この世にないほど高く細かく震える音。
どちらも肉体の耳では聴こえない。

◆部屋の片隅に蜘蛛がいると気になる。
生きて動いてるからだ。
でも本当は生きているのは蜘蛛だけじゃない。
部屋の中の全部の物が、生きているのだ。
そのように、世界のざわめきと親密になろう。

◆「生きとし生けるものが幸せでありますように」 というとき、
無意識に生物だけをイメージしない。
世界のすべてが、区別なく生きているのだ。

◆物質と生物を自分の感覚で切り離すと、
常に自分と離れた物が取り残される。

◆心理的な癖は、時空を超えた物理的なねじれ。

◆灌頂を受けるのも、鼻をほじくるのも、同じ「それ」。

◆睡眠は気のすむまでとる。
肉体的にも心理的にも、寝不足の人が多すぎる。
寝不足なところにどんなテクニックを加えても無駄。

◆人間は太陽と月のリズムに支配され続けてきた。
リズムに合わせないと自律神経が狂うように刷り込まれてきたけど、
本当は睡眠なんて自由なのだ。
猫のように気の赴くままに寝たり起きたりしていると、
瞑想はいつでも勝手に起こる。
ただし、罪悪感は完全に捨てなければ、逆効果で鬱になる。

◆ワークで参加者さんが、無自覚なまま一瞬「それ」の状態を体現すると、
頭の周りの光がウワッと広がる。
「あっ、それです!」と言った瞬間、また縮まる。
勘違いしやすいのは、この光を自分で広げようと画策すること。
光自体は現象であって、覚醒そのものではない。
自分を拡大しようとしない。

◆父は垂直、母は水平。
これもまた、3次元の呪縛。

◆文字は意識を鋳型にはめ込む。
文節は意識を時間にはめ込む。
構文は意識を世界にはめ込む。

◆体を憎まず、一緒に連れていってあげてください。
むしろ体のほうが、あなたの成長を待っているのです。

◆縄跳びの輪に入って、世界と一緒に跳べばいい。
まだ輪に入ってもいないのに、輪から抜けようとしている。

◆一緒に跳んだところに、それがある。

◆「それ」の状態では、一切の判断はシンプルになる。
自分の頭で取捨選択しなくてよくなるからだ。
ただし「取捨選択しない」わけではなく「取捨選択は起こる」。
このとき「あれ?アルツハイマーになったのかな?」と一瞬、
ぽかんとする感覚を伴うが、曖昧なものはなくすべてを鮮明に見ている。

◆感覚としては、はじめて来た土地に泊まって、夜中にパッと起きて
「あれ?」と、状況がつかめないのだけど、周囲のものが鮮明に迫って
浮きあがっているような感じ。
その状態のまま、時計を見たり水を飲んだりすることはできるが、
自分の実感が戻ってこない感じ。

◆電車でうとうと居眠りをしていて、目的の駅でドアが閉まりかけて
ハッと起きて、頭が白紙のまますごい勢いで荷物を持って飛び降りる、
そんな感覚。
全部、勝手に起こってる。
脳を使っていないわけではなく、自我の実態感とは別のところで
動いているのだ。
反射運動ともまた違う。

◆この意識状態は、意図的につくろうと思えばつくれるが、
状態を体験するだけでは覚醒ではない。
自己との一致の確信がないからだ。
状態は現象にすぎない。
瞑想者は、テクニックだけでは確信に至ることはできない。

◆夢遊病や離人症のように自己と離れて動いているわけでもない。
逆に、世界は自己の空白に「迫ってくる」感覚が起こる。
でも、これは最初の予兆にすぎない。
自我の実態感が消えた驚きにとらわれていて、
まだ、中心に消えていないのだ。

◆この意識状態は、自分を取り繕う意思がまったく抜け落ちているので、
無駄なエネルギーを使わない。
白紙の状態のところにボールが飛んできたら、それを自動的に避けたり
投げ返したりはするが、頭に当たって死んでもまあいいか、ぐらいの感覚。
ものすごく、軽い。

◆この軽さで、みんなで笑いながら生をひょいっと飛び越えたいですね。
重さなんて、エネルギーのちょっとした偏りにすぎないのだから。
もっといえば、笑いさえ重い。
笑いは、人間であったときの苦の反動。
ありのままに在るものは、わざわざ笑っていないでしょう?

◆これは本当に、心理的な問題なんかじゃないんです。
ぽーんと飛んじゃえばいいだけ。
「自己の本性を見抜く」とか、大上段に構えないで。
自分の存在意義を誰かに説明しようとしないで!
わかっているものがただ、わかっていればいいんです。

◆自分で教えてて何ですが、悟り業界、覚醒業界とか、
人類史における壮大なトリックなのです。
そんなものは遠慮せずに、飛び越えていいんですよ。
「それは違う」って、何が違うというのですか?
それとしてすでにあるわたし以上に正しいものがあるでしょうか?
物語の重圧に飲み込まれないこと。

◆覚醒しても経典を投げ捨てないひとは、嘘です。

◆もっといえば、経典を投げ捨てるフリをする人も、嘘です。
そんなことはどちらでもいいのです。

◆経典って、人間への優しさなんだろうね。
なんとかして噛み砕いて希望をあたえようっていう。

◆あれが違う、これが違うという境地のケチのつけあいなど、
笑止千万です。
教義の正しさの証明のために生きているのでしょうか?
あなたがあなたであることは、神でさえもケチをつけられないのです。

◆私は、いつか教えることはやめるだろう。
あらゆる教えは、究極ではないから。
教えるものも教えられるものもいない。
存在をめでることしか、できなくなる。

◆鼻息は軽く、軽く! 鼻息で羽のように天に舞う。

◆みんな、すでに気づいているのに、気づいていないフリをして
遊んでいるだけでしょう?
わたしは長いこと騙されてきたけど、もうみなさんのことは知っていますよ笑
長い長いネタフリの末に、ネタバラシのサプライズの時機を
うかがっていたんでしょう?

◆この世界は、メタ小説だ。 わたしがわたしを、騙している。

◆騙し騙されていたのが、自作自演だったと知って、ゲラゲラ笑う。
笑いながら、飛んでいく。

◆この世界でちょっと遊ぶつもりが、いつの間に巨大なエネルギーになっていって、
自分で自分に重りをつけてしまったことに面食らっている状態。
子供が線路に石を置いて遊んでいたら大惨事になってしまった、みたいな。
ほんの微かに興味が動いてしまったんだね。
そのことは、いいかげん学習しよう。

◆覚醒にロマンを求めない。
うっとりしない。

◆自分が消えて、世界が消えることが怖い?
大丈夫です。
この世界の見かけが消えるだけです。
何も変わりません。

◆この肉体を一緒に連れていくことは、この世界を一緒に連れていくこと。
そのことは、担当者として一任されているのです。

◆たったひとつのことを言うのに、よくもまあそんなに
たくさんの経典が書かれたものだ。

◆聖なる体験と俗なる体験が分かれてあるわけではない。
フォーカスの倍率の違いだけがある。

◆いま突然「怖れも畏れもオーソレミオ」というしょうもないダジャレ
が浮かんできて「どんなカルマが言わせたんだよ」と失笑したが、
オーソレミオって「ああ、私の太陽よ」って意味だ。
案外、深いね笑

◆今しがた乗ったエレベーターの映像広告で「時間と空間を超えろ」
という言葉が流れた。
このエレベーター、ちょいちょいこういうこと言ってくる。

◆目の前にあるものは、存在がギリギリに極まった切っ先の形。
どこも足し引きできないもの。
もちろん、あなたもわたしも。

◆ゲシュタルト崩壊は母国語も音の羅列に分解して外国語のように
聞こえさせるが、もういちど再学習して意味を復活させることもできる。
でも組み変わった意味は、初めて覚えた外国語のように新鮮な世界を持つ。

◆この世界は矛盾だらけなのを承知のうえで生まれてきたんだから、
人の矛盾も自分の矛盾も、槍玉にあげない。

◆何かを考えたり言葉にしたりするときに、意識がギュっと縮まる感覚がしたら、
見直すサインだ。
自分の思う正しさではなく、意識のあり方にまず、気づく。


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